タイトル.70「カルラとアイザ(後編)」


 そこにいたのは倒したはずのフゥアリーンだった。

 何食わぬ顔。久々の再会を軽い挨拶で済ませる彼女の姿。思わぬ登場にカルラの戦慄は止まらない。彼女は幽霊なのか、あるいは地縛霊なのか。

「さてと……【移動】」

 一瞬で彼女の体がカルラの目前にワープする。

「おおっ!?」

「ほら、元気?」

 フゥアリーンに手を引かれ、無理やり起こされる。ボロボロなのに。

 持ち前の筋肉なのか、例の電子化フィールドを使った裏技なのかは分からない。もう大した力も残っていないカルラはフゥアリーンのなすがまま。

 作りモノでもない胸の膨らみをクッション代わりにカルラの体はフゥアリーンの体に引き寄せられる。その直後に毒液まみれの地に一緒にワープさせられた。

「アンタも役得よねぇ~。アイドルの私に手を握られるどころか抱き寄せられるなんてさ」

 カルラを地面に寝かせると、ニヤつきながらに身動き一つとれない彼をあざ笑っている。このムカつく仕草。紛れもなくフゥアリーン本人だ。

 地面の毒液が徐々に消えてなくなっていく。ほとんどがジャイロエッジの肉体の一部だったのだ。本体が消えて、その一部である液も残る道理がなくなったのだろう。

「お前が、ネットアイドルもどきがなんで……」

「あー、ごめん。その呼び方辞めてくれない? もう引退した身だし。そもそも私も好きで愛想振りまいてたわけじゃないし……あんな幼女の格好で適当にエロいこと呟いてるだけで男性は反応するし、女性は女性で愛玩動物みたいにニヤついちゃうんだから、簡単というか、単純と言うか」

 どうだろうか。再開後いきなり始まったのは元ネットアイドルの愚痴だった。

「アンタはどう思う? チョロいと思わない?」

 テレビやパソコンの画面の向こうのアイドルが全員こうだとは言わない。だがこうして愚痴を吐く輩は確かにいる。気持ち悪いファンに対しての嫌悪感をまき散らす人種は少なからずいる。

 楽屋でタバコをふかしているとまではいかなかったが……こういった裏があるアイドルかもというカルラの予想は少なくとも的中したわけである。

「クソッタレ、これで本当にお陀仏か」

「何勝手にバッドエンドの偽エンドロールに入ろうとしてるわけ? そんな絶望しなくても私はアンタを仕留めに来たわけじゃないわよ」

 チッチ と人差し指を片手に舌を鳴らす。

「そうね……アンタ達を選んだ“女神様”とでも言っておこうかしら? 私はアンタを助けに来てあげたのよ」

 自慢げにちょっとジョークを交えていながらも、堂々と彼女は言い切った。

「アンタ達が私の思う通りの展開にまでもってきてくれたのは良いとして……何、敵の罠に堂々と嵌ってるのよ。足を踏み入れる前、存在を悟られるギリギリで警告したっていうのに……この役立たず。バーカバーカ、ザァコザァコ」

 自身はカルラの味方であると。罵詈雑言と共に。

 仰向けで寝かされているカルラの鼻がフゥアリーンの小指で突かれる。座り込んで近づいてくる挑発的な顔があまりに癇に障る。

「おかげでギリギリまで隠れるつもりが出てくる羽目になったじゃない。全私もアンタ達と一緒であまり余裕ないってのに……いい? 大体、」

「くかー」

「おーい! 寝るなー!!」

 五回ほど往復ビンタ。閉ざされかけた意識がまた苦痛で戻ってしまう。

 中々に高いオーダーメイドの服だろうが彼女は気にもせずにカルラの胸ぐらをつかんで体を無理やり起き上がらせる。いやでも目が覚める。

「いや……そんな勝手に意味の分からない話を進められたら、眠くなるっつの……」

「校長先生の全校朝会じゃないんだから、とっとと起きなさいっ!」

 無理やり起き上がらせようとするが、もともとの筋力はないようだ。ああやってカルラの体を引っ張り出したのも、やはり電子化フィールドを駆使した反則だったようである。どれだけ力を入れようが、彼の体は動く気配が微塵もない。

「無茶、いうな……もう、体が、限界、なんだよ」

 エネルギーが底を尽きた。ただでさえ人体に負担の大きいフェーズ5。もうどうすることも出来やしない。

「くそったれ……まだ、やることが、あるって、のに……」

 意識が遠のいていく。

 もう、首を傾ける力すら残っていない。

 自分のやりたいことが出来なかった。無念を晴らすことも出来ずに散っていく運命。カルラは落胆しながら重い瞳を閉じていく。

 限界だ。フゥアリーンのビンタの痛みすらも感じなくなっていく。エネルギー切れのカルラはロボットのように機能を停止していく。








 ……もう、本当に終わりなのか?







