第32話 混血の村 Ⅱ

「おぬしたちはかなりの魔力を持っているとお見受けする」

 そう言って村長は立ち上がった。

「頼みがある。結界に魔力を注いでほしい」


 魔力というのはRPGのMPみたいに寝たら回復する。つまり、安全な宿を提供してもらえるのならほぼただ同然という訳だ。そう考えると魔力を蓄える電池みたいなものを作れれば大発明だよね。


 村長は立ち上がると隣の建物に入った。そこは人間社会で言うと教会に近い建物であった。祭壇があるだけの小さな広間があったが、村長は当然のように祭壇の下にあるボタンを押す。すると後ろの隠し扉が開き、奥にある小部屋に通される。

「全く、今日は客が多いな」

 先の小部屋にはすでに別の人間風の旅人がいた。小部屋の中央には台座があり、そこにキラキラと輝く剣が突き刺さっている。旅人がその剣に手をかざすと、旅人の魔力的なものが剣に注がれていく。すると剣はかすかに輝きを増す。


「見ての通りだ。結界を維持するには魔力がいる。ちょっと込めていって欲しい」

「ふう、もう限界だ。これ以上は無理だぜ」

「ありがとう旅の者よ」

 旅人はそう言ってふらふらした足取りで去っていった。

「じゃあ、私がまずやってみます」

 そう言ってシアが神聖な剣に向かって手をかざす。


 バチン!


 突然、何かがはじけるような音がしてシアが少し後ずさる。

「今、剣に拒絶されたんですが」

 シアの言葉に村長は首をひねる。

「そんなことが……いや、待てよ? おぬし信仰は?」

「……ドルヴァルゴアです」

 シアが少し恥ずかしそうに言う。言い方はちょっと乙女チックで可愛らしいのだが、告白は告白でも邪神信仰である。

「なるほど。この剣は守りの剣。ドルヴァルゴアの思想とは相いれぬということかもしれぬな。ではそちらの方、頼む」


 私もとりあえず手をかざしてみる。すると私が持っている膨大な魔力が剣に吸われていくのを感じる。すごい、私こんなに魔力を持っていたのか。ダムから放水して初めてダムの中にこんなに水が入っていたんだと実感するように、私は初めて自分の魔力総量を実感する。

 これなら、代償さえあればガルーザに使った魔法も数発は軽く撃てるだろう。あくまで私の実感だが、それぐらいの魔力を移してもなお私の中の魔力は衰える気配がない。これには隣に立つ村長とシアも呆然としていた。


 そうこうしている間に魔力の移動が止まる。何というか、聖なる剣がお腹いっぱいになったような感覚がある。私の魔力は底なしか。

「ありがとうございます、これで一年はこの村は安泰です!」

 村長はしきりに私にぺこぺこと頭を下げる。

「いやあ、あはは……」

 私は思いのほか大量の魔力を持っていたことに嬉しくなって頭をかく。

「では本日は最上級の宿を用意させていただきます。こんなところなので大した部屋はありませんが……」


 こうして案内されたのは人間社会で言うところの普通の宿であった。しかしそんな宿が今は最上級のスイートルームにすら見えた。

「久しぶりにベッドで眠れる……」

 私は布団を抱きしめて涙を流した。

「なるほど、ベッドですか。幸乃さんが虜になるのも分かる気がします……」

 シアもベッドに寝転がると朝が来るまで起きてくる気はないようだった。


 翌朝、私たちはすっかり体力を回復して目を覚ました。いつも早起きのシアも心なしか今朝はなかなか起きてこなかった。

「うん、良くないです。これは。こんなもので連日寝ていたらダメになってしまいます」

 ようやく起きてきたシアはそんなことを言った。まあもう一泊したらこの村から出発する気はなくなるかもしれない。

「そう言えば昨日の旅人さん、どこにいるんだろう。人間なのにこんなところを旅してるってことは何か訳ありなのかな」

「そうかもですね。そんなに宿はなさそうだし、訊いてみましょうか」

 そんな訳で私たちは他の宿を聞き回ってみる。しかしどこにも彼が泊まった形跡はなかった。

「どういうこと? 疲れたって言ってたし村を出るとも思えないけど」


「幸乃さん、出発しましょう」

 私の疑問をよそにシアは暗い顔で言った。今朝起きたときの満ち足りた顔はどこへやらという様子である。

「どうして?」

「村を出ましょう」

 シアはいつになく寂しそうな様子で私の袖を引く。私はそんなシアの様子に逆らえず、ついそのまま村を出る。

「これはあくまで予想ですが」

 村から出たところでシアが続きを話す。

「魔王領を旅している以上食糧などを手に入れるために交換可能な金銀や宝石を持っている可能性があります。それに留守の家に金目のものを保管するのは厳しいですからね。当然一人で旅している以上実力者である可能性が高いです。でも、魔力が底をついた状態だとしたらどうでしょうか」


「……え」


 そう言えばシアの魔力は無傷のままだったし、私の魔力もまだ残っていた。それが生死を分けたとしたら。

「とはいえ、今のままならただの私の妄想です。確認はしないでおきましょう」

「……」

 弱肉強食は魔王領の絶対の掟である。そんな中弱者が生き残っていくためには手段を選んではいられないこともあるだろう。それがいいこととは思えない。では彼らに罰を与えるべきなのか。実際にその行動に手を染めている者はわずかで、大部分の者は知ってすらいないかもしれない。でもそれをしている者がいなくなれば村は維持されないのではないか。答えは出なかった。

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