第71話 状況調査。

 人の姿が豆粒程度に見える距離を確認しながら、少しずつ車体を上昇させる。何か地上で動いていれば視認できるだろう。ますは東の端に転移して、それから西に向かう。街道より北側、魔物の山の麓を調査する。速度はゆっくり目で時速300km程度を目安にしたい。


 まあそうはいっても、こればっかりは正確には今は分からない。移動前に皆さんにペットボトルのミルクティーを配るのも忘れない。エレナが一番喜んでいるけど、最近こういうキャラが定着してきたような・・・。


「ここが結界の東の端、海側になります。ここから魔物の山に沿って、境界をサムワ王国の国境付近まで飛びます。途中で休息するときは、一時停止して、僕たちの家・・・ログハウスに戻りますので、よろしくお願いします。飛行時間は約6時間程度ですが、大丈夫ですか?」


「余はさすがにそれだけの時間は無理だな。」


「それでは、休憩のときにでも、王城にお送りします。」


「うむ、わかったよろしく頼む。」


 そういうことで、早速飛び立つ。それぞれが車の窓から顔を出して、事情を確認しているけど、左側の人意味ないと思うよ・・・。まあ、景色でも楽しんでくれればいいか。アート様は真ん中の席なので、休憩のときに国王様が帰るまでは、時々・・・。


「アタール君、この窓は開かないのか?」


 あ、アート様、いつの間にか最後部のラゲッジスペースに移動してる・・・。


「その窓は開きません。少し隙間ができるくらいです。」


 とにかくみんなを落ち着かせて、地上の確認に入る。右手の山は相当高いけど、麓はけっこう見晴らしがいい。実際の結界の位置は今のところ分からないけれど、サシャさんが何も言わない所を見ると、だいたいこのコースで大丈夫のようだ。


 空から見ると分かるけど、魔物の山のふもと側には、全く集落などの人の住んでいいそうな場所がない。街道と野営場所のような所も見えるので、未開ということではないけど。


 今回のような目的がなければ、もっと低空飛行で速度も落として空の旅を楽しみながら、異世界旅行したい。サムワ王国にも興味があるし、まだエロ・・エルフさんにお会いしていないし。いや、遠目にはお会いしているかもしれないけど、線の細い浮世離れした絶世の美女という感じの、個人的イメージのエルフさんにはお会いしていないからね。


 こっちに来てから、僕の積極性も若干増したと思うので、今ならこちらから声をかけることもできよう。できるよね?廃村ではなく開拓してのリアル【エルフ村】を、再度候補に挙げてもいいかもしれない。いやエレナさん、そんな目で見ないで。別に邪な考えはしてないからね。


「アタールさん、ちゃんと地上確認していますか?さっきからなんか、前しか見てないようですけど。」


 うむ、お見通しのようだ。


「いや、あまりに飛んでいて変化がないから、この辺りは大丈夫って考えていたんですよ。」


 口から出まかせだけど、後ろからサシャさんの鋭い視線を感じる。僕は決して振り返らない。エレナさんもジト目のままだ・・・。で・・・でもね、一応魔物感知の魔法は広げているんだよ。半径1kmくらいはもう今は感知できるからね。指向性を持たせて広げることもできるからね。言ってないけど。たまにチラホラ魔物の存在は感じるが、おそらくそれは結界とは関係ないと思う。


「そろそろ半分、結界守の村あたりです。スピードを落としますよ。何か、異変のようなものは感じましたか?」


 みなさんに問うが、特に異変は感じられないとの事。空中で一旦停止し、ログハウスに向かうことを告げて、転移する。


 車を降りログハウスのリビングで、お茶を用意して、休息の時間だ。


「国王様、サシャさん、いかがでしたか?」


「うん、特に問題は無かったようだな。それより、我が王国の北側は、わかっていたとはいえ、殆ど国民の営みがないな。街道の馬車や、かなり遠くに村や街らしきものは確認できたがな。」


 そういえば国王様は左側に座っていたんだった・・・。


「私の方も特に変わった印象はなかったわ。目視でも確認できなかったし、魔力感知でもまったく感じなかったわ。」


 まったく・・・か。僕の魔力感知の方が、感度良いのかな。エレナさんはどうだろうか。


「私は何体か魔物を見かけましけど、普通に以前でも見かけていた魔物ばかりでした。集団もいなかったので、普通に討伐させていない、既存個体だと思います。」


 助手席から見えるんだ・・・。どれだけ視力が良いのだろうか。こういうのは猫人族の特徴なのかな。


「我も見なかったぞ。しかし我が領は広いな。空から見ていても全体が見渡せんかったわ。今度アタール君には、領地全体の上空を飛んでもらって、全てを見たいものだ。」


 アート様は車の中では空気だったけど、ちゃんと見てはいたんだ。ガラス越しだから、真下は見えなかっただろうけど。


「余もそれは考えたぞ。」


 王国内全体は、ちょっと嫌かな。そのうち周ろうとは思うけど、国王様と一緒だと気が落ち着かない。さらに国王様が何か言おうとしたが、


「叔父様、もう王城に帰らないといけないのじゃないかしら?」


 というサシャさんの一声で、渋々ながら国王様は帰ることになり、僕がすぐに送り届けたけど、めちゃくちゃ名残惜しそうな顔をしてた。サシャさん、強いよな。そしてサシャさんから国王様への詳しい報告はどうなった・・・。国王様からアート様への説明の内容も僕はまだ知らない。


 休憩も終え、早速結界守の村上空への転移し、飛行を再開した。結界守の村から西は僕も初めて行くので、すこし興奮してる。魔物の山の麓の街道は、このままサムワ王国との国境に繋がっていて、関所のようなものもあるらしいので、飛び過ぎてそのままサムワ王国に越境ということは無さそうだ。


「ここまで飛んでも、まったく今までと変わりなさそうだわ。アタール君の対処は、成功したんじゃない?」


 まだ、結界守の村から1時間ほどしか飛んでいないけれど、サシャさんの予測見解は、修復成功という判断のようだ。サシャさんとアート様の相談の結果、ここからはスピードアップして、大雑把に調べるだけでいいという事になった。


 マッハには達していないけれど、高度を少し上げて、感覚では・・・いや、正直わかりません。リニアモーターカーは、走ってるところを動画サイトで見たことがあるので、景色の流れなんかで、「こんなもんかな?」という憶測ができるけど、それ以上はわからん。


 しかし、1時間ほどで遠くに砦というか、街のようなものが見えたのでスピードを落としてアート様に確認すると、関所の5キロ手前にある、昔の砦を利用した、街だそうだ。結構な広さで隣国との貿易や王国軍の駐屯地もあって、魔物の山の麓で唯一、そこそこ栄えている街という話だ。でも、魔物の山の麓の街、ここしかないでしょ。


 街に寄って、様子を見てみたい。ここならエロフ・・・いやエルフのお姉さんが・・・隣国の美しいお姉さんも・・・という個人的な願望は、エレナのジト目で阻止されて、結局関所上空で本日の調査は終了となり、一旦ログハウスに帰ることになった。なぜ、アート様のお城とかサシャさんの家じゃないのか・・・。


「アタール君にエレナさん、ご苦労様でした。絶対とは言えないけれど、これで王国は危機を免れたと思います。叔父様もそうおっしゃると思いますが、本当にありがとう。」


 アート様はポカーンとしている。やはり詳しい内容は国王様に聞いていないようだ。サシャさんから午前中の顛末をしてもらい、唖然としながらもやっと納得顔になった。


「我からも心らか礼を言う。」


 いえいえ、正直言うと、国王様やアート様の相手をするよりは、よほど簡単な作業でした・・・とは言えないけれど、実際対人相手よりはよほど楽なお仕事だった。一応このあとも数日は単独で魔物の山は警戒しておくけども。


「どういたしまして。皆さんの決断と僕を信頼してくれる心の広さがあってのことです。どこの馬の骨ともわからない若造を信頼してくださって、こちらこそありがとうございます。そして、エレナもありがとう。」


 エレナも今のところ影は薄いけど、僕に忠告してくれて、今回の問題解決のための決断を促してくれたからね。さて、これでお仕事は終わりかな。あとは適当に結界守の村の場合は研究という名目で遊びに行くくらいだろうし、やっとエレナの冒険者登録やサルハの街のスラム地区の方に取り掛かれる。エレナの冒険者登録の後は、いよいよ冒険者や商人として、いろいろな街や村をコンデジで撮影しながら・・・そうだ、一眼レフでも買おうか。超高画質にボケみのある写真とか、【エルフ村】で受けそうだしな。あと、公開できないかもしれないけど、動画とかも撮っておいて自分で楽しむのもいいかも。それに・・・


「アタールさん、聞いてますか?」


「え?あ、聞いてませんでした・・・。」


 エレナさんむくれないでください・・・。でもねエレナのジト目はもうだいぶ慣れた。貴族の方々のジト目はちょっと辛いけど。


「ところで、アタール君、この後なんだが、それぞれ送ってもらった後にでも、またこの通信の魔道具で連絡するから、待っておれ。」


 え?まだ何かあるのか・・・・。

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