タイトル.45「グッドラックを掴み取れ!(後編)」


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 衝撃の事実が口にされる。

 異能力でも魔法でも何でもない……あのシスターは何か特別な力を使っているわけではない。

「あの人、凄く運が良いだけです……! 宝くじの一等賞を常に引いてるような! そんなレベルの幸運を引き寄せてるだけです!」

「「な、なんだってーーーー!!」」

 不幸体質の人間がいるというのを聞いたことがある。疫病神とも言われる程に神様から見放された存在が一人はいる事を。

 その逆も然り、神様に愛されたように、常に幸運に愛されているかのように“恵まれた体質”を持った存在も。


 あんな戦闘のド素人が政府の憲兵幹部にまでのし上がっているのはそうとしか考えられない。もしくはその愛嬌とやらで甘やかされているだけか。

 だが政府の人間はそんな無意味な依怙贔屓をする集団とも思えない。あのような恐喝じみたテロ行為を行う集団だ。戦闘能力は必ず求めるはずである。

「……はははっ!」

 アキュラは思わず笑いだしてしまう。

「シルフィ、お前、寒さのあまり頭がおかしくなったか?」

 その言い分は分からなくもない。

 偶然噴き出る水。偶然飛んでくるガレキ。偶然、何処からやって来たかもわからない馬に撥ねられて攻撃を避けたり、その際の着地地点に大量の衣料品があって不時着を免れたり……あまりにもあり得ないラッキーが続いている。

 だがそんな偶然が人生一度のうち一回はあってもおかしくない。人間、調子が良い日は馬鹿みたいに上手くいくし、その逆で不幸だらけの日も当然ある。

「仮にも幹部レベルだぜ……何の力もないって事はあり得ねぇ」

 ここまで理不尽に攻撃を防がれていたが、偶然だけで免れているとは思えない。

「化けの皮を剥がしてやるよ!」

 何か隠しているのなら吐き出させるまで。アキュラは片手に炎を纏い、その場から走り出した。

 今ならば、こけたショックでジャンヌは身動きが取れない状態だ。隙だらけのこのチャンスを逃さない手はないだろう。

「さぁ、覚悟しや、」

「「「やめろーーーっ!!」」」

 甲高い声の集まり。

「げふっ!?」

 石だ。ソフトボールくらいの大きさで、鈍器としては十分すぎる大きさの石。

 ジャンヌにたどり着くよりも先に、アキュラの頬に石ころが飛んできた。青少年の殴打くらいには威力があったのか、彼女の頬は盛大に歪む。

「お姉ちゃんをいじめるなー!」

「そうだそうだ!」「くらえー!」

 このの街に住んでいる子供達だ。

 憲兵の印をつけているシスター。あの腕章は正義の味方である証。

 となれば今、このシーンを目の当たりにし、正義の味方がピンチであると子供達が捉えるのは致し方なし。アキュラ達に攻撃するのも子供ながらの純粋さ故。

「おい、バカっ、やめ……ぐっ!?」

 子供は加減を知らない。人に投げつけるには大きすぎる石が何個か飛んでくる。露出が多めのアキュラには相当なダメージが入っている。

 顔面、両腕、お腹。ガラ空きの背中など四方八方から石を投げられる。

「いたたたたっ!?」

「こらっ、君達! やめなさい……痛いッ!?」

 当然、その攻撃はアキュラの仲間であるシルフィとレイブラントにも飛んでくる。

 あれくらいの子供相手、反撃は容易いモノであるが……攻撃できるはずもない。あの子供達は純粋に正義の味方を手助けしているだけ。邪悪な心は持ち合わせておらず、善良な気持ちのみで救いの手を伸ばす心優しい子供達なのだから。

 そんな子供達にシルフィとレイブラントが攻撃できるはずもない。

「このぉ……」

 そう、あの二人は子供達に対して何もしないだろう。

「いい加減にしやがれ、クソガキ共ォオオオッ!!」

 だがアキュラは別である。

 気持ちは分かるが人にそんな危ないモノを投げるな。説教紛いの言葉を喚き散らしながら、発砲を続けてくる子供達へと近寄ってくる。

「「「うわー!!!」」」

 当然、子供達は必死になって逃げていく。近くに親御さんがいる子はその後ろに隠れて助けを求めようとする。

「調子に乗るんじゃねぇぞ……ガルルルルッ……!!」

 狂犬のように唸る。

 当然手出しはしない。ただ叱るだけだ。こんな子供相手に力を出すほど大人げないことをするはずもない。尤も子供相手にこんなにムキになる地点で大人げないような気もするが。

「子供に襲い掛かるとは何て奴だ!」

「憲兵さん! 私達もお手伝いします!」

 ……大人たちが一斉にシスター・ジャンヌを取り囲む。

 角材、鍬、作業用の工具片手に援護に回る。その数はざっと数えて三十数人と言ったところか。

「皆様、危険です! これは私のお仕事で……」

「何を言ってるんだ! 相手は三対一なんて卑怯な手で挑んできた輩だぞ!」

「「いや、仕掛けたのは向こうが先では?」」

 あの噴水の事故をシスター・ジャンヌが仕掛けた事にカウントしていいのかどうか。シルフィとレイブラントは審議を疑ってこそいたが、その直後にアキュラが反撃をしてしまっている。

