第八話 ワルイお誘い
「あ~ら見事。強いじゃない、≪太陽≫くん?」
その挑発的な声は、昨日僕たちを取り囲んだひとり。
≪
相変わらず露出の激しい服に厚化粧。
高身長にハイヒールで、僕よりもかなり背が高い。
「あっ昨日のひと……」
「南さん、悪いけどまた隠れてて……!」
「はーい」
すこすこと再び廃墟に戻っていく南さん。犬っぽい。
「えっと、≪魔術師≫の契約者さん、ですよね」
「覚えててくれたの? お姉さん嬉しいわ~。ねぇ、そのスーツかっこいいけど、話すには向かなくない? 一回脱ぎましょうよ」
このお姉さんは確かにまだ変身していない。
どうする? 奇襲は怖いけれど、ここで変身を解かない方がかえって相手を刺激してしまう気もする。
「わかりました」
アマちゃん、と心の中で声をかけると『ちぇー』という反応を返されつつも変身が解けた。
「≪太陽≫くんに、お姉さんからちょっとプレゼントがあるんだけど、見てくれない?」
「プレゼント、ですか?……っちょ」
そういうと、≪魔術師≫のお姉さんは僕の腕に全身を絡めてきた。
何してるんだこの人。
「そ、こっち」
「あ、あの、くっつくかないで……」
「いいからいいから」
う、お姉さんはハイヒールを履いていることもあって、僕より身長が高い。そうされると、ちょうど眼前には胸が……。
あんまり抵抗すると、かえって顔がそれに触れてしまいそうなので、僕は言われるがまま付いていく形になった。こけて触れたりしたら訴えられないよな……ここは≪
「ここで、プレゼント、するの」
そこは何もない廃墟の一室だった。ただ、特殊なのは部屋の中央に、天蓋付きのベッドがあること。他のガラクタに比べて妙に綺麗だ。
「これは、いったい……どわ!」
後ろから思い切り突き飛ばされた。
僕はベッドに倒れ込こむ。すると、お姉さんが覆いかぶさってきた。
「あのね、このベッド、この≪
にやにやと笑い、余裕たっぷりのお姉さん。
しかし、昨日やさっきはあんなに饒舌だったのに、今度は一言も声を発さない。落ち着いたお姉さんの吐息と、自分の激しい心音だけが聞こえる。
脚と脚が擦れるのを感じる。お姉さんの膝が、僕の内腿に触れている。
「や、やめて……くださ」
だだだだ男女逆じゃないですか? いや逆でもしたことないですが、え、ナニコレ僕どうなるんですか。た、助けて――。
「とぉぉーーー!」
と、華麗なドライバーキックが、お姉さんの横っ腹に直撃した。
「ぐぇあ!」
「悪霊退散ー!」
「み、みなみさぁーん!!」
か、かっけぇー!
ヒーローだ……。
僕は今、ヒーローを見た。
こ、怖かったよう、南さん。
と、よろよろしつつベッドから起き上がって南さんへ近づくと、南さんが僕の襟首を掴んだ。
「目をさませぇーッ! 新士くん!」
――ッパーーン!
思いっきりビンタされた。
「しゃ、覚めてます……あの、助けてくれてありがと……」
「ほんと? 」
「うん、ほんと。ほんとに怖かった。助けてくれて、ありがとう……」
「じゃあ、あのオバさんと私、どっちが可愛い?」
「え?!」
「え、じゃなくて!」
ぐっ、と再びビンタの構えの南さんに、僕は素直に答えることにした。
「み、南さん!」
「よ、よし……大丈夫かな、えへへ」
いや今さらテレテレされても……。
「だぁーれがオバさんだってぇ? 許さないよ! 変身!」
しまった、南さんたぶん地雷踏んでる!
「≪
えんじ色のローブを纏った姿の契約者。
マントには無数に金色のまじない道具のような華美な装飾が施されている。
「南さん、逃げてて!」
「またベッドに押し倒されたらキックするからね!」
そう言いながら南さんは隠れに行く。
「変身、≪
「退いてくれない? アタシがムカついてんのはあの小娘だからさぁ!≪
≪魔術師≫のローブがはためく。
と、一瞬にして僕のスーツの装甲に切り傷がついた。黒い粒子が微かに流れ出ている。
かまいたちか! 目に見えなかった。
「退くわけないだろ! そんなん南さんにつかう気かよ!」
「っち、硬いわねぇ。≪
「≪
燃え盛る直剣を呼び出し、《《勘で》 》受ける。
キィンという音と共に、かまいたちを相殺できた。軌道は直線的だ。風の刃を見ることはできなくとも、予測できる。
『うまいのう!』
「イイ気になんないでよね!≪
≪魔術師≫の目の前で、炎の竜巻が形成される。
炎も使えるのか!
