第46話 決着

 そんな魔王に私が出来ることがあるとすれば、代償を全消費させずに、せめて一曲か二曲だけでも覚えたままの状態で生きていてもらうことだろう。彼女ほどの魔力があれば代償を使って魔法を使わなくても生存自体は出来るはず。元の世界には……帰りたくないなら無理に帰る必要はない。


「じゃあ、最後の質問。私の名前は今川幸乃。あなたは?」

「私? 私は森咲苺」

 私より名前可愛くない? そして全く魔王っぽくない。まあ、両親もまさか魔王になるとは思っていなかっただろうし普通はならないで欲しいから普通に名付けたと思うんだけど。


「じゃあ森咲さん、今から私の全力で魔法をかけるから、無抵抗で受けて欲しい」

「そう思うなら、私にそう思わせるだけの魔法を見せてよ」

 魔王改め森咲さんは少し緊張した顔つきになる。しかし私の方も緊張していた。ここで彼女に全力で魔法をかければ私の過去作のことは全て忘却することになる。本当にそれでいいのか? 彼女の甘言に乗っておくべきでは? 


 だめだ、それでは私も彼女も元の世界も救われない。何でただの一般人がこんな世界を救うようなことをしなきゃいけないのか。それでも、魔法を使った後に私に現代を懐かしむ気持ちが残っているといいけど。


「じゃあ行くよ……マインドブレイク十倍掛け!」


 十倍掛けというのはささやかなはったりで本当は三倍掛けに過ぎない。私は今回代償にする三作の内容をかみしめる。


 一作目ははやりに乗っかろうとした異世界転生物である。とりあえず転生、チート、ハーレムに乗っかっておけばいいかと思ってすべった作品である。しかしヒロインの一人、コミュ障の女の子に深く感情移入してしまい、作品の出来が散々な割に思い入れは深かった。舞台装置のようになってしまっていた主人公だが、彼女を救うときだけめっちゃいきいきと動いていた。


 二作目は王道ファンタジー戦記物である。主人公は小国の王子で、知略を駆使して激動の時代をのし上がっていくというストーリーだったけど、完全の合戦シーンを書くのが下手で一次選考落ちした。敵国の王女様が敵なんだけどめっちゃ仁政を敷いているという設定があり、彼女が主人公と敵対することを悲しむというシーンがあって、やっぱ彼女が味方になるルートで書き直そうとか思ってたっけ。結局それも叶わなくなりそうだけど。


 三作目は人生を無気力に生きていた主人公の元に美少女死神が現れるという話である。死神は「命の大切さを知らない人から命を奪っても嬉しくない」と訳の分からない理屈で主人公に命の大切さを教えようとするドタバタコメディである。この世界で生死を身近で見てきた体験を生かして改稿すればもっといい作品になるかもしれないと思ってたけど、それも叶わないか。


 それらの記憶が急激に色あせていき、私の脳内に急速に無が広がっていく。急速に周囲の世界が色あせていく。頭の中に真空が広がり、きんきんと気圧の低いところに来たような頭痛を覚える。

「ううああぁぁ」

 私は頭を押さえてうずくまる。


 一方、私の体からあふれ出した大量の魔力により森咲さんが創り出した闇の世界は音を立てて崩壊していく。代わりに私の体から溢れた魔力はなぜか深い闇を示す黒ではなく、灰色だった。灰色の世界に包まれた森咲は小さく笑う。

「完敗だな。闇属性魔法を何か知らない属性に変質させてしまってるらしいし」

 森咲さんは降参するように両手を挙げた。そんな彼女の心の中に存在する復讐心だけを灰色の魔力が包んでいく。が、その辺りで私の意識も同時に限界に近付いていく。


 最後に、灰色の魔力が消えていく中、森咲さんは憑き物が落ちたような表情で私を見た。私は自分が何者かすら分からなくなりそうな喪失感と頭痛の中、意識を失った。

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