第36話 冒険者会館取調室再び。

 街からの距離5kmあたりで衛兵さんの乗る馬の集団が見えてきたので、大きく手を振る。と、全員が気付く。まあ、街道には僕と衛兵さん達しか今いないからね。程なく合流。


「ん?アタール様、こんなところで何を?」


 先日僕を代官屋敷に案内してくれた方も混ざっていたので、怪しまれずに済んだ。


「盗賊に襲われた連絡を受けていらっしゃった方々ですよね?ぼくが動けない盗賊の見張りをしていたのですが、動き出しそうになったので、撤退してきました。相手は13人もいましたし、僕は今日冒険者活動初日なんですけど、武器と装備を忘れてたんです。」


 武器と装備を忘れてたんです。の言葉で、衛兵さん達がかわいそうな子を見るような目に変わったのは見逃さなかった。できない子の方が目立たないから良いんです。


「見張り役の冒険者はアタール様でしたか。それでは盗賊は逃げ去った後と?」


 衛兵さん達の捜査能力はわからないけれど、現場に戻っても盗賊消失の痕跡は見つけられないだろうから、コクコクと頭を縦に振ってその問いに答えた。


「盗賊たちが少し動き出したところで、僕は全力疾走でこうして街に向かって駆け出したので、実際に逃げ去ったかどうかは分かりません。けれど、商人さんのひとりが馬で街に報告に行く話を盗賊たちは聞いていたでしょうし、他の商人さんたちも街に向けて馬車を走らせましたから。おそらくは援軍を警戒してすぐに逃げたと思います。必要ならその場所まで案内いたします。」


 一本道だけど。一応現場を見行くということで僕は先頭の衛兵さんの馬に引き上げられて案内することになった。何が悲しくてオッサンと馬で二人乗りしなきゃいけないんだろうか。なるべく身を放そうとすると「落ちますよ」とか言われるし。


 馬は疾走ではなく歩くより少し早いスピードで盗賊が出た現場に向かうのだった。馬の走り方で歩く感じを何て言うのかスマホで調べたかったが、今は無理だよね。


 ほどなく現場に到着したが、やはり盗賊はすでにいなかった。当たり前だけどね。一応現場検証の様なものが始まったので、僕は争いを発見したときのことを一部始終お伝えした、商人さんたちが大回りしてUターンした轍、街に背を向けて左側、ようするに東側の街道脇には例の背の高い雑草がかき分けられた跡。これは盗賊がこの現場に来た時の跡なのだろうけど、まあ逃げた跡にも見えるよね。さっきは確認しなかった。


「こっちの方に逃げたみたいですね。他に痕跡は特にないです。」


 若い衛兵がいろいろと痕跡を探して、おそらくこの場では一番偉いであろう、僕を馬に乗せてくれた衛兵さんに報告している。「追いますか?」という問いには、頭を横に振り、盗賊の総数がわからないので明日にでも討伐隊を組織して盗賊の拠点探しを行う旨を皆に告げ、街に帰ることになった。


「私は衛兵第三分隊の隊長で、エゴールと申します。アタール様のことは、代官様からも隊員からも聞き及んでおります。」


 二人乗りの馬上で隊長さんが自己紹介してくれたので、僕も自己紹介を返すが、最近の追加情報は冒険者登録したことくらいかな。明日の討伐隊には冒険者にも募集をかけるということなんだけど、僕は丁寧に辞退しておいた。実験検証の方が先だからね。帰ってから再び調書を取らせていただきたいという申し出は、快く引き受けさせていただく。


 街壁の門には、先に街に向かった商人さんをはじめ、なぜかダフネさんやセルゲイさんまで集まっていた。ダフネさんは商人仲間からの情報だとわかるけど、セルゲイさんはなんで居るんだろう。


「アタール君、初日に盗賊なんて、ついてないな。街の近くなんてめったに出ないのに。明日の討伐隊にはおまえも行くのか?」


 あぁ、先ほどの分隊長さんの話の流れね。商人さん達やダフネさんは、僕の無事の帰還を労ってくれたので、商人さんたちと別れた後のことをお伝えした。まったく危険はなかったわけだけど。そんな会話をしながらも、念のため調書を取られるときの嘘発見器対策を考えるのだった。


