タイトル.59「サヨナラ・グッド・バイ(後編)」


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「……フゥアリーンまで、やられたか」

 ロックロートシティ市長。特殊部隊セスのリーダーにして、政府本部最高責任者であるスバルヴァは現在の状況に焦りの色を見せるしかなかった。

 殺戮部隊であるジャイロエッジは死に至り、罪も泣き幸運の女神ジャンヌと操縦不可能な殺人鬼キーステレサの二人も彼らを取り逃がした。空のスペシャリストであるドガンも迎撃に失敗したと報告。

 それだけじゃない。ロックロートシティのみならず、この世界全ての人類のアイドルでもあったフゥアリーンも殺害された。

「なぜ、このようなことに……」

 ほとんどの戦力を失った。

 あの便利屋たちを葬るには最早政府全ての駒を動かす必要が現れた。しかしここまでの一時的な洗脳といい、数多くの荒行事を知った彼らの存在は政府にとっては非常に厄介なもの。 

 政府が手を動かすよりも先。この世界に渦巻く政府部隊の陰謀の真実はきっと、全世界に届いていることだろう。

「このままではっ……!」

 市長は慌てて、政府団体へ支援してくれていた企業達の責任者へと報告を入れる。

 ここまでくれば、ほとんどの企業に政府の荒行時がバレることになるだろう。だがここは政府本部長からの命令だ。どれだけ反論されようが『存在を抹消する』と脅しをかけてしまえば黙らせることは出来る。

 ----不安定な、疑念がより深まる社会が待っているだろう。

 だが市長はどのような手段であろうと手段は問わない。秩序の安定、自身の組織と立場の安寧を保つため、その手を素早く動かしていた。


「苦労していますね、市長」

 その背後ではオルセルが笑っている。セスの最後の生き残りだ。

 ここまで滑稽に慌てる市長の姿もそう珍しい。笑わずにはいられないと、その姿勢を隠す素振りすらも見せようとしない。

「オルセルッ! 貴様も手を回せ! このままでは街が、」

「街の心配?」

 オルセルはおかしく笑いながら首をかしげる。




「はて?」

 銃声が鳴り響く。

「自身の心配の間違いでは?」

 ……電話が鳴ることはなかった。

 吹き飛ばされた脳天。そこから噴き出た血の雨霰が電話を破壊した。市長の体は力なく市長の椅子より崩れ落ちていく。

「これでもう、貴方は追われる心配などございませんよ」

 オルセルは市長の椅子に座り、着こなしているスーツの身なりを整える。


「あとは、私にお任せくださいな」


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 ……荒野の中。

 蜃気楼のように歪む地平線。水一つない乾いた大地。長く続くハイウェイを、一人の男が剣を片手に歩き続けている。


 汗一つ流さず、カルラは街へと続くハイウェイの上を歩き続けていた。

 フラリフラリと千鳥足のその姿。水を求めている遭難者とも違う。衰弱しきった体故に疲労しているわけでもない。


 彼は至って平常だ。

 ただあまりの可笑しさに笑いつかれただけである。おかげで顔の筋肉は引きつってしまったし、変に脱力感だけが祟っていた。


『ご主人っ……』

 孤独の少年に、AIの少女が話しかける。

『言いたいことがある。フェーズ5の事は咎めん。あの状況、打破をするにはそれだけのパワーアップが必要だった。その判断は正しかったと認めよう……それよりも、そんなことよりも、私が言いたいのは一つだ』

 一方的に、彼の反論を聞く事もなく彼女は問う。


『“本当にこれでよかったんですか”』

 ただ一人、こんな殺風景の中を歩いているだけの哀愁漂う姿。


 あまりにも彼にとっては”しまらない姿”。

 皆にチヤホヤされるヒーローの姿とはかけ離れた姿である。

 彼が最も願っていなかった展開だというのに何の後悔もないのか。


「……何がだい?」

 引きつった表情のまま、再びニヤリと笑みを交わす。

「いつも通りに戻っただけさ。何の問題もないさ」

『……ご主人がそれでいいなら、私は何も』

 カルラが望んだというのなら、お世話係であるAIのヨカゼから言えることはこれ以上ない。

「期待した俺が、バカだったんだ」

 歯がゆい気持ちは、強くあった。

 意思を持った。自我に近い感情を持ってしまったAIが為に、彼女は深く胸を苦しめられてしまう。

「ああぁ、問題ない。問題ないんだよ。はっは、あははははっ」

 両手を広げ、太陽に背を向ける。

 本当ならばヒッチハイクをしたいところだが……今は無性に走り出したい気分であった。とにかく解放感に満ち溢れたいと願うばかりであった。


 また一歩、また一歩。

 ハイウェイを歩いていく。



「……ん?」

 その先に、誰かがいる。


 黒いコート。セーラー服を思わせる軍の制服姿。

 見た目はカルラの好みド真ん中でありながらも性格はカルラの好みとはド反対に真逆。あまりに子供らしく無邪気な笑みを浮かべたアイザ・クロックォルの姿がある。


「かるらだー!!」

 フラリと歩き続けるカルラの体に抱き着いて来る。

「いつものかるらっ♪ かるらだっ♪」

 凄く嬉しそうだった。

 ただ文通のみでその関係を繋げて、ついに再会を遂げた恋人のように。アイザはあまりの嬉しさに跳ねながら体を摺り寄せてくる。

「……戻らなくていいのかよ。今のお前の家は」

「え、何?」

 何の話をしているのか。

 アイザのきょとんとした表情は最早カルラ以外の何もかもが見えていないような、そんな表情だった。

「……まぁ、これが本来の形。だよな」

 アイザを振りほどき、カルラは歩き続ける。


「ねぇー、どこにいくのー?」

 ハイウェイの先はロックロートシティだ。

 そんなところに何の目的があるというのか。ほとんどのことに関心がないアイザであっても、その疑問くらいは浮かんでいた。

「……やることが、あるからさ」

 この場所なら電波が届く。アキュラから受け取った小型テレビ付きラジオから、音声が流れている。

「正義のヒーロー、カルラの……大仕事ってやつがな」

 ラジオに移っているのは、ロックロートシティの市長室。

 LIVEと表示されているために生放送。本来であれば、市長にしか使えないはずの緊急用生放送通信映像装置。


 そこに移っているのは-----。




『皆さん、初めまして。新市長の……“オルセル・レードナー”と申します』

 この世界の悪の根源。

 畜生ともいえる人間の姿だった。


「弱さは毒、強きは呪い」

 一言。カルラは呟いて映像装置を畳む。

「さぁ。最後の仕事だ----」

 たった二人。長々と続く荒野のハイウェイを、歩いていた。

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