タイトル.66「圧倒的バイオテクノロジー(後編)」
禁断のフェーズ5へ。
「うぐっ……ぐぅううっ……!?」
膨れ上がり続ける筋肉に肉体が悲鳴を上げ始める。圧迫される血管、上がり続ける体温に脳天はクラッシュ寸前である。
村正の表面には更なる量のエクトプラズムがコーティングされ、異常なほどの熱量に片手が焼かれていく。
『駄目だ、ご主人! 体がもたない! 頼むからやめてくれ!』
プログラムが。カルラの手で隔離されたお世話係の声が聞こえる。
「うるせぇ! お前は俺の戦いをサポートするプログラムだろうが! 俺がやるっていうんなら少しでも体が安静するように役立ちやがれッ!!」
いくらヨカゼが止めようが彼は雄たけびを上げ、巨人へと立ち向かっていく。
見てわかるとおりだ。あまりにも増大なドーピングに体が追い付けていない。
膨大な量の情報量の伝達に脳は焼き溶ける寸前にまで追い詰められている。今、勢いのみで彼は耐えきってこそいるが十五分以上はとても耐えきれない。
「……かるら」
体が悲鳴を上げ続ける。その苦痛は少なからずカルラ本人の表情にも現れている。
「かるらっ! か~るらっ♪」
しかし、アイザはそんな彼を止めようとしない。
それどころか獰猛な叫びと野良犬のような気高さのみで吠え続ける彼の姿を前に心を躍らせている。
「わたしもいくーーーっ!」
彼女自身の気持ちも高揚しているのか、彼に続くようにMURAMASAの出力を上げ、己自身の強化のバイブレーションを上げていく。
(何故だっ、何故だご主人……!)
ヨカゼの声は届かない。故にその悲嘆は心の中だけで。
(こんな無意味なこと、ご主人が一番理解しているはずだ。こんなところで時間を無駄にすることも、エネルギーを浪費することも許されない……あのオルセルという男を直接倒さなくては意味がない! こんなところでエネルギーを使い切り倒れることこそ滑稽だ! それをご主人が一番理解しているはずだろう!)
わかっている。
彼は破天荒であるが合理的な一面もある。最悪なパターンへ陥らないように立ち回ることもしっかりと頭に入れている。
単なる脳筋思考のみで力押しを続けるだけのバカではない。相手の戦闘力をしっかりと図れる認識眼も持ち合わせているはずなのだ。
(……何故だ、ご主人)
しかし、ヨカゼは理解している。
(何故、そこまでして“人間”を信用できぬのだ……!)
彼の胸にあるのは誇りなのか。それとも負けず嫌いのプライドなのか。
今、長年彼のお世話係を続けてきたヨカゼは理解している。
“彼は『成さねばならない』という一心のみで戦っている”。
紫色の巨人・ジャイロエッジとの戦闘はハッキリいって時間の無駄だ。無限の生命力と無尽蔵にも近い回復アイテムのストック。ここでどれだけエネルギーを消費しても大した効果が得られないことも薄々と気づいてはいるのだ。
だが、それが逃げる理由にはならない。正確には『逃げてはならない』と胸に言い聞かせている。
倒す。倒せる。そういう概念の問題ではない。
倒さなければならない。という感情だ。
“己が神代駆楽。周りに出来ぬことを出来る人間”
“義理でも義務でもない。己に課した使命でも課題でも何でもない“
“やれる可能性を秘めた男であるからこそ、ここで諦めてはいけない”
頑固な性格だと思う。それは立派なのか意気地なのか……少なくとも、それは彼が少年を失ったあの日より、生涯かけて背負い続けてきたエゴであるとは言い切れる。
あの日から、この男は壊れたのかもしれない。
完成したと言い張るべきなのか。あの男の行動をどう捉えるかは、きっと分かれることだろう。
しかし、ヨカゼは思った。『なんと、馬鹿なこと』を、と。
システムという立場上合理的な計算とかそういう話ではない。ただ……ずっと、長く戦い続けた相棒として。
「オラオラァッ!」
ただ無意味、というわけではない
「バ、バカナ!?」
紫色の巨人を押している。
「再生が、おいつか、ないッ!?」
当然だ。フェーズ5は未知の領域。“次元”をも切り裂く人智を越えてしまった力。人類が生み出した究極の兵器。
不可能を可能に。それが出来る悪魔として生きることを選んだのが彼だ。カルラはその道だけは絶対に曲げようとは思わない。
己が出来る事を背負い、過信とも違う感情のみでその身で駆け抜け続けてきた。次元ごと引き裂かれ、ジャイロエッジの腕の再生に遅れが生じ始める。
「どうしたァッ! その程度か、ゴラァアッ!!」
紫色の巨人の再生スピードを追いつかせないレベルの熱量だ。触れた途端に溶解液で埋められた皮膚は蒸発し、徐々に巨人の体が溶けていく。
それに一躍買っているのはアイザの援護射撃があってのこともあった。次々と吹っ飛んでいく液状の体が破裂を繰り返し、巨人の肉体が消えていく。
「やっぱり悪党はお前だったみたいだな……この神代駆楽に! 不可能はねぇんだよぉおッ!!」
あと少し。あと少しだ。
神代駆楽だけが出来る。その一心のみで、声を上げる。
「あと少しっ! 俺がヒーローだ……これでおわりだ!!」
「おわり! うん、おわり!!」
もう一発フルバースト。この連携もあと数秒続けばジャイロエッジの肉体は微塵も残らずに消え去るだろう。怒涛のラッシュのスパートの引き金を、アイザもおろそうとしていた。
その瞬間だった。
「あ、れっ」
アイザの体が……力強く跳ねた。
「これで終わりだッ!!」
大地を踏みしめ、カルラは鳥が空へはばたくように宙を舞う。
エネルギーをフルに発揮する。あとはこれで真っ二つに引き裂けばジャイロエッジの肉体全ての蒸発が完了する。巨人の肉体の中にいるであろう本体ごと切り裂き、勝利は確定する。
限界が近いのは分かっている。だからこそ、もう一秒たりとも時間はかけることはできない。この一瞬で最後の攻撃とする。
とどめの一撃は今、ジャイロエッジの肉体へと触れた。
「------ッ!?」
限界、だったのか。
まるでショートしたような。体の中で決定的な何かがキレたような音がした。
ゴチャゴチャになっていた脳内が割れた風船のように飛び散っていく。体に帯び続けてきたマグマの熱も、内側から氷水の間欠泉が噴き出たように冷え切っていく。
『ご主人!!』
寒い。感覚もない。視界も定まらない。
空っぽになった脳裏と、力が抜け続ける肉体は力なく地に落ちていく。握っていた村正からもエネルギーが一瞬で消えてしまっていた。
「か、っぅはっ……」
ヨカゼが声を荒げてまで警告した。
ヨカゼに許されたのは制御のみでレベルの引き上げの調整と己自身のバイタル調整はカルラ本人が握ってしまった。内側から手が出せないヨカゼの叫びはまるでカルラの体の悲鳴を代弁しているかのよう。
彼女の言う限界が今、やってきてしまったのだろう。
「……ふふふ、はははははっ!!」
今までの威勢はどこへ行ったのか。かつてない猛威を振るっていた二人の肉体は、息を引き取った虫のように地へ伏せてしまう。
また、再生が始まる。数秒どころか一生続くであろう大きな隙間。再生をするには丁度どころか十分すぎる過度な時間。
ジャイロエッジの肉体はほんの一瞬で、元通りの紫色の巨人へと戻ってしまった。
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