第37話 研究者
私たちがたどり着いた研究所はファンタジー的なこの世界においてここだけ近未来的な雰囲気な場所であった。先ほどの電磁波を発生しそうな装置だが、吸盤型の皿の下には細長い筒のような部分があり、光線銃のように見える。その下にある建物も木や石ではなく謎の白い金属(?)で出来ており、下の世界とは全く雰囲気が違う。さらに建物からは直径一メートルほどのパイプのようなものが飛び出しており、近くの山の中腹に刺さっている。傾斜があることから、山から何かを輸送しているのだろうか。
「こういうのってこの世界の人から見ても珍しいの?」
「そりゃそうですよ」
私たちがくだらない会話をしていると、白衣の女が歩いてきた。例によって見た目は普通の人間であるが、ナチュラルに目が額にもある。きっと何か珍しい存在なのだろう。ちなみに目が三つあることを考慮しなければ金髪ロングの美人系である。
「こんな辺鄙なところへ来客とは珍しい……おや」
そして彼女は私を見て小さく驚く。
「もしや異世界の方?」
「そうなんです。元の世界に帰る方法を探していて」
「へえ。元の世界に帰りたい、か。それだけでいいの?」
それだけも何もそれ以上に何かあるのだろうか。
「うん、帰りたい」
「まあそれなら何とかならなくもないけど」
研究者は特に気負うでもなく言った。
「ええ、そんな簡単に!? すごい方なんですね!」
思わず敬語になってしまう。
「まあ、せっかくだし中で話でもどう? お茶ぐらい出すけど」
「はい、是非!」
そう言う私の袖をシアがこそっと引っ張る。ああ、そうだね、辺境と言えどここは魔物領。知らない人にほいほいついていって大丈夫なのだろうか。そんなシアの心配が顔に出ていたのか、研究者は苦笑する。
「別に無理にとは言わないけど」
たとえこいつに害意があったとしてもシアという護衛がいる限り大概何とかなる気はする。しかし魔王領の端でこんなよく分からない研究所を作っているような相手だ。常識では計れない。
だが、元の世界に帰れる機会を逃したくはないという気持ちも大きい。が、それと同時に得体の知れない相手にそんな重要な魔法をかけられるのは恐ろしい。私は少し面倒になってしまった。こんな常識が通じるかどうかも分からないうえに人間ですらない相手の考えをコミュニケーションで推し量ろうなんて無理がある。私は少し前に書いた『異世界に転移したんだけど何か質問ある?』の本(といっても形はただの紙束だが)を取り出す。
「お、異世界魔術か何か? 是非見てみたいな」
これから魔法をかけられるというのに彼女の反応は呑気なものだった。
「何ならかけてもいいですか?」
「まいっか。一応プロテクトだけはしておくけど」
何かそう言われるとプロテクトの上から精神支配(多分本気でやろうと思ったら出来る)とか掛けたい気もしてくるけど、代償が短編では難しいか。
ごめん、私の短編! 私は彼女の頭の中を覗き込むようなイメージで呪文を唱える。
「センス・エネミー」
私が唱えると研究者の心の中が見えるようになる。赤が敵意や悪意、青が好意や善意らしいが、彼女の脳内はきれいな無色であった。ぼんやりとではあるが実験や研究のイメージが浮かんでいる。そしてその風景は十秒ほどで見えなくなる。なるほど、これがプロテクトというやつか。
私は大きな喪失感と引き換えに一つの確証を得た。この人もセラやミルガウスのように実験や研究以外には興味がない人種なのだろう。とはいえ、あの二人よりもさらに中立、言い換えるならドライな印象が強い気がするが。
「大丈夫、この人は100%中立」
純粋に物珍しがられているため、条件が合えば送り返してくれるといった感じだ。
「それなら良かったです」
「闇属性魔術師は便利でいいなあ。じゃあ今度こそ案内しようか」
「お邪魔しまーす」
こうして私たちは謎の建物の中へと入っていくのであった。
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