第35話 反魂

「ここだ」

 男に連れてこられたのは何の変哲もない一軒の家。しかし床下に地下室があった。はしごを地下に降りていくと、異常に寒い。

「さむ……」

 見れば地下室は大量の氷で満ちていた。そしてその中央には棺が置かれている。男は降りていくと愛おしそうに棺を開けた。


 中に眠っていたのは一人の少女であった。魔法でもかかっているのか、まるで眠っているだけかのようにきれいな状態で寝かされている。ちょっとかわいい普通の村娘といった感じだ。


「彼女がセシルだ。死んだのは六年ほど前だったか。本当にいい娘だったんだ」

 男はセシルとの思い出を語り始めた。内容はどこにでもある兄妹の話だったが、それを語る男はぼろぼろと涙を流していた。そして最後には私の手を握りしめて懇願してくる。

「頼む、助けてくれ」

 だが、安易に請け負うことは出来ない。私は寒さに震えながら沈黙せざるを得なかった。


「持ってきた」

 少ししてディクセルが魔石を持ってきた。傍らには欲求不満そうなシアがいる。まあ、状況は整ったという訳だ。しかし、と私は思う。もしこれで死者蘇生に成功すれば私は死者を生き返らせることが出来るということになる。それは……

 いや、今はとりあえず目の前のことに専念しよう。私は魔石を膝の上に置いて棺の隣に正座する。どうでもいいけどこっちの世界で正座してる人を見たことがない。


 意識を集中すると私の脳裏にイメージが浮かび上がってくる。六年前、彼女の魂が肉体と分離して闇の世界へと飛んでいく。私もそちらに行けば彼女の魂を呼び戻せるかもしれない。


「反魂」


 私が唱えると魔石が私の身体に吸い込まれるように溶けて消えていく。代わりに私の魂が体から分離し、常闇の世界へと飛んでいった。

「まさか冥界に来るとは思わなかったな」

 そこが私たちが言うあの世や冥界なのかは分からない。ただ、ひたすらに真っ暗な空間だった。もし灯りを持っていてもかき消されるような真の暗闇。そんな中、自分の周囲だけが明るく照らされている。どうも発光源は私のようだ。魂の輝きというやつだろうか。とはいえどうやって探したものだろうか。


「セシル? セシル!」

 とりあえず声をあげてみるが声は闇の中に吸い込まれていくだけである。不意にかすかな灯りを遠くに見つけた。そちらに歩いていくと、そこにいたのは先日シアが葬ったゴブリンがいた。そうか、彼の魂もこちらにいたのか。とはいえ魂となったゴブリンは私に反応を示さない。私はさらに歩いた。


 歩いていくと、色んな者に出会った。大部分が知らない人間やゴブリンだったが、途中でセラが倒した魔物を見つけた。それで私は何となく感じた。歩けば歩くほど私は過去に死んだ者たちがいる空間に向かっているのではないか。だとすると六年という時間はあまりにも遠くないだろうか。何とか加速することは出来ないだろうか。


 私が念じると私の体は加速する。何かに引っ張られるように高速で飛んでいく。しかし私はどこで止まればいいのだろうか。不意にそんなことが心配になる。そんなときだった。不意に私の右手が温かさに包まれるのを感じた。そして何かにひきこまれるようにどこかに向かっていく。直感的に私は私の肉体の手が棺の中のセシルの肉体を掴んだのではないかと思った。


 加速した私の身体は常闇の中の一点で止まった。目の前には今にも消えそうなか細い光を発するセシルがいた。

「セシル」

「……誰!?」

 セシルは私を見て驚く。そりゃそうだ、私は知り合いでも何でもないんだから。

「あなたのお兄さんの依頼であなたを連れ戻しに来た」

「……え?」

 私の言葉にセシルは困惑する。そりゃそうだろう。死後六年もして蘇生されるとは思うまい。

「あなたについていけば生き返れるの?」

「うん」

 そう言って私は手を差し伸べる。セシルはされるがままに手を差し伸べた。その手を私が掴む。


 その瞬間。今までこの世界を自由に移動出来た私の体が急に重くなった。

「うっ……」

 私は元来た道を引き返そうとするが、さっきまでと違って泥水の中を歩くようにちょっとずつしか進めない。

「大丈夫? やっぱり死者が生き返るのはまずいんじゃ……」

 セシルが心配そうに言う。とはいえここまで来て諦める訳にはいかない。私はセシルの手をぎゅっと握る。すると今度は私の左手があったかくなった。そして私の体が少し軽くなる。もしかしたら誰かが私の左手を掴んでくれたのだろうか。私はそれに勇気づけられるように元の世界へと走った。


 どれくらい走っただろうか。不意に私の耳に声が聞こえてきた。

「置いていけ、置いていけ……」

 何を。そんなものは決まっている。私が置いていけるものは一つしかない。死者たちの声なのか、それともこの世界からの声なのか。

「誰がっ」

 私は声を無視して走っていく。進んでいくにつれて声は次第に大きくなっていく。耳を塞ぎたくなるが、私の両手は塞がっている。


 さらに進んでいくとあと少しじゃないか、と思えてきた。すでにこのとき私の耳元の声は大合唱のようになっており私は憔悴しきっていた。が、そこで急に右手が重くなる。

「どうしたの?」

 私は振り向いた。振り向くと、セシルの体は無数の手によって掴まれていた。驚いて思わず手を離してしまいそうになる。

「セシル!」

「苦しい……もう離して」

「だめだって! あと少しだから」

 私はセシルを励まそうとする。しかしセシルの手を引くと巨岩を動かすような重みがある。セシルが激痛に顔をゆがめる。


「もうだめ……」


 不意にセシルの手から力が消えた。

「セシル!」

「ありがとう……」

 弱々しい声を残してセシルの体は無数の腕により闇の中へと引きずりこまれていくのだった。

「セシル!」

 逆に私の体は左手を強い力に引かれて目にも留まらぬ速さで戻っていく。こうして、私の反魂は失敗した。

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