タイトル.45「グッドラックを掴み取れ!(前編)」
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水だ。いきなり噴き出た流水がアキュラの炎を受け止めた。
噴水へと直結されていたパイプの事故だったのだろうか。噴き出ていた水は役目を終えると一瞬で引っ込んでしまう。
「おいおい、マジか……」
傘も欲しくなるような雨が空から一瞬だけ降り注ぐ。
「……タオル一枚じゃ足りねーな、これは」
アキュラは水滴を振り払う。
動きやすさを重視したアグレシッブな服装なうえ、水難などもケースに入れた防水加工の服。不幸中の幸いにアキュラは何処か安堵する。
「寒っ」「へっくしゅ!」
だがその一方でレイブラントとアキュラはその雨がダイレクトに聞く。布生地が多いレイブラントは勿論の事、シルフィは逆の布生地が少ない。
風邪をひいてしまわないかどうか、それが心配だ。
「うううぅ……」
シスターもびしょ濡れだ。スタイルが良いのか、魅惑的なラインをくっきりと見せてしまっている。
「水の能力者か?」
レイブラントはジャンヌへ視線を向ける。時折、目を逸らしながら。
「その可能性が高いな……ところでお前、耳に水が入ったか?」
「少し」
「よっしゃ、これが終わったら抜き方を教えてやる」
ジャンヌが水の能力者なのかどうか、それを確かめる必要がある。
「もう一発!
泣きの一回、火炎をぶちまけてみる事にする。
一発のファイアボールが再びシスター目掛けて飛んでいく。
アキュラは一秒たりとも彼女から視線を背けない。瞬き一つもやろうとはしない。
「燃えちまいな!!」
再び命中しそうになる。狙いは変わってない。直撃ルートだ。
「おい! なんか向こうでも凄い音が聞こえたぞ!?」
「ガスでも爆発したのか!?」
その刹那、別の方向から騒ぎ声が聞こえる。
同時に“爆発音”も聞こえた。音が小さい、随分と遠い場所のようだ。
……しかし、その爆発事故らしき何かが。この現場で“更なる混迷”を巻き込む結果となる。
「!」
舞っている。空を“巨大なガレキ”が舞っている。
その爆発事故現場から飛んできたものなのだろう。ガレキがブーメランのように回転しながら、水塗れになった噴水広場へと落ちてくる。
「きゃぁああっ!?」
そして盾となるようにジャンヌの前に落ちる。
再び、彼女の身は守られたのだ。
「はぁッーーーー!?」
水の力でも何でもない。魔法でも異能力でも何でもない。
何処からともなく飛んできたガレキが身を守っただけで、ジャンヌ自身は何かしたような様子はない。
「そんなのアリかよッ!? なにがどうなってるッ!?」
「私が行きます!」
シルフィはその場で片手を構えた。
「
彼女が放ったのは風のカッター。魔力をその身で感じられない生身の人間では視認することが出来ない不可視の攻撃だ。
風によって形成された刃は多少の水流程度なら難なく突破する。今、もれなくシスターの体を守っているガレキも容易く切り刻み破壊する。
殺しまではしない。その刃は人の身に触れた途端に暴発する仕組みに変えてある。命中と同時、触れた相手を吹っ飛ばす。
「お嬢ちゃん! そこにいると危ない!」
「え?」
突如聞こえた声。シルフィは振り返るが、どうやらその声はシルフィとアキュラにかけられた声ではないもよう。
……ジャンヌへ、だ。
その場で今も恐怖に怯え、浴びた水で凍えて震えているジャンヌに向かってかけられた声であった。
「え?」
途端、ジャンヌは顔を上げる。
“馬”だ。
首輪も鞍も何もつけられていない馬が興奮しながら突進してくる。何かに驚いたのかここまで走って逃げてきたようだ。
「げふっ!?」
その体当たりを正面から受けてしまったジャンヌ。そのまま彼女の体は近くの衣料品売り場へと吹っ飛んでしまう。
「あ」
……風の刃は馬に命中。そして暴発。
『ヒィヒィイイイイイーーーーーン!?!?!?!?』
馬は実に元気な悲鳴を上げながら、天高く飛んで星になってしまった。
