最終話 望まれたヒーロー
≪悪魔≫と≪死≫。二つの指輪でルシフェルが変身した≪
そしてルシフェルが言う。
『よう、新士。手本は見せたぜ。お前の右手には今、何がある?』
≪太陽≫に変身している僕の右手では、≪正義≫が静かに白い輝きを放っていた。
『やってみようぞ、我が主! わらわはまだ、戦える! お主をもっと輝かせられる! 知っておるぞ、ヒーローというのは正義の味方と言うのだろう?』
ここまでお膳立てされたら、やらないわけには行かないじゃないか。
ヒーローになりたい。そう願って≪
今、僕にはいるだろうか。僕がヒーローであることを望んでくれる人が。
ルシフェルが、僕に動けと言ってくれた。
アマちゃんが、僕に力を貸してくれる。
「うん、そうだ。僕は、なるよ。今ここで、ヒーローに……!」
右手には、恭子さんの託してくれた≪正義≫がある。
左手には、かなえが授けてくれた≪太陽≫がある。
両手を握り合わせて、僕は叫ぶ。
「変身ッッ!!!」
ずっと憧れていた存在に。
誰かに望まれる存在に。
誰かを救える存在に。
僕は今、変身する!
「 ≪
白い閃光と赤い炎に包まれる。
≪太陽≫の炎の意匠をもつ装甲はそのままに、赤いマントや頭部に輝く金糸のV字型の飾り角、そして全身にあしらわれた刃が≪正義≫から受け継がれていた。
『「どこまでも諦めの悪い小僧どもめ……!」』
ミカエルが、忌々しそうに唸る。
『そいつぁ』
「誉め言葉をどうも」
ルシフェルは≪死∞悪魔≫の翼で飛行する。僕もまた、≪正義∞太陽≫の赤いマントを炎で包み翼として空を飛ぶ。
僕たち三人は、空中で睨み合う。
『怖いか、ミカエル。目の前で理解できねぇことが起こるのが』
『「お前は昔からそうだ! いつもいつも小馬鹿にしたような態度ばかりとりおって……! ≪
≪異世界断裂剣≫。≪世界≫の特殊能力のひとつ。その剣で負った傷は、現実世界へ反映される。
「ルシフェル、援護任せた」
『任された』
僕は翼を広げ、≪世界≫へ挑む。スキルは使えない。それでも、≪正義∞太陽≫には全身に≪
『「はァ!」』
「おおおお!」
腕の刃と≪異世界断裂剣≫が交差する。勝つのは、僕の刃だ。≪異世界断裂剣≫は真っ二つに折れた。
『「くっ……!」』
『おらァ!』
ルシフェルは、≪死∞悪魔≫の角からエネルギー弾を放つ。
すさまじい衝撃が周囲の空間を揺らす。
『「……≪
≪世界≫は巨大な盾を構え、防御する。
『「ふははは……! 耐えきったぞ! 見たか――」』
僕はその盾を、脚部の刃で両断する。≪世界≫のフェイスシールドの奥に、僕はミカエルの怯えた瞳を見た。
「終わりにするよ。お前との闘いも、このゲームも」
『「馬鹿な……!」』
僕は盾を手放したミカエルの両腕を切り飛ばす。
『「ひぃ……! ≪
瞬間移動で後退したミカエルは、うろたえながら呟く。
『「……≪
失われた腕を再生している。しかしその背後には――
『よぉ、ミカエル』
ルシフェルがいる。≪死∞悪魔≫はその肩から一対の腕を生やし、ミカエルを羽交い絞めにする。
『新士! とどめだ……!』
「よし……!」
≪正義∞太陽≫の指先の刃で、ミカエルの――≪世界≫の――乗っ取られているアリスの胸を貫く。
これで、終わる。僕が最後の≪契約者≫だ!
『「捕まえたぞ、片見新士、ルシフェル! ≪
ミカエルが僕の腕を掴む。
それは、≪
だがこれでは、ミカエルごと……!
爆炎が僕たち三人を包み込む。視界が真っ白になる……!
