タイトル.76「アトラウスの神」
「……やれやれ、驚いたぜ」
神殿アトラウス。玉座の間に腰掛ける神を前にカルラがつぶやく。
ここは玉座の間。今、目の前にいるのはこの世界を誕生より見守り続けてきた神。いわばこの世界の王そのものである。
「この世界を見守る神様ってやつがどんな野郎なのか。この目で見てやろうと思ったが……アンタだったとはねぇ」
頭を掻きまわし、再び神へと面を向けた。
「スバルヴァ市長」
玉座に腰掛ける男の神。
その人物は紛れもなく“スバルヴァ市長”本人だったのである。
「……異界の漂流者。そしてもう一人はお前か、フゥアリーン」
歓迎こそしないし、カルラの無礼を咎めもしない。
この場へ足を踏み入れた人物への興味を示すのみ。それを連れてきたフゥアリーンに対して贈られる軽蔑の視線。
「これは何の真似だ」
「見たまんまと捉えていいわよ」
フゥアリーンは説明が面倒なのか、呆れ気味にそう返した。
「改めてご紹介するわ。彼こそがこの世界の創造主。【時法神・スバルヴァ】。この世界を管理する二人の神のうち一人、よ」
向こうに名乗りはあげさせない。一方的に会話を続けるフゥアリーンは挑発的に神を見上げて笑みをこぼす。
「市長のとしての彼は仮の姿。本来の姿じゃないわ」
世界のトップに君臨する男はまさしく、この世界を管理する神そのものであった。
政府本部局全てを管理し、特殊部隊セスを立ち上げ人類を選別し均衡を保つ。そのすべてが自身の行動原理そのものを人類の総意へ近づけるため。随分と手の込んだ真似をした神の所業だったのだ。
「その肉体はクソ野郎の裏切りでブッ壊されちゃったけどね。私同様、この世に存在するために必要な人類の肉体なんて貴重なものなのにねぇ……お互い、粗末になくしちゃったこと」
「フゥアリーン。私がお前に下した命令は来客を連れてくることではなかったはずだ……人類の管理である。貴様が彼を連れてきた理由は見たままでいいと言った……まさかとは思うが」
「そのまさか、よ!!」
フゥアリーンは両手を地につける。
「おおおっと!?」
瞬間、空中要塞アトラウスは大きく揺れる。体の自由が奪われるのには十分すぎる振動がカルラを襲う。
「……空が、開く」
スバルヴァが語る、その言葉の意味。
空が開く。空で開かれているものといえば、それは勿論“異次元ホール”の事であろう。この世界と別の世界を繋ぐ門。それが大きく開かれたと口にする。
カルラも天を見上げる。
玉座の間を囲っていた壁と天井が次々と天へ飲み込まれていく。ただでさえ巨大だったワームホールがさらに大きな口を開き、この要塞アトラウスを飲み込もうとしているのだ。
「やはり、あの空は貴様が原因か。貴様の業か」
「ええ、そうよ!」
フゥアリーンは全ての魔力を要塞アトラウスと空の異次元ホールへ連結する。
「貴方は法の主、そして私は愛の主。噛み合わないのはわかっているでしょうよ……裏切った理由はもしかしなくても方向性の違いよ」
裏切った。フゥアリーンは堂々と宣言する。
「貴方のやり方が気に入らないのよ。だからこうしてアンタを葬る手段を幾らでも探して手を回し続けた。そしてその方法がこれというわけよ!」
「おいおい、待て待て!」
ホールに呑み込まれないよう近くの石柱を掴みながらカルラが叫ぶ。
「何勝手に話を進めて終わらせようとしてるんだ!? 俺、何のためにここにいるのさ!?」
異次元ホールは最早ブラックホールにも近い現象となりつつある。下手をすれば、この世界の街の大半を飲み込みかねない吸引力だ。こうして必死に建物にしがみついて耐えられているのも村正によるドーピングがあっての事である。
裏切り。反乱。そして狼煙。
フゥアリーンはここに連れ来るや否や、一人でに倒したいと願っていた主君を倒そうとしているのだ。これではカルラの存在理由が今一つ分からなくなってしまう。
「さぁ、スバルヴァ……黙って消えて、この世界を私に授けなさい!」
「愚かな」
スバルヴァは焦る事を一つとしてしない。
玉座に腰かけたまま、広げた片手をフゥアリーンに向ける。
「私は時を任せられた神であり、貴様は時を操る程度の神である……私から見れば貴様は下っ端でしかない。この力、同胞には酷使できぬがやむをえん」
開いた拳が、静かに閉じられる。
「……ッ!」
瞬間、フゥアリーンの動きが止まった。
奔流する魔力の波動を一切感じなくなる。広がりつつあった異次元ホールも……動きを止めた彼女と同様にその吸収を辞めたのだ。
「フゥアリーン。貴様をこの世界より“私の権限で追放する”」
絶対権限。逆らうことのできない立場。彼女はその立場にあることを今、この場で“死”を持って証明した。
「初めてだ。同胞を追い出すことになるとはな」
消滅が始まる。フゥアリーンの体がこの世界より塵となって消えていく。
彼女と共に空に広がりつつあった異次元ホールも消滅を始めてしまう。
「……くふっ、あははっ!力を使ったわね!!」
これから死ぬというのにフゥアリーンは笑っている。
「”罰”を犯した……賭けは私の勝ち」
消滅を始める彼女はカルラの方を見る。
「じゃぁ、あとは頼んだわよ。ヒーローちゃん」
この世界を混乱に陥れ、そして創造主を殺そうとした体罰。
その罰に体を蝕まれようとも彼女はいつも通り、テレビで見せるものとは違う素の微笑を晒している。
「あっはっはっは……っ!」
彼女のその笑みの本意。
『勝った。』
そう言わんばかり、満足そうにこの世界から消滅した。
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