第30話 代官様からの呼び出し。
昨夜は実験が過ぎてかなり寝過ごしたが、斎藤のおっちゃんたちに見つからないように用心して、昼前くらいにいつもの透明転移で宿近くの路地へ。そしてそのまま宿に向かうが、なんだか騒がしい。大勢の人が宿の前に集まっていて、何やら衛兵らしき方もいらっしゃる。
「いえ、お客様は昨夜も帰っていらっしゃいませんでした。なんだかここ数日は朝に顔出すだけって感じで。」
この宿、僕と同じような客が結構多いんだね。店員さんも大変だ。騒ぎの中を目立たないように宿に入ろうとすると、店員さんに止められる。
「あ、アタールさん、こちらの方々アタールさんを訪ねてこられて、困っていたんですよ。」
僕だった。店員さんは数名の衛兵さんの前に僕の背中を押して付きだす。いやいや、お客さんだし、この扱いは無いよね。でもまあ、しょうがないので、
「あの、アタールです。」
と衛兵さんに向かって間抜けな挨拶をする。
「アタール様ですか。代官様がお話を聞きたいのでお連れするようにとの事で、お迎えに上がりました。」
様付け!ものすごく丁寧だ。でも何を聞きたいのか、どういう理由かは衛兵さんも知らないようで、行かなきゃダメですか?って聞いても『お願いします。』と頭を下げられるばかりなので、付いて行くしか無いようだ。
もしかしたら、最近大金使っているからそれがバレて、税金関係か?でもそれじゃ、丁寧な理由がわからない。
なぜそんなに丁寧なんです?って聞くと『結界守の村のお客人とお聞きしていますので。』との答え。うむ、やはり役所や役人には文武問わず結界守の村は効果があるようだ。というか、どれくらいその話広がっているんだろうか。
衛兵さんの後をついて歩くこと15分ほど。役所に行くと思ったら、行先は代官様のお屋敷だった。既に先ぶれを走らせていたので、玄関前には、代官様らしきものすごくいい服を着た中年男性と、ちょっとだけいい服を着た使用人らしき方々が待っていた。
「ようこそ。私がこの街の代官、ミゲル・トルビノバです。」
この方も丁寧だ。平民に向かって、丁寧語だ。苗字持ちだから貴族様だよね?結界守の村の紹介状、相変わらず半端ない。屋敷の中へと促されたので、何も考えずに付いて行く。
屋敷内はさすがに代官様のお屋敷だけあって、高価そうな絵画や調度品が飾られている。こんな見窄らしい恰好でちょっと申し訳ない気分だ。程なくして、執務室らしき部屋に通され、応接セットに座るよう促されたので、会釈よりもう少し丁寧に頭を下げて、席に着く。
「まあ、今回はいろいろとお聞きしたいことがあってお呼びしました。そう緊張しなくても結構です。友達と話すように話していただければ。」
いや、友達と話すこと自体無いんだけど、まあここのところサルハでは確かに会話してるから大丈夫か。今度は軽く会釈で返す。でもこの代官、最初から今までまだ笑顔見せてないんだよなぁ。緊張しないのはちょっと無理かも。
「まず最初に、この街へようこそ。ジャーパン皇国からの転移者、アタール・タカムーラ様。」
え?個人情報ダダ漏れ?どこで話したっけ、サシャさんでしょ、ダフネさん一家でしょ、あとは冒険者ギルドか。冒険者ギルドで話したことがダダ漏れになっていると考えた方がいいな。
「あ、ありがとうございます。それで、ご質問はなんでしょうか?」
「そうですね。アタール様は先日、スラム地区の土地を買われましたね。そしてスラムの住人を手懐けて何をしようとしているのでしょうか?」
うわぁ、目がマジだ。怖い顔だ。これ絶対ヤバイ話だ。というか、土地を買ったのを知っているのは当たり前として、なんでスラムの住人と仲良くなったのを知っているのか?は、もしかしてスパイがいるのか?
はっ、スラムと言えば違法系の闇ギルド・・・。もしかしてエフゲニーさん?スラム出身の割に読み書きができるし、実は悪代官と繋がった闇ギルドのマスターとか・・・。いや、あるのかは知らないけど諜報ギルドの存在も捨てきれないか・・・でもみんな親切でいい笑顔だったしな。いったい誰が?どこから?