爆風が晴れる。
変身は先ほどの衝撃で解けてしまっているが、生きてはいる。
僕は、自分の両手に目を向ける。≪正義≫の指輪が、砕けてしまっている。≪太陽≫にはヒビが入っていた。
「アマちゃん……!」
『大丈夫じゃ。流石にやられることを覚悟したが、生きておるわ! まだ油断するでないぞ……!』
ぼやけた視界の中に、人影が一つ。背が高い。つまりそれは、アリスの身体を借りているミカエルではないということ。
「ルシフェル……?」
『……ふ』
しかし、その人影が発した声はルシフェルのものではなかった。
「ミカエル……」
その姿は、アリスのものではなくミカエル自身のものだった。
「その姿……アリスの身体は!」
『褒めてやる。貴様はアリス・ハリソンの肉体を≪神々の玩具箱≫から破壊した。つまり、お前がゲームの勝者。最後の一人になるまでお前は戦ったのだ』
「だったらなんで僕の前にお前がいる。ルシフェルはどこだ!」
『ふ……貴様は、あの堕天使が当たり前のように変身していることに疑問を持たなかったのか? 私はアリス・ハリソンの肉体を借りてゲームに参加しているにも関わらず、な』
「どういうことだ……!」
『あの堕天使は、文字通り堕天し人間へとその身を堕としたのだ。ゲームの参加者として、今夜貴様を助けるためにな。だから≪悪魔≫へと変身することができたのだ、あの堕天使は。そしてゲームの参加者として、私の≪
そしてミカエルは、にやりと笑う。
『だが、ルシフェルがしたのと同じように、私がこのゲームの新たな参加者としてここにいると言ったらどうだ? 1日1人、ゲームには新たな≪契約者≫が現れる。これもまた、この≪
ミカエルの指には、≪愚者≫の指輪。
『今、私は≪契約者≫となった。人間などに身を堕とすのは汚らわしいこと限りない。しかし! お前を倒し、私はゲームの勝者として神になることを願おう!』
それがこの天使の、狙いなのか!
『変身! ≪
ミカエルが、指輪を掲げて変身する。アリスの姿を借りてではなく、ミカエル自身の姿で。
『≪
竜を模した戦士の姿。ミカエルが、≪世界≫に変身した。
『≪
≪世界≫が天使の翼と輪、そして溢れる光を纏う。その手に、禍々しい剣を握る。
『さぁ、変身しろ片見新士! その壊れかけの≪太陽≫で、挑んで来るがいい!』
ここで負けたら、全てが台無しになってしまう。
僕が倒してきた≪契約者≫たち。
僕を信じて願いを託してくれたかなえや恭子さんたち。
僕と一緒にこのゲームを終わらせるために戦ってきたルシフェル。
これから先の未来、このゲームで願いを失うことになるだろう全ての≪契約者≫たち。
学校へも行かず、部屋に引きこもって、画面の中の仮面ドライバーを眺めて、現実世界の悪意がカタチを持たないことを嘆いていた僕自信。
僕が救うんだ。
ライバルも、仲間も、相棒も、まだ見ぬ他人も、かつての僕自身のことも、僕が救う!
それを期待してくれた人たちがいる。僕にヒーローであることを期待してくれた仲間がいる。僕自身が、僕がヒーローであることを望めるようになっている。
もう憧れじゃない。ヒーローに憧れるのは終わりにしよう。
今、僕の前には倒すべき敵がいる。
倒せば救える無数の願いがある。
たくさんの経験が、僕をそれへと押し上げる。
僕は、ヒーローだ。
『行くぞ! 我が主! わらわとお主の、最後の変身じゃ! 最高に熱い、ふぃなーれじゃ!』
僕はひび割れた≪太陽≫の指輪を、天に向かって突き上げる。
もう僕には、これしかない。
僕とアマちゃん以外、味方もいない。
けれど、たくさんの力と願いと想いを託してくれた。僕にヒーローであることを望んでくれた。それが何よりも、心強い。
アマちゃんと僕の声が、重ね合わさって燃え上がる。
「『変身!』」
割れた≪太陽≫から、炎が溢れだす。
僕の全身を包み込む。
初めて変身した夜。僕はヒーローへの憧れに胸が熱くなった。
初めて≪
三度目の≪
アマちゃんと再開した今夜。無敵だと思った。どれだけアマちゃんが心強い味方だったか、思い出した。二人で燃えていれば、どんな敵にだって負けないと信じることができた。
そして今、最後の変身をする。
僕の全身を、この≪
「『≪
炎を模した全身の装甲には、黄金の装飾が施されていた。
巨大な肩や腰の鎧には、大きくうねる炎の意匠。
背中には、赤々と燃え滾る炎のマント。
頭には、二本の鋭い角。
その姿は、まさしく≪
ミカエルの驚愕と動揺が、こちらまで伝わってくる。
『ば、馬鹿な! スキルを使わずに……なぜ!?』
アマちゃんが、ゆっくりと尊大な物言いで答える。
『何を驚くか、天使! お主なら知っておるだろう、わらわ達の≪
つまりじゃ――と、そう続けるアマちゃんの声には自信と信頼と友情と、僕たちのこれまでの全ての闘いを背負った重みが込められていた。
『それはこの
高らかに言う。
『恒星の一生など飛び越えて、未来の自分を追い越した!たったそれだけのこと!』
一点の曇りも迷いもなく、宣言する。
『わらわ達の最強が、今この時であるというだけのこと!』
そうだ。行こうアマちゃん。僕たちの最強が、今この時、ここにある!
『お前のような
戦う。敵を倒し、皆を救うために。
「これが僕の!」
僕は今こうして変身していて、目の前には倒すべき敵がいる。
『わらわの!』
ピンチを覆し、敵にトドメを刺す。
「僕たちの!」
そんな理想的な技に、僕は心当たりがあった。
「『最強だ!』」
その瞬間、指輪がまばゆく輝く。
まるで小さな太陽があるかのように。
その小さな太陽は、この宇宙のどんな恒星よりも熱い。
指輪から溢れた光が、僕の脚に収束してゆく。
両足が、炎に包まれる。
『この私に、人間と≪アルカナ≫風情が歯向かうのかあああああ!』
僕は、一歩前へ踏み出す。
一歩。たった一歩だ。それだけで僕たちは、ミカエルの頭上へ跳躍している。
『懐かしいのう! 我が主様よ!』
「今度はもう、手助けはいらないよ。その代わりに、全力で、手加減なしで、一緒にやろう!」
そうだ、僕は、僕たちはあれをやろうとしている。
『ブチかますのじゃ!』
僕は、空中で一回転する。
足を突き出し、構えをとる。
そして今、完全にドライバーキックの姿勢をとった。
「『いっけえええええええええ!!!』」
アマちゃんと重なる声。
脚が吹く陽炎で僕たちは加速する。
僕たちは今、まさにひとつの≪太陽≫だった。
『ふざけるなぁぁぁぁあ!』
≪世界≫の、ミカエルの胸を、太陽が貫いた。
凄まじい衝撃と、爆炎。
天使を貫き、地面を吹き飛ばした脚が痺れる。
振り返ると、ミカエルの胸には大穴が空いている。
血は流れていないが、黒い粒子が大量に溢れ出る。
『諦めん、ぞ』
そして、ミカエルの全身が黒い粒子になって霧散した。
≪愚者≫の指輪だけが残り、地面に堕ちて割れた。
僕の視界は、真っ白な粒子に包まれた。
「ここは」
何も見えなかった。
アマちゃんと会う時に来る白い空間に似ている。けれど、それよりももっと眩しく、なんだか神秘的な空気を感じる。
『よく来たな、勝者よ』
何も見えないその空間に、ひとつ、光る球体のようなものが在る。
「も、もしかして……神、さま」
『いかにも。此度はなんともイレギュラーが多く、困ったゲームであった。あのやんちゃな天使どもは、しばらく現世で反省して貰わねばならないな。……ともあれ、よくぞ勝ち抜いた、片見新士』
声が、とても重々しい。
しかし、この神さまが主導でこんなゲームが開催されていると思うと、僕はやはり許せなかった。
『さて、お前の願いを叶えてやらねばな。さぁ、願いを申せ』
来た。僕は、この時を待っていた。
このゲームに参加して、人の願いが消えていくのを何度も見て。
人の願いの強さを目の当たりにして。
そして、実はもうずっと前から、僕の願いは決まっていた。
「ひとつ、確認させて欲しい。この願いは、絶対に叶うんだよな」
『もちろんだ。神を疑うな。神というのは、存外契約に縛られた存在でな。神話などを勉強しておれば、多少は知っているだろう』
「わかった、それじゃあ言う。僕の願いは――」
と、そこで神が僕の宣言を遮った。
『おっと、だが一つだけ忠告だ。できないこともある。例えば、願いの数を増やす。これは願いを一つだけ叶えるというこのゲームの契約を破ることになるからな』
それともう一つ、と続ける。
『皆の願いを叶えろというのも、無理だぞ。確かに願いとしては一つだが、矛盾が生じる。天竜院美沙都、佐伯雅、鈴木花の三名の願いが矛盾することは知っているだろう。矛盾する願いを叶えることも、私にはできん』
「わかった。大丈夫、そんなこと、願わないよ」
『だが、まだある。このゲーム自体を失くすこと。それも叶わん。なぜなら、このゲームを失くせばお前の願いは叶わなくなり、お前の願いが叶わなくなればゲームは失くならんからだ。単純なパラドックスだ』
「なんか……文句ばっかりだ」
『なんだと?』
「いや……。それで、他にはもうないんですか」
『生意気だな。だが、そうだ。これで全てだ。さぁ、その上でお前は何を願う? 富か? 名声か? 英雄になることか?』
僕は、たっぷりと息を吸う。
それじゃあ、言わせてもらおう。
これが僕の、願いだ。
「過去から未来における、全ての≪
『……愚かな。そんな願いでいいのか?』
「いい、これで、いい」
『叶わないということが無くなるだけであって、叶うわけではないのだぞ』
「いいんだ、それでいい」
『……興味がある。なぜ、そう願うか聞かせて見せよ』
「……僕は、知ったんだ。このゲームに参加して。人が願いに向かうエネルギーは、すごく大きいということを。
この≪
それを、このゲームは歪めた。
負ければ叶わないという制約のせいで、皆は願いを奪い合わなければいけなくなった。
僕は思うんだ。
こんなゲームに頼らなくても、本当はひとり一人が願いを叶えることができたんじゃないかって。
もちろん、進藤憲一のようにもう超常の力に頼らないと叶わない願いを持つ人だっている。
でも、それだって、自分で現実と向き合って、乗り越えることで願いの叶え方を変えることができたはずなんだ。
なぜなら進藤憲一だって、一度はゲームを終わらせるために戦った男だったんだから。
だから僕は、願うんだ。
『願いをもう一度、皆の元へ返せ』って。
そして、このゲームが終わったら、僕は知っている契約者のことをできる限り現実世界で探そうと思う。
それで、伝えたいんだ。
『あなたの願いは、あなたが真剣に向き合えば叶う』って。
僕は、戦った
それだけ皆、強かったんだ。だから――」
僕は、光る球体をまっすぐ見つめる。
その先に、神さまとかいうムカつくクソ野郎の瞳があると信じて。
「みんなの願いを返せ!! クソ野郎!!!」
『……ルシフェルにそっくりだ、生意気な人間風情が』
神は小さく呟いたあと、大きな声で偉そうにいった。
『良かろう! 貴様の願いは神に届いた! その願い、しかと叶えよう!』
そして、僕の視界はまた、真っ白になる。
消える直前、神がこうつぶやいた。
『……貴様の本来のヒーローになるという願い、どうやら一番に自力で叶えたようだな』
目を覚ますと、そこは見慣れたベッドの上。
「終わった、僕は、できたんだ」
僕の左手には、まだほんの少し熱を帯びている≪太陽≫の指輪があった。
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