大げさかもしれないが大空に一瞬、ピースサインをした馬の遺影らしきものが見えたような気がした。馬がピースサインできるかどうか知らないけど。
「奴は!?」
体当たりをされ吹っ飛ばされていったジャンヌはどうなったのか。アキュラとレイブラントが慌てて衣料品売り場へと視線を向ける。
「いたたたたっ……」
フードが破れてしまったのか、ブロンドの長い髪と可憐な容姿を露わにしている。馬に体当たりをされたため体を痛めたようだが、特に大事ない様子を見せている。
飛ばされた地点はバーゲンセール顔負けの大安売りで大量の古着が詰め込まれたワゴンの真上であった。
造りが頑丈だったのか……安売りワゴンはジャンヌの体を受け止め、中の衣料品がクッションとなって、ジャンヌの不時着を大事なく受け止めたのだ。
「……もう、怒りました!」
逆切れ、なのかどうかは分からない。
ジャンヌはワゴンから飛び降り、ナイフを手に取った。
「もう本当に許しませんからね!」
……元がおっとりとしていた性格だったがために、怒った表情も怖くはない。
むしろ品があって愛らしさすらも覚えてしまう。こうは見えるが、彼女は凄く怒っているのだろう。
「貴方達は絶対に捕まえて、お説教です!」
ナイフを手に、ジャンヌはアキュラ達の下へと走っていく。
「やぁあああーーーーー!!」
しかしどうだろうか。ジャンヌの脚力はそれほど凄いわけではない。
例えるならば小学校の50m走で常に最下位を記録しているノロマレベルの速さ。何よりナイフの持ち方も何処か不慣れな感じがしてならない。
闇雲に走っているようにしか見えない。これでは『反撃してください』と言っているようなマヌケぶりである。
(なんだろう。すげー嫌な予感)
……しかし予感がした。
アキュラ達はその攻撃を前に嫌な予感をしていた。この寒気は水を浴びたが故の凍えとは絶対に違う。
「あっ」
一心不乱に走っているだけ。ともなれば、足元不注意も当然起こる。
「ぎゃふっ!」
ナイフを手放し、ガレキか何かにつまずいたジャンヌはダイノジに正面へ倒れる。顔面から直撃、胸も減り込んで痛そうに見える。
「「ひっ……」」
それを見ていたシルフィとアキュラは思わず自分の胸へ手を伸ばしてしまう。痛かったであろうと哀れみの視線を向けながら。
「……なぁ、コイツ、本当に強いと思うか?」
「いえ、全然」
アキュラとシルフィは正直に告げる。
とてもじゃないが強敵とは思えない。戦闘にしてはド素人丸出しであり、隙もありすぎて相手になる気配が見えない。嫌な予感が走る割にこの光景から危機感を一切感じない。
「!!」
マヌケなシスターの姿に女性陣二人は油断をしていた。
「二人とも! 伏せろ!」
「「!!」」
三人の頭上から。
“新たなガレキが降り注いでいる事”に気が付けなかった。
「くっ!」
ガレキをレイブラントが受け止める。
この程度の大きさなら盾一つでどうにかなる。嫌な予感に駆られていたのは女性陣二人だけではない。その警戒心故に周りを見渡したが故に気が付くことが出来た。
とはいえ瞬発的に盾を出し、無理な姿勢で防御をしたために体に負担がかかる。レイブラントは思わず声を漏らしてしまった。
「……アキュラ」
「どうした」
「あの人からは魔力らしきものは一切感じません」
魔力を感じない。魔法という存在に敏感なアルケフが言うのだから間違いない。
「となれば、異能力者か?」
「いや、それも違うと思います」
噴き出した水。飛んできたガレキ。どれも統一性がない。
何より彼女が何か能力を使ったように見えない。こちらへ走ってくるときも力任せでヤケクソに走っているようにしか見えなかった。特別な力を使っている様子は今のところ微塵もない。
「あの人は、彼女はただ……」
打ち付けた鼻を押さえながら、涙目で立ち上がるシスター。
そんな痛々しい姿を前に、シルフィは断言した。
「ただ、メチャクチャ運が良いだけです……ッ!!」
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