タイトル.65「残虐デモンストレーション(後編)」
政府本局手前。建物のビルの巨大テレビジョンには政府局より絶賛放送中の生中継。人類を一瞬で焼き払う悪夢のデモンストレーションが流されている。
「……」
カルラはその映像を見上げ、立ち止まっている。
「どうしたの? かるら?」
「いーや、別に……さぁて突撃取材二回目だねぇ。というわけでお邪魔しますよっと!」
政府本局に足を踏み入れれば、当然防衛システムの包囲網が彼らを襲い掛かる。
パトロールロボットにオートマトン。小型のバルカン砲が装備された監視カメラの数々に不死身と称されるバイオ人間。
その中に、人間の姿は見当たらない。
どうやら大半の政府局員は検挙もしくは去勢を浴びたのだろう。今、政府本局の全包囲網を制圧しているのはオルセル・レードナーが命令を下す“戦闘員”というわけである。すでにこの場所は新市長のテリトリーとなったわけだ。
「アイザっ! とっととラスボスのところへ行っちまおうぜ! 俺達のレベルはRPGゲームの勇者でいうならカンストも同然なんだぜ! 怒涛のラッシュでワンターンキルしてからのエンディングと洒落こもうじゃねぇか!」
なら、躊躇う必要は何もない。
申し訳程度のヒーローの掟。無駄な殺生はしない。特に罪もない人間には手を出さないというルールのもと、仕方なく制限をかけながら戦っていたがその必要はなくなった。
相手が全員人間ではないのならリミッターを外しても何の問題もない。事が済むまで暴れてやろうと、胸の奥のエンジンをフル回転させる。
「ねぇ~。かるら~」
最早呼吸をするようにロボットとバイオ人間をぶっ潰していく。アイザは敵に目を合わせることもせず、気配だけでその銃口を向け一人残らず殲滅を続けている。
「これ、重いんだけど外していい~?」
その場で大きく首を傾げ、腰を曲げる。
彼女が片手で指をさしているのは背中。いまだに背負われたままの“ジェットブースター”だった。
「おいぃいいっ!? それ、まだ付けてたのォッ!? そろそろ外しなさいよッ!?」
カルラはシルフィたちに別れを告げた直後。テレビ局から飛び降りた際にジェットブースターを着地に利用させてもらった。
エネルギーはまだ十分に残っていたが、あれはもともとアキュラ達のモノ。貰うわけにもいかぬと取り外してきたわけだ。少なくともカルラの方は。
「だって、かるらは外しちゃダメって」
しかしアイザは付けたままだったのだ。
高原のハイウェイを歩いているときはそれどころじゃなくて気が付かなかった。こんな狭い場所では明らかに邪魔なブースターがかなり目立っている。
「いや、あの時はさぁ……ああ! とにかくッ! 邪魔なら早いとこ捨てなさいッ!」
「分かった~」
許可が下りたので、ジェットブースターを取り外した。
「さぁて! 楽勝楽勝! とっとと行きますかッ!」
局長室、および市長室があると思われる上の階を目指すためエレベーターホールのある奥地へと向かっていく。監視カメラから放たれる銃弾の雨は持ち前のフットワークで回避し、敵は村正で薙ぎ払う。
何の難所もない。二人は順調にラスボスのもとへと向かっていく。
{……っなさい}
「?」
エレベーターホールへと足を踏み入れる直前。カルラは首を傾げた。
何かが聞こえた。聞き覚えのある声、一瞬だけ何か耳元で囁くように、そよ風のようなくすぐったさを感じた。
{引き返しなさいッ!!}
それは警告だったのか。
怒鳴りつけるような甲高い声がカルラの耳を刺激したその瞬間には----
「ッ!」
既に彼らはエレベーターホールの中。
しかし、気が付けばそこは“足場のない奈落の底”。
「なにぃいいッ!?」
「あ~れ~」
カルラとアイザの悲鳴。
ついさっきまでエレベーターホールだったはずの大広間は……まるで巨大な井戸の底。建物に使用されているタイルも金属板も何もない、茶色い壁に囲まれた穴の底へと二人の断末魔は吸い込まれていく。
「イッテェええ!?」
カルラ。突然の不意打ちに体が間に合わず、穴の底で尻餅をつく。
「よいしょっ」
アイザは何事もなかったかのように着地。一瞬無理のある高さからの着地だったのか足が震えたような気がしたが表情は一瞬の曇りもない。痛覚のない彼女だ、多少の着地の衝撃など一切のダメージはない。
「な、なんだなんだ……?」
穴の底。周りに何があるのか確認できない。
「ヨカゼ! ライトよろしく」
『了解』
