第74話 サロンにて。

「ほえぇ・・・。」


 思わず間抜けな声を発してしまった。まるで映画の中に自分がいるように錯覚してしまうくらいに、荘厳なサロン。中世ヨーロッパには電気が無いからこんなに明るくなかっただろうな。こっちは光魔法があるから明るい。服はネット画像で見た昔の貴族の服よりもシンプルだけど洗練されているから、好感が持てる。今僕が着ている服よりは豪華だけど。


「アタール様何を変な声を出しおいでになるのですか。」


 は?なんか聞き覚えのある声なんだけど・・・アート様だよね。サロンに入場してかけられたアート様の言葉遣いが激変してる。


「アタール様、エレナ様、あちらに皆集まっておりますよ。向こうにお飲み物や軽食もありますで、参りましょう。」


 サシャさんまでもが・・・。開き直って驚かないでおこうと思ったけど、サロンの荘厳さに驚いた上に、サシャさんとアート様の言葉遣いで二度驚きだよ。エレナも何が起こったのかと目をぱちくりと開いて固まっている。新しい固まり方だ。


「なんだか不自然ですよ、お二人とも。もっと先ほどまでのように話してくれないと・・・。」


「今は少し我慢してくれ。宰相とか大臣や他の貴族の手前、ちゃんとしないと後で陛下がへそを曲げるのだ。」


 アート様が小声でそう耳打ちしてくる。こんなところ早く逃げ出したい・・・。と考えていると国王様もサロンに入ってきた。そして僕に手招きをするので、エレナとふたり、国王様の近くに行く。


「本日はありがとうございました。礼儀も知らない田舎者なので、失礼があったらすみません。」


「かまわん、かまわん、そのための勲章だからな。」


 そのためのって、初代国王様の勲章とかどう考えても国宝級というか、まさに国宝だよね。それを田舎者が礼を失しても大丈夫なようにくれたわけ?あまりにも極端な・・・。


「アタール、そういえば余の事はオーグと呼べ。王国の英雄に国王様だの陛下だの呼ばれるのは、こそばゆくてかなわん。」


「あ、はい。オーグ様。」


 もう英雄呼ばわりだし、周りに人が集まって来ないうちに、言うことは言っておかないといけないかもしれない。


「オーグ様、その英雄というのはちょっと。何かと戦ったわけでもなく、悪を打ち砕いたわけでもないのですから。ただ単に壊れそうなものを修理しただけです。それが、勲章だの名誉国民だの報奨金だのと、あまりにも過分ですよ。」


「何を言うかアタール・・・そうか、お前はドラゴンさえも虫を網でとらえるがごとく扱う奴だったな・・・。初代様が国王を名乗り王国ができてから約100年、あの結界の魔道具が発掘され結界が張られるまでは、北から押し寄せてくる魔物たちとの闘いが続いたのだ。」


 そうか、サシャさんのご先祖はそんな中、あの山の麓の奥まで探索して、あの遺跡を見つけたのか。王国の歴史書もちゃんと読まないとな。


「結界が張られてからも、王国側に残っている魔物をせん滅するのにまたさらに100年。何代にもわたる戦いの末にやっと得られた平和、それがひとたび結界がなくなれば、また先の見えない魔物どもとの闘いになるのだ。それがまたいつ始まるのかと戦々恐々としておったのだ。」


 しかもその時期も見えてこない、いつ壊れるかもわからないアーティファクトである魔力チャージの魔法石か・・・。数週間か、数か月か、数年か・・・・。壊れることだけは分かっていたんだから、毎日胃がキリキリしただろうな。


「初代様から数代、約200年は、魔物との闘いが日常であったから、民も戦いの中であっても希望を見出しながら耐えただろう。しかしそれから400年近く殆ど争いごともなく代々過ごしてきた民が、魔物の山から迫る魔物の集団を見ればどうすると思う。ほんとの民が南に逃げていくだろうよ、国境を越えてな。」


 600年以上続く王国の終焉さえ考えてしまうよな。あの広大な魔物の山の麓を守り切るなんて・・・不可能だろうな。1000キロにも及ぶ防衛ラインなんて考えもつかない。万里の長城は複数、代々の国が総延長何万キロかを建築期間2000年かけて今の形になったというからな。しかもあっちは対人だし。


 なんか僕が褒め称えられてもいいような気がしてきた・・・。いや、騙されるな。うまい話には裏があるよきっと。


「オーグ様、それはお気持ちもわかりますし理解もできました。しかし僕はそんな褒美を頂かなくとも、以前も言った通り何か問題があればお手伝いしますよ。できる範囲で。そしてたまたま、今回はそのできる範囲だったということです。」


「そのたまたまを誰もできなかったのだ。いい加減素直に受け取っておけ、他意はない。たまに王城に来て、話を聞かせてくれればよいわ。」


 なんか『よいわ。』のあとで、小さな声で『あと転移で城を抜け出したり、空を飛ぶ魔道具でどこか見物につれていってくれれば。』というのが聞こえたけどな。私利私欲だったよ。もう安心して受け取っておこう。散財してやる。


「はぁ、そういうことならば・・・。ありがたく受け取っておきます。」


「よかったよかった、大団円だ。そら、他の者たちにも紹介させるから、行くぞ。余についてまいれ。」


 言ってることが、アート様と似てる。さすが大叔父だ。


 付いて行った先には、なんだか偉い人がいっぱいで、それぞれ挨拶してくるが全く覚えられないと思う。オッサンばっかりだし。ここはエレナの記憶力に頼ろう。マジ疲れる。


 本格的な公式パーティーというわけでもないので、すべての方々と挨拶しなくても済んだ。宰相さんとか大臣さんたちが主で、そのほかの貴族さん達にはこちらから軽くあいさつした程度でお開きとなった。


 謁見の間の控室ではない別の控室、ここはどちらかというと客間かな。広さは同じくらいだけど家具の配置も違えば、豪華さも少しおとなしい感じだ。荘厳とか豪華絢爛とか、日本では活字では見るけど自分の表現でまず使うことがないものを実際にたくさん目にして食傷気味だったから、ちょっとだけ心が落ち着く。


「サシャさん、アート様、結局そのまま受け取ることにしました。なんだかもう、どうでもよくなってしまって。」


 なぜか横でエレナはウンウンと頷いている。あなたにとってもかなり過分だと思うよ。言っちゃ悪いけど、ほんの1週間前は身分としては棄民だったわけだし。言わないけど。


「それでいいわよ。本当にみんな感謝しているのだから。」


「我も叔母さまに同意だ。」


 一瞬また場が凍り付くが、この人はサシャさんのあの恐ろしい視線を何とも感じないのだろうか。慣れ?


「こういう場には慣れないので、早く家に帰ってエレナとのんびりしたいです。また来週には一応魔物の山の麓は確認しておきますし、それまではもう呼び出しは勘弁してください。サルハの街でエレナの冒険者登録もありますしね。」


 その後、仕返しに例のアンティーク銀時計を複製してサシャさんとアート様に無理矢理押し付けた後、みんな連れだって玄関で車に乗り込み王都を後にした。サシャさん、アート様を転移でお送りした後、やっと念願の自宅、ログハウスに到着。まだ昼前だけど。


「なんか今日はまだ昼前なのに疲れたよ。エレナは?」


「わたしなんてもう、王城では一言も話してなかったですし・・・アタールさん、今の口調、それいいです。わたしと話すときはそれでいいです。それでお願いします。」


 あ、なんかずっと丁寧な言葉で話してたっけ。というか、中途半端に丁寧なのが普段の僕の他人との話し方だからな。さっきみたいな口調は家族とか税理士さん相手くらいだ。


「わかったよ。もうエレナは家族みたいなもんだし、これでいい?」


「はい。でも、家族みたいではなくて、家族ですよ。」


 ニコニコしたりプンプンしたり表情が忙しいな。可愛いけど。それでも夫婦は無しな。


 それからすこし休んで昼食をとり、僕もエレナも慣れない場所、慣れない人相手にあまりにも疲れたので、そのままリビングのソファーで昼寝をはじめるのだった。

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