第11話 VS大司教 Ⅱ

「ちょっと幸乃さん、本当にやめようって」

 エリアが懸命に制止を試みるが私の心は変わらない。

 私は心の中で大司教の心中を知る呪文を思い浮かべる。同時に私が昔書いた短編小説を思い浮かべる。中二病のほとばしりのような今思えば黒歴史だ。もちろんラノベ作家志望の端くれとして、そんな小説だからといって喜んで代償に出来るという訳ではない。ただ、元の世界に帰らなければラノベ作家にはなれないし、ラノベを読むことも出来ない。そのためなら、未来の私のためなら、犠牲になってくれ、過去の私。


「マインドリーディング!」


「ああ……」

 エリアが絶望の声を漏らす。その感じだとやはり大司教は私を素直に帰す気はないということか。


 私の手の中に集まった黒い魔力はそのまま伸びていき、大司教を包み込むように広がっていく。そして入れ替わりに、私が昔書いた短編小説が脳裏をよぎり、そして消えた。あれほど忘れたいと思っていても忘れられなかった小説だったが、もはやタイトルすらも浮かんでこない。懐かしいという気持ちにすらならなかった。


 一方、大司教を包んだ黒いもやだったが、少し大司教の周囲を漂った末、霧散した。大司教の心の中も全く伝わってこない。

「大司教……」

 私は思わず大司教を睨みつける。

「疲れているのだろう、魔法は不発だったようだな」

 大司教は静かな声で言った。だが、そんな訳はない。きっちり私は代償を失っているし、魔法が発動しているのは何となく分かる。これは私の失敗ではなく、単純に魔法の威力を大司教の抗魔力が上回ったということになる。

「そ、そうだよ幸乃さん、やっぱり疲れてるんだって」

 エリアは嘘が苦手なのか、引きつった笑顔を顔に貼りつけながら私をなだめようとする。


 とはいえ、はっきりと分かった。いくら私が魔王を倒せるポテンシャルを持つ闇の魔法使いでも、代償をけちってしまえば大司教ほどの人物なら魔法に抗うことが出来るということだ。おそらく代償の大きさ(この場合では小説の長さか思い入れ?)と魔力は比例するのだろう。


 そして、大司教があえて魔法に抗ったということは、やはり大司教には私に隠していることがあるということになる。

「私をこの世界に呼びつけておいて、帰すつもりはないということ?」

 私は大司教に言う。すると大司教は諦めたようにため息をついた。

「そうか、私の言うことを信じないか。それなら一つ決定的な事実を教えてやる。我々はあなたが魔王を倒せば帰す用意がある。逆に協力しなければ絶対に帰さない」

「大司教様、それはあんまりに……また後日改めて……」

 エリアは悲痛な声を上げるがもはや私の耳にも大司教の耳にも入っていない。

「やっぱりそうだったんだ」

 そうは言うものの、私の方もこうなったときに具体的にどうするかまでは詰めていなかった。今ここで大司教を脅迫して強引に元の世界に帰させるという方法もあるが、元の世界に帰す魔法がどういう魔法か分からない以上、騙される可能性がある。帰す振りをして変なところに飛ばされたり、心を操る魔法を掛けられたりしても困る。


 リスクが分からなさすぎると思った私は無難な選択肢を選ぶことにした。

「まあいいや、そこまで言うなら私は自分で帰る方法を探すから」

「そうか。だがその力で魔王を倒すのが一番手っ取り早いと思うのだがな」

 大司教は恐らく、これは素直な感想としてそう言ったのだろう。しかしそんなことは冗談ではなかった。魔王と戦うとなれば一体何発魔法を撃たされるのか。

 もちろん、それ以外にどうする術もないという事実は変わらないが。ただ、どうする術もないとしても最悪それなら現状維持でも良かった。私はそう思って足早に応接室を出ていく。


「待って」

 エリアの声で私は足を止める。

 振り返ると、そこには顔を紅潮させたエリアが立っていた。

「何で……何で私に一言相談してくれなかったんですか……」

「悪いかなと思って」

「私、幸乃さんとはいい友達になれたと思っていたのに……大司教様も何とか説得しようと手を尽くしてみるつもりだったのに」


 エリアの声は震えていて、怒りと失望が伝わってくる。私は言葉を失った。確かに一週間ほど一緒に旅をしたけど、友達かと言われると私には何とも言えなかった。単に一緒に話をして、ちょっと居心地が良かった。それだけではないか。

「でも、あの大司教の考えが変わるとは思えないけど」

「それでも……それでも一言言ってくれれば良かったのに! 私、それを知ったら止めはしたと思いますけど別にそれを大司教様に密告とかはしませんでしたよ!」

 エリアは声を震わせながら叫ぶ。正直、私はエリアにそこまで思われていたとは思わなかったので申し訳なくなる。改めて、自分から思う他人への距離と他人から見る自分への距離は違うんだなと思った。

「それは……ごめん」

「馬鹿!」

 エリアはそう叫ぶと踵を返して去っていった。私はさすがに少し堪えたものの、今更どうすることも出来ない。私は無言で教会を出ていくしかなかった。

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