 理は一応ジャンヌにあるのか。これは困った話になった。

「数で叩くのは卑怯って言っておきながら、お前等も数で叩く気かよ」

 三対一の絵面は卑怯に見えなくもない。しかし三十対三はあまりにも理不尽ではないかとアキュラが問い詰める。

「うるさい! 悪党を懲らしめるのに卑怯もクソもあるか!」

「あー、出たよ。それってアレか? 悪党が数を揃えて挑もうとしたら卑怯って言われて、正義の味方側がその戦法を使ったら『絆の力だ!』的な理由で許されるって奴? あー、卑怯だなー! なんていうか、すっごい理不尽だなぁー!!」

 ヒーロー漫画としては、ああいった絵面は場を盛り上げるための演出として致し方ないと思うべきなのかもしれないが癇に障る。

 アキュラ達フリーランスの立場は、表の秩序から離れたアウトローである。この絵面からして悪党は紛れもなくアキュラ達。理不尽極まりない。


「さて、どうしたものかねぇ」

 アキュラはその場に座り込み、どうしたものかと考える。

 気が付けば四方八方四面楚歌。この街の住民達に囲まれてしまったではないか。

 ここにいる三人の力をもってすれば、大した戦闘力もないこの集団を突破するのは簡単な事ではある……だが関係もない一般市民に手を出して事が公になれば、今後が動きづらくなってしまう。

 ヒミズのリーダーもその一件を知れば、しばらくの間は謹慎処分を言い渡してくる可能性がある。一刻も早く金を稼ぎたいアキュラとしては数か月の謹慎はかなりの痛手。避けてはおきたい場面。だが乱暴しなければ局面を脱することも出来ない。

「どうする? 退路も断たれたぞ」

「……二人を空に吹き飛ばすことは出来ますが」

 それでは何処に不時着するか分からない。力の調整が出来るにしても、この街の地理の全てを理解していないシルフィには難しい計算。

 あまりオススメ出来ない賭博であることを告げる。


「今ならまだ間に合います。どうか、自首をなさってください」

 このままだと捕まる。

「心優しい方々にはきっと政府もお許しになってくれるでしょう」

 ジリジリと近寄ってくる一同を前にシルフィとレイブラントは焦り始める。

 ジャンヌの発言自体に悪意はないのだろう。彼女もまた純粋な善人の一人。悪人に公正してほしいという気持ちを浮かべているに違いない。

 その気遣いは理不尽を受けまくっているアキュラにとっては嫌味に聞こえるが。。

「なぁ、二人とも」

 アキュラはその場でアグラをかきながら口を開く。

「この場にいる一般市民に手を出したら、オレたちはもれなく救いようのない罪人になるわけだよな?」

「……でしょうね」

 正当防衛ならまだしも、この状況でそれがまかり通るとは思えない。強行突破を試みれば、その瞬間全国指名手配レベルの罪人へとランクアップだ。

「そうだな。じゃあさ」

 アキュラの口元が歪む。



?」

 どういうことなのか。不穏な言葉に二人がアキュラへ視線を向ける。

?」

 アキュラの片手。

 それが地面にぴったりとつけられている事に気づく。


「お前、まさか!」

「おう、その……まさかよ!!」

 事故なら仕方ない。アキュラ達が手を出したという事実がなければ問題ない。

 アキュラの片手には微かに炎が巡っている。そして、その炎の行き場は……。

「ん?」

 そう、その、炎の行き場は……“別のパイプ”だ。


「お前等! 高いところに逃げるぞ!!」

 アキュラが炎を送り込んだのは噴水へと送られる大量の真水を流すパイプだ。それを破壊することでこの場に引き起こすのだ。


 ----“水難事故”を。

「うわぁああ!?」

 再び噴水から水の柱が出現する。滝のように、勢い落ちることなく水を噴き出し続ける。

「また噴水が!?」「やっぱりパイプが壊れてたんだ!?」

 しかも噴水だけじゃない。

 広場のそこらから水が次々と吹き出し始める。アキュラ達を取り囲んでいた住民達はあっという間にその場から退避を始める。

「シスター! こっちへ!」

「え!? ちょ、ちょっと……」

 シスター・ジャンヌも安全を考慮して住民たちに避難させられる。

 退路は開いた。

「よし! 逃げるぞ!」

 アキュラの手によって、インナーバルシティは快晴の中の大雨。

「正当防衛、絶対に通らないだろうなぁ……」

「覚悟を決めろシルフィ。俺はもう諦めた」

 バレれば指名手配で済むかどうかもわからない大罪。心を痛めながらもシルフィとレイブラントは全力疾走で逃げ始めるアキュラを追いかけた。

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