第6話 闇属性魔法

 エリアの後を追って走っていくと、小さな村が見えてきた。遠くからでも分かるのは牧歌的な村には似つかわしくない大柄な体格の魔物がいることだろう。毒々しい紫色の皮膚に包まれた一つ目の巨人はそこら辺の民家の二倍以上の大きさがある。以後あれをサイクロプスと呼ぶ。サイクロプスが一歩歩くたびに民家がどさりと壊されていく。

「ぐおおおおおおお」

「きゃあああああ」

 サイクロプスは咆哮を上げながら村を荒らしまわり、村人たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。距離が近づいていくにつれてその被害の様子は克明になっていく。村の中にはサイクロプスに踏みつぶされたり家の下敷きになったりした人が倒れている。村の外では逃げ延びたと思われる村人たちが肩を寄せ合って震えている。


 エリアはそんな村に一目散に駆けていくと村人たちに避難を促しながらサイクロプスに向かっていく。私は足が遅いこともあって遠くからそれを見つめることしか出来ない。

「はあ、はあ、はあ」

 魔法使いであっても最低限の体力は求められるということらしかった。村の中ではエリアが何か魔法を使ったのか、光のようなものを発してそれがサイクロプスの左腕に命中する。サイクロプスは奇声を上げて腕を抑える。そしてぎょろりとエリアを睨みつけて右腕を振り上げる。私はラノベ作家的な見地からその戦闘を間近で見てみたいという興味があったが、同時にサイクロプスの一撃で吹き飛ばされるのではないかという恐怖もあった。


 が、そんな私の逡巡をあざ笑うかのように私の後ろから地響きのような足音が聞こえてくる。嫌な予感がして振り向くと、そこには前方にいるのよりも一回り大きいサイクロプスが迫ってくるのが見えた。

「幸乃さん!」

 エリアが何か叫んだような気がしたが、彼女は目の前のサイクロプスとの戦いで手一杯でとてもこちらに構っている余裕はなさそうだ。


 新しくやってきたサイクロプスはまっすぐにこちらに突進してくる。もしやこいつらは私を殺すために魔王が派遣してきた刺客のようなものなのだろうか。サイクロプスは巨体故に一歩一歩の歩幅が大きく、とても逃げ切れる気もしない。なら、せっかく授かった闇属性魔法を試してみようか。魔王と戦うための魔法なのだからサイクロプス程度に負けはしないだろう。


 私は腹をくくって魔法を使うという意識になる。すると私の手の中に例の黒いもやのようなものが集まってくる。あいつを倒すとしたら何がいいだろうか。あの巨体を闇の中に幽閉するのは無理そうな気がする。それが私の素の思考なのか、闇属性魔法使いとして備わっている思考なのかはよく分からない。気が付くと私はそんなことを考えていた。だとしたらそのまま魔力をぶつけてみるか。そう考えると手の中の黒い塊は大きく、そして濃度を増していく。


 サイクロプスとの距離が縮まる。サイクロプスが右手を振り上げる。まだ数メートルはあるが、歩幅と腕の長さを考えるとこの一歩を踏み出して腕を振り降ろせば私はすりつぶされる。私は手の中の魔力を相手にぶつけるイメージをしようとする。


 すると、唐突に脳裏に一編の小説が浮かんだ。何の変哲もない中学生が異世界に召喚されて無双する話。何を隠そう、私が中一の時に初めて書いた長編ラノベである。一瞬私の背筋をぞくりと冷たい何かが走った。このまま魔法を使えば何かよくないことが起こる。この魔法を使ってはいけない。私は直感的にそういう警告を受け取った。しかし目の前にはサイクロプスの拳が迫る。


 結果、直感的な警告よりも目の前に迫った生命の危機が勝った。私は脳裏に浮かんだ呪文をそのまま唱える。

「エターナルダークストーム」

 私の中の魔力がぽん、と爆発したかと思うと辺りがまばゆいばかりの闇に包まれた。まばゆいばかりの闇、という表現が適切かは分からないが辺りがいきなり闇に包まれて私は思わずめまいがして、くらくらして思わず倒れそうになる。同時に頭の中から何か大事なものが消えていくような今まで体験したことのない不思議な感覚を覚える。


 が、それも一瞬のこと。次の瞬間辺りを包んでいた闇は消し飛び、元の草地が広がっていた。そして目の前には白目を剥いたサイクロプスが倒れていた。あれほど猛然と襲い掛かって来たサイクロプスだったが、今はぴくりとも動かない。外傷はないが、その表情は(おそらく)苦悶に歪んでいる。これが闇属性魔法か。


 そこで私はかすかな頭痛を覚える。そして気が付く。私の頭の中から大切な記憶が失われたことに。魔法を使う直前、私の脳裏に浮かんだのは私が書いた初めての小説だったような気がする。なのに、その内容が全く思い出せない。強いて思い出そうとするとかすかな頭痛は強烈な頭痛に変わる。

「ううううう」

 私はその場にうずくまるようにして座り込んだ。


 これが闇属性魔法だというのか。だとしたら冗談じゃない。私は魔王なんて倒さず、エリアの言う通り安全なところでうずくまっているしかない。

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