 というか、調書は門の詰め所ですぐ終わった。取り越し苦労とは先ほどのことを言うのだな。ダフネさんも安心して店に帰って行ったし、商人さんたちも行商の日程の組みなおしだと言いながらも僕に丁寧お礼をして宿に向かって行った。どこの宿かは知らない。


 衛兵さん達とも雑談を終え、先ほどの声かけ以降無言で待っていたセルゲイさんに連行されて冒険者会館に向かうのだった。なんかセルゲイさんの顔また怖くなってるよ。


 懐かしの取調室で僕は、セルゲイさんをはじめ、顔なじみのアレクセイさんとマレットさん達に囲まれていた。受付にお姉さんがいたのは確認できたし、他の冒険者達も確認できたけど、取調室に直行で連行されたので、コミュニケーションはない。


「13人の盗賊の見張り役として、おまえだけ現場に残ってたらしいな。」


 まあ、調書でも証言したしそのあと皆にも話してたよね。コクコクと頭を縦に振る。


「今日は見学するつもりで、弱い魔物が出るあたりで活動するって言ってなかったか?」


 言ってましたね。というか誘導されたというか。コクコクと頭を縦に振る。


「そしてお前装備はどうした?」


 今頃言いますか・・・。出かける前に言ってくれれば、買って行ったのに。


「買うの忘れました?」


 何故か疑問形で返す僕。なぜ盗賊が動けなかったのかは分からないけど、13人もの盗賊相手に何の対策も装備もなく残って見張っていたことをものすごく怒られた。僕のことをすごく心配してくれての事だろうから、言い返すこともなく「すみません。」としか言えなかった。この人たち、何て良い人たちなんだろう。


「じゃぁとりあえず裏の訓練場で、技量見たうえで稽古つけてやる。装備は貸してやるから。」


 は?さっきの話の流れでなぜそうなる?


「もし相手が動けていたら?動けない盗賊13人を前にして縛りもせず、殺しもせずに見張り役すると決断したおまえの技量を確認するって言ってるんだよ。」


 うっ。確かにそうだ。相手が動けないなら、商人さんからロープでも出してもらって、縛るって手段があったし、商人さんで自衛手段として護身用の剣やナイフくらい保持していただろうというか、最初手にナイフ持っていたような。


 あの時は大勢の盗賊に囲まれていた上に僕が現れて、なぜか盗賊が動けなくなったので、僕の言う通りに街に逃げ出す判断したけど、冷静ならそうしただろう。僕は僕で人体実験の被験体獲得の事ばかり考えていたから、そういう対応はまったく考えもつかなかった。異世界常識がまだ未熟とはいえ、普通って難しい・・・。ほとんど終始コクコクと頭を縦に振るばかりの僕だった。


 防具を付け木剣を手に、僕はマレットさんと対峙している。ちなみに日本では木剣であっても剣を手に取ったのは初めてである。高校の授業は柔道だったし。あ、某暗黒卿とかその息子が戦うSF映画に出てくる刀身が蛍光色に光る丸い棒は振り回したことある。その映画に出てくるロボット玩具とともに僕のコレクションだ。


 そういえばダフネさんの子供たちと練習はしたな。1回だけ。


「技量見るだけだから、そう緊張しないでとりあえずやってみろ。」


 はじめ!という声がかかるまえに思い出した。


「い、いや僕魔法使いなんで・・・。」


 セルゲイさんは腕組みしながら「ああ、そうか」と呟く。対峙していたマレットさんは木剣をおろしてきょとんとしている。流れに身を任せていると、ついつい自己設定を忘れがちだよ。


「アレクセイ、カウンターに行って、適当に魔法使い見繕ってこい。報酬は・・・そうだな。アタール君が大銀貨2枚出す。」


 アレクセイさんは急ぎ建物の中に走っていった。大銀貨2枚出す?僕が?何のために?と疑問を浮かべていると「そういうことで良いよな。」と、ものすごく悪い顔をしたセルゲイさんのゴツイ手が僕の肩に置かれたので、無言でコクコクと頭を縦に振って返事をした。あ!木刀素振りで持ったことあるわ。

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