「えいっ」

 途絶えかけた意識が晴れていく。

「!?」

 重かったはずの体が途端に軽くなる。急に空で浮いているかのように身軽になる。

「な、なんで……?」

 何が起こったのかカルラはあたりを見渡す。まさかフゥアリーンが説明もできないトンデモパワーで復活させたというのか。否。


 ……ケーブルだ。

 彼にとっては身に覚えのあるケーブルがカルラの村正に接続されている。

「これ、って、」

 カルラはそのケーブルの正体を知っている。故に誰が“意識を取り戻す力”を与えたのかを即座に理解してしまう。

「あっ、よかった、起きた~」

 ケーブルの先。それはカルラの使用する村正の模造品。下手をすれば上位互換とも受け取れる究極の戦闘兵器MURAMASA。

 その持ち主であるアイザ。彼女が意識を与えたのだ。カルラに。

「待て、お前……」

 表情はいつも通り何の変哲もない子供らしい笑顔であるが……次第にその顔からは明るさが消えていく。死人のような白だけが彼女の肌を覆いつくしていく。

「お前っ……なに、やってんだ!?」

 そうだ、彼女がやっていることは。

「私のエネルギーを全部、かるらに上げるだけだよ~?」

 “自殺行為”だ。

 自身が動くためのエネルギー。その残り全てをカルラに捧げているのである。

 カルラの焦る様をもの不思議そうな目で見ているアイザ。指をくわえる仕草は思春期すら分からない赤ん坊のような無垢である。

「ピンチな時は昔もこうしてたよ~? 後は全部かるらに任せるって~」

「馬鹿野郎! やめろッ!!」

 ケーブルを引っこ抜こうとカルラが手を伸ばす。

「ダメッ! まだ終わってないもん!」

 しかし、アイザはそれを許さない。

「これ抜いたら、かるら動かなくなっちゃうもん!」

 彼女の体はフェーズを維持したままである。ドーピングが抜け切ったカルラの体ではそんな力に対抗する手段は勿論なく……目の前で起きている“非常事態”を見過ごすことしか出来ない。

「馬鹿かお前はッ!? 自分が何やってるのかわかってるのかッ!?」

「わかってるよ~。こうして私のエネルギーをあげて、かるらに動いてもらうんだ~。私は眠くなっちゃうけど、全部終わらせてくれた かるら が迎えに来てくれるから問題ないもん」

 淡々と、アイザは一人でに話を進めていく。

「ここで二人とも止まっちゃったら二度と遊べないもん。私、かるらともっと遊びたいも~ん」

「馬鹿野郎……そういうことじゃ、ねぇだろ……今は、勝手が違うだろっ……!!」

 カルラはアイザの肩に顔をうずめる。

「お前……この世界でエネルギー切れは」

 力が取り戻されていく。だが、その現実を認めたくはない。




「“死ぬ”ってことなんだぞ……ッ!」

 あぁそうだ。それを認めてしまえば。

 今目の前でアイザ・クロックォルは死を迎える。

「前から言ってるけどよ!! 死ぬのが怖くないのかよッ! お前はッ!?」

「アイザは死なないよ!」

 アイザは抜け殻のようなカルラの体へと抱き着いて来る。ぬいぐるみを抱きしめるような力。すごく優しくて、とても暖かい。

「かるらも言ってたもん! 私は不死身だから死なないって!」

 アイザはカルラの肩を持ったまま、そっと体を離す。

 本当に、子供のようだ。

 体はカルラと一緒で成人手前。育ち切った体がとてもアンバランスだ。せっかくの美貌とスタイルもその無邪気さを前に宝の持ち腐れとなってしまっている。

 こんな時にでもそんなくだらない事を考えてしまう。だけど思ってしまう。


 


 本当に、キレイな女だ。

 とても美しくて。ダイヤよりも輝いて見える。

 本当に。本当に可愛くて。愛らしくて。手を出したくて。




「かるら が迎えに来てくれるもん。全然怖くないよ! だから……あれ?」

 アイザの言葉が、止まる。

「あれ、コレ、何だろう……?」

 震えている。アイザの瞳から……涙が流れている。

「なんだろう? 何か、出てくる、よ……? どうして、だろう……胸の、中が、おかしいよ?」

 その人生において、一度も流したことがない“涙”を。


 キレイな顔。だけど一番見たくない。

 それは彼女が人間である証。だけど、カルラが一番見たくなかったものだ。

「もう、いい」

 カルラはアイザの震える体を抱きしめた。

「かる、ら……?」

「お前は敵だ……ダチなんかじゃねぇ。ダチ、なんか、じゃっ……!!」

 震えているのは少女だけではない。

 彼女を抱き寄せるカルラの体も強く震えている。


「なぁ……頼むよ……ッ! 死ぬなよっ!! お前まで死なないでくれよッ……!! 生きろよ!生きてくれよッ! 痛みを知らぬ不死身の戦士なんだろッ!? だから、死ぬんじゃねぇよ!! おいッ!! もっと俺と遊ぶんだろ! これからも! ずっと!!」


 何度も何度も、耳元で彼女を呼びかける。

 何度も何度も、彼女の体を揺さぶった。


「かる、ら」


 強く抱きしめた。彼女の鼓動を呼び起こそうと、何度も、何度も。


「お前まで死んだらっ……俺は、俺にはっ!!」

「……だい、す----」






 アイザの体から力が抜けた。

 ぬくもりも、存在している感覚も。

 何もかもが、その胸の中で“消失”した。





「ねぇ、あまり時間ないから、早くしてほしいんだけど」

「黙れッ!!」

 カルラはアイザから離れようとしない。フゥアリーンの警告も子供のワガママのように振り払う。

「……言っとくけど、戦いはまだ終わってないことを忘れないでよね。三十分以上は待たないから」

 フゥアリーンは一度その場から姿を消す。

「準備が出来たら……声をかけなさい」

 一言だけ伝言を残しその場に二人だけ。二人だけの時間を作った。


 冷たくなった亡骸。

 すべてを抜き取られてしまった少女の体をカルラは抱きしめる。


「……アイザっ」


 少年は、もう一人の“友”も 失った。

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