「それでも!」
剣に強く念じると、炎がより強く溢れだす。
この炎で、あの竜巻を相殺する。
できる、自信が湧いてくる。
「はぁあああああ!」
剣を全力で振り下ろす。
剣から溢れだした陽炎と、炎の竜巻が激突する。
「その剣、炎のおかげで意外とリーチもある……。けど、まだよ!≪
さらに魔術師が手を掲げると、僕の剣の周りに小さな水の渦が生まれた。剣をみるみる包み込んでいく。蒸気が溢れだし、僕の炎が弱まっていく……!
≪魔術師≫の能力は、文字通りこの魔法か……!
竜巻に押し負けた僕は、大きく後方へ吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた先には、南さんがいた。目が合う。
「……っく!」
「し、新士くん……!」
ひどく心配そうな目をしている。
だめだ、そんな顔をしちゃ。
させちゃ、だめだ。
これ以上下がったら、南さんがやられてしまう。
攻めろ! あの人を倒すんだ!
『そうじゃ、よくぞ言った!』
「≪
こうなったら、高速移動で一気に距離を詰める!
剣の炎が使えないなら、刀身を直接叩きつける。それしかない!
「うおおおおおおおおおお!」
「そう簡単には近づかせないわ。≪
全力でダッシュしていた僕の目の前に、土の壁が生えてくる。
「っな!」
なんという自在性だ。物理的な壁すら作れるのか、≪魔術師≫。
ギリギリでステップを踏み、躱す。だが――。
「経験とスキル数が違うのよ、ルーキーとは!≪
今度は、ちょうど僕が土壁を躱した先にかまいたちが……!
「っぐ……!」
今度は装甲ではなく、わき腹をえぐられた。黒い粒子が溢れだす。
この女は、≪世界≫の≪アルカナ≫を倒した直後に出てきた。ということは、僕が戦っていた所を見られていた可能性がある。
だからか……僕が遠距離攻撃を持たないことを知っていて、徹底的に近づかせないつもりだ。
「ふふふふ、この≪魔術師≫、遠距離戦なら≪
『ふむ。言わせておけば……。お主よ!今回はひとりでかなり頑張ったのう。自ら考え、勝つために戦った。ほうれ、ご褒美じゃ、受け取れ!』
アマちゃんから、新しいスキルを与えられる。
これでもう三回目。段々と慣れてきたものだ。
これで、勝てる!
「≪
指輪から生み出されるのは、巨大な大砲だった。
両手でなければ保持することも適わず、炎熱剣よりも重い。
砲口は銃弾を撃ち出すために、ではなく、陽光を撃ち出すためにある。そのために大きく開口され、内側は灼熱している。
「な、なによそれぇ! ≪
僕と≪魔術師≫の中心に、再び土壁が生えてくる。
『構わん、撃てぇぇぇぇぇえい!』
艦長っぽいアマちゃんの号令に合わせ、僕はその熱を解放する。
「っぐ…お、おおお!」
凄まじい反動。
微かに狙いが逸れるが、まず土壁に当たる。
だが一秒とかからずに完全に溶解し、陽光が直進する。
「う、≪
風に乗った高速移動で、躱す≪魔術師≫。
「まだまだああああああ!」
僕は陽光の放出を続けたままで、重心を傾け、≪魔術師≫を追う。
「き、きゃああああああ! ま、待って待って待って! 降参、こうさーーーーーん!」
次の瞬間、変身を解いて土下座するお姉さん。
いや、変わり身はっきりしすぎでしょ……。
しかし、殺すことは無いだろうと、僕は照射を止めた。そう、昨日南さんと確認したルールの中で、どうしても気になることがあったのだ。
敗北した者の願いは永遠に叶わない。
そう簡単に、人の願いを殺してしまって良いのだろうかと、そう悩んでいる。
と、僕は、照射をとめた後を見て、愕然とした。
陽光は数十軒先の廃墟まで貫通していた。
こ、この威力は……。
『気持ち良いのう! わらわは満足じゃ~』
アマちゃんに若干の狂気を感じつつ、僕は≪魔術師≫のお姉さんに歩み寄った。
「なんでもする! なんでもするわ。だからあれで殺すのだけはやめて!」
いやたしかに、あれ怖いよなぁ。
「ひとまずは、大丈夫ですよ」
「ほ、ほんと?」
「またすぐ襲い掛かってきたりしないなら」
「しない! アタシ絶対にそんなことしない!」
絶対とかいうと嘘っぽいから絶対やめた方がいい、僕はそう思います。
「ね、ねぇ。それじゃあさ、アタシと共同戦線、張ってみない?」
ええ……。全然信用できない。
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