村正には暗い所でも戦いやすくするために、その一面を一瞬で見映えよく照らすための高性能ライトも搭載されている。命令を受けたヨカゼがライトを起動すると、あっという間に穴の底がくっきりと見えるようになった。
ついさっきまで存在してたはずの足場が一瞬で消失し、罠にでもはめられたように得体のしれない場所へと放り込まれた。まずは今の状況をすぐにでも確認したかったのだ。
特にこれといってない広間。足場もやはり、周りと同様に硬い地面がある。
「お久しぶり……ですねぇ」
そんな殺風景の中に、懐かしい顔が暗闇から浮かび上がる。
ジャイロエッジ。今まで黙りこくっていた量産型の奴らと違い、その個体は明確な意思を持ってカルラ達に話しかけてきた。
「……久しぶり、という事は。俺と会ったことがある奴なのかい?」
「そうだ」
ジャイロエッジはカルラの問いに答えた。
相変わらずの上からの態度。本来なら愚民の会話など聞く耳持たずであるのだが、今回だけ特別に付き合ってやらんとするその表情には、無性な苛立ちを感じさせる。
「私の意識は一度お前に会っている……君が出会ったのは意識こそあれど、別の肉体ではあったがね」
「あぁ?」
言ってることがよくわからない。カルラは両手を広げ、首をかしげる。
アメリカンコメディにはよくある、『何言ってるんだ、お前』と言わんばかりのリアクションであった。
「……かるら」
会話を挟む中、アイザは相も変わらず空気を読まず口を開く。
「コイツ、臭い」
人差し指を突き刺している。
三十代後半から悩まされる加齢臭や体臭の事を言っているのか。それとも、その両手の爪に塗りたくられた毒に対して、そう愚弄しているのか。
……いや、違う。
彼女が言うのは当然“感覚的”な意味。
「俺も頭は悪い方だから他人の事は言えないんだけどよ……お前はつまり、記憶だけ共有した別の奴とでも思えばいいのかい?」
「その解釈で構わん」
ジャイロエッジは否定しない。
「貴様がアブノチで戦ったのも、この街にいる全ての私も……皆、等しく私である」
両手を広げ宣言する。
意識もなく暴れまわっているジャイロエッジ達。カルラがアブノチで退治してみせた個体。そのすべてがジャイロエッジという概念そのものであることを告げる。
「……クローンだかバイオ人間だが知らないが、お前の分身ってわけだ」
「ああ。だが私はジャイロエッジ全ての心臓である」
即ち、街で暴れまわっているバイオ人間全ての本体。全てを操作する脳であり心臓であることまでネタ晴らしをした。
「いいのかよ、そんな事バラしちゃって……お前を倒せば、あのクソ市長の勢力の五割以上は叩けるってことじゃねぇか。二人がかりで十分だぜ、お前なんて」
剣と銃。 互いの先端がジャイロエッジへと向けられる。
「何よりお前は俺に一回負けてるんだ。華のないリベンジにさせてもらうぜ」
「……私はジャイロエッジ」
その日、男は初めて名乗り上げた。
以前までは愚民に対して名乗る名前はないと言った。しかし、この男は“確実に殺すべき相手”と敬意を払い、今、暗殺者としての自身の名を翳したのだ。
「この体はオルセル様より与えられた“無限の生命”」
茶色の壁。地表から次々と“他のジャイロエッジ”が構造を無視して現れる。その姿はまるで蛾の幼虫のよう。芋虫のように不気味に捻じれながら産み落とされていく。あまりの不気味さで鳥肌を誘う。
新たな生を受けたように。粘膜まみれで裸体のジャイロエッジ達は立ち上がると、倒すべき相手であるはずの二人を無視してジャイロエッジ本体へと集っていく。
「この世界の神に等しき命」
その数およそ数百人。ジャイロエッジは大量の己自身と粘膜に飲み込まれ、いつか見た“紫色のスライム”へと姿を変えていく。
手で触ることを想像するだけでも身の毛がよだつ。生臭い匂いのスライム達は近くの肉体と融合し、食物連鎖を起こすように取り込んでは巨大化を繰り返す。次第にジャイロエッジ本体の肉体も紫のスライムへと変貌していく。
「我々ハ……不滅だッ!!」
紫色の泥は次第に巨人となって、二人に立ちはだかる。
ここは光一つ入らない奈落の底。どれだけ巨大であろうとつっかえる天井は存在しない。遠慮のない巨大化を披露すると、マグマのようにドロドロ、白い煙と沸騰した肌を晒した右手を二人の元へと振るい落とした。
「……趣味が、悪いッ!」
アイザとカルラ。互いに警告を交わすこともなく、ジャイロエッジの攻撃を回避した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます