第十三話 それぞれの願い

 目覚めたのはベッドの上。

 帰ってきた。


 ≪戦車≫と≪隠者≫のことを思い出す。彼らの願いは、何だったんだろう。

 二人とも、良い人だとは思わなかった。けれど、僕のせいで願いが叶わなくなればいいと思えるほど、憎い相手ではなかったはずだ。


 僕の願い。

 ヒーローになりたい。

 それは、人の願いを押しのけてまで叶えたいものだろうか。

 それは、人の願いを押しのけてまで叶えた時に、叶ったと言えるのだろうか。


 では、昨日。僕が死んでいればそれで良かったのか。

 そういう気持ちにも、なりきれないんだ、僕は。


 自分の願いを叶えたいのか。分からない。

 人の願いを邪魔したいのか。したくない。

 

 じゃあ、僕はどうしたいんだろう。

 南さんの、笑顔が浮かぶ。

 南さんが認めてくれた、僕のヒーローとしての称号を握りしめる。


 少なくとも今は、あの子を守るために、戦うのをやめるつもりはない。

 僕と南さんが最後のふたりとしてゲームに残ったとき。

 その時までは、この悩みを先送りにしたい。


 本当はもっとたくさんのことを考えた気がした。

 南さんの願いは何だろう。

 それよりももっと、叶えられるべきと思える、切実な願いを持った人が現れた時、僕はどうするんだろう。

 全部に蓋をして、毛布に包まって眠った。


 見る夢は、南さんに褒められる夢だと嬉しい。




 翌朝。目覚めたのは十時過ぎ。


 やばい、もう南さんが来ていたらどうする!?

 と、慌てたが、その後二時間経っても来ないところで今日も平日だと思い出した。


 ヒキコモリの僕と違って、彼女は今日は学校だろう。

 来るのはきっと放課後だ。


 僕は、部屋の掃除やシャワーに入って着替えて待った。

 いや、決してやましい気持ちがあったわけではなく。昨日、南さんが帰った後に気が付いたのだが僕の部屋は汚く、服はダサく、そしてなんか、くさいんじゃないかと心配になったのだ。

 それと対照的に、南さんは清潔で、お洒落をしていて、そしてなんか、いいにおいがした……。

 今日は万全で望む。


 午後四時過ぎごろインターホンが鳴った。

 き、きた……!


 窓から外を見ると、下で南さんが小さく手を振っている。


「すぐ行くね!」


 階段を駆け下りて、玄関を開ける。


「こんにちは~」

「こ、こんにちは」


 制服だ。初日の≪神々の玩具箱アルカーナム≫で一度見ているが、すごく、いいなぁ。ヒキコモリの分際でなにを、とは思うが、正直彼女と一緒に高校に通っている隣町の高校生が羨ましい。


「あ、あがって」

「うん! ありがとう」


「昨日は、ありがとう、南さん。すごく、頼もしかった」

「そんなことなよ! 昨日もたくさん助けてくれてありがと、新士くん」


 そう言ってにっこりと笑う南さん。

 あれだけ危険な夜の後で、こうして笑えるこの人のことを、やはり僕は、守りたいと思った。


「それで、何だけどね、新士くん。その、良かったら、南さんじゃなくて、かなえ、って呼んでほしいなぁ……なんて思ったり」


 な、なにを……!?

 南さんはそう言うと、手を合わせてテレテレと動かしている。


 ハードルが、高い。ヒキコモリにそんなことをする度胸はない。

 ファーストネームの呼び捨てって、彼氏以外がしていいのか!? どど、童貞にその権利はあるのか!?

 ましてや、こんなに可愛い女の子。ちょっとその辺のアイドルを一人や二人連れてきたって、敵わないと思う!


「え、えーと、か、か、かなえ……さん」

「さん、ナシで」


 南さんって時々スパルタだよね……。≪魔術師≫の時とか……。


「か、かなえ!」

「はい」


 …………僕がきみのことを好きになっても、南さ……かなえが、悪いからね。

 そのくらいの、素敵な笑顔だった。

 僕、気持ち悪くなっていないよな? 自分を客観視するんだ。……可愛い女の子にデレデレしている高校生男子。うん、カッコよくはないが、普通だ。


「えへへ」

「あ、あはは……」


 なんか分からんが、背中の汗がすごい。

 何か、何か話題を変えられる事はないかと考え、思わず訊いてしまった。


「そ、そう言えば、み……かなえの願いって、何なの?」

「あ~。ちょっと恥ずかしいんだよねーそれは。えへへ」

「あ、そうなんだ。ごめん、訊いて」

「んーん。じゃあ、新士くんが教えてくれたら、教えてあげよう!」


 当然のカウンターだった。

 僕こそ、恥ずかしくて言えるわけがない。


「や、やめとこう。変なこと言って、ごめん」

「……私はね、アイドルに、なりたいって願ったの」


 顔を耳まで真っ赤にして、かなえはそう言った。


「は、恥ずかしいよね……。調子乗るなって思うし、私みたいに願うだけじゃなくて、もっとレッスンとか、している人だってたくさんいるし。あんな怖い場所でお願いすることじゃないって、わかってる」


 ひどく、悲しそうな顔。

 それはとても、自分の願いを語る人の表情とは思えなかった。


「私のおうちは、あんまりお金が無くてね、高校でたら働こうって思ってるの。弟と妹がたくさんいて、私が一番お姉ちゃんなんだから、当たり前だよね。でも、そしたら私の夢は叶わない。アイドルになるのなんて、お金も時間もきっとかかる。私の憧れるものに、私はなれない。それはずっと前から分かってたの。それで、ある日。あのゲームに呼ばれた。もし、神様が叶えてくれるなら、いいかなって。そんな軽い気持ちで、あのゲームで生き残ろうとしてたの。新士くんなんかが助けるような価値、私には無いんだよ」

「違う。きみの願いは、叶う意味のあることだと、思う」

「ありがとう。やっぱり優しいね。でも、いいの。だからさ、もし、もし最後に私と新士くんが残ったら、必ず新士くんの願いを叶えようね」


 かなえ、きみも、きみも僕と同じことを考えていたのか。

 僕はたまらなくそのことが嬉しかった。


「ううん、それはできないよ、かなえ。僕の願いは、その……」


 かなえは僕に願いを伝えてくれたんだ。顔を真っ赤に染めて、自分の口で。

 僕も、伝えたい。


「僕の願いは、ヒーローになること、なんだ」


 恐らく、僕の耳も真っ赤に染まっている事だろう。


「だから、その、僕のためにかなえの願いを犠牲にするっていうのは、ナシでお願いしたくて。そんなことして叶えても全然ヒーローじゃないっていうか、その……」

「っぷ、あはははは!」

「わ、笑うことないだろ!?」

 

 ここはお互いの願いを真剣に受け止め合う場面じゃなかったの!?


「だって、そしたら新士くんの願い事、私から見たらもう叶ってるんだもん! 私の、ヒーローさん?」


 うお……。う、嬉しすぎる。


「どっちのお願い叶えるとかはさ、たぶん、まだ先の事だよね。その時にまた考えよっ」

「そう、だね。うん、そうしよう」

「私の願い事、ひとに話したらビンタするからねー!」

「わ、わかったよ!」


 その日は会い始めた時間が遅いこともあって、すぐに別れた。

 前に姉ちゃんと鉢合わせていろいろこじれたことも理由の一つだ。かなえには悪いことをしてしまった。

 

 だが、なんと。スマホのチャットアプリの連絡先を交換してしまった。

 可愛い女子高生と……(僕も男子高校生だが、カッコよくない)。


 それはもう有頂天な気分で僕は、今夜の≪神々の玩具箱アルカーナム≫まで仮眠をとることにした。


 眠る直前、かなえからメッセージが届いた。


『今度の日曜日、おヒマかな? 新士くんにお洒落指導をしてしんぜよう! (隣町のショッピングモール行かない?)』


 デートの約束と、私服がダサいという烙印。

 その両方を手に入れた僕は、その夜の召喚まで眠ることなどできなかった。

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