「もしもし?アタール様?責めているのではありませんよ、ただどうしてか?何をしようとしているのかお聞きしているだけですよ?」
と言いながら、まだ怖い顔してる。
「は、はい。その、ジャーパン皇国ではですねスラムはほとんどと言っていいくらいなくてですね、体が不自由でも、お年寄りでも、貧乏であっても、最低限の生活が国によって保障されていてですね、たまたまスラム地区に知り合いができてですね、それですね・・・・・」
例の嘘発見器が隠されてどこかにあるだろうことを想定しながら、しどろもどろで何とか、説明した。要するに、善意のボランティアという風に。お金の出どころなどについては特に聞かれはしなかったが、今回の最大の問題について言及された。
「スラム住人のうち、成人のほとんどが、今日の午前中に冒険者登録、そして教会にも訪れ未成年のほとんども、登録していったのですよ。スラムの住民のほとんどが今日既に平民になった。それだけではないのです。冒険者登録したすべてのスラム民は、剣などの装備を購入した。そして、これは冒険者に再登録したマキシムですが、クランの設立を宣言したのです。代表者は彼だけれど、オーナーはアタール様だと言っておりました。その数は、小規模中隊に匹敵するのです。これがどういう意味か分かりますか?」
うわぁ、スラムの連中、やらかしてる・・・。
「わ、わかりますけど、ほ、本当に、純粋に、生活のためというか、彼らが平民になるための唯一の手段というか、あと若い方々、若い女性の方々が、猫の耳を持った方々や子供たちが・・・少しでも幸せになっていただきたいというか、そ、そういう理由です。けっして軍隊とか武力とかそういう意図はありません。」
途中一見いらなそうなワードもあるが、決してそうではない。もし嘘発見器があったら、どうでもいいと思っている、若い男やオッサンについては、赤く光ってしまうのだから、絶対に必要なワードなのだ。
「後日にでも、マキシムとともに、説明に参ります。必要ならば住民の何人かもつれてきますので・・・・。」
「いやいや、意図はわかりました。問題ありません。長い間この街の課題だったスラムの問題をわずか1日で解決していただいたお礼は述べても、何も責めることはございません。本当にありがとう。役所が下手にテコ入れすると、平民や他の貴族から苦情が来ることも多く、手が出せなかったという理由もあるのです。それをアタール様がご自分の私財をもって解決された。誰にも文句は言わせません。」
ミゲルさんというか代官様が立ち上がって僕に頭を下げる。お礼とかはお辞儀なんだ。貴族様で代官様が、平民に丁寧に話すだけではなく、頭まで下げていいのだろうか?
異世界だから僕の知識が通用しないのは理解しているけど、こっちの世界で聞いた話とも全く違う。いったい何なのだろうか。でも、これなら冷静に話すことができそうだ。しかし何かが解決すると、また何かの謎が発生する。どうにかしてください。
「さて、今スラムでは住民のリストを作っていると聞きました。今回冒険者に登録しなかった方や未成年で孤児の方々、まだ平民になられていない方々も、私の権限で、平民に登録させます。数も少ないので、そこは問題ないです。」
にっこりと笑って、ミゲルさんがそう告げた。厚遇過ぎるよ。なんだよ。すごく信頼できそうないい笑顔だけど、さすがにこれは怖いよ。
「な、なぜそんなに信用もしていただけて、ご丁寧に接していただけるのです?しかも手助けまで。」
「理由など先ほどの問題解決の恩に尽きます。ご領主様であるジニム辺境伯様にもすぐに領都に早馬を走らせて、お知らせいたします。きっとお喜びになるでしょう。おそらく報奨金なども出るものと思いますので、また来週にでもこの代官屋敷に来ていただけませんか?」
前半の『~恩に尽きます』のとき少し目線をそらしながらミゲルさんはそう返してくる。これ絶対それだけじゃないやつですよね~。報奨金っていくら出るんだろうか。いろいろと怖い感じもするけど、ミゲルさんからは今のところ変な要求は無いしここは、
「それでは来週のこの時間に、また訪ねさせていただきます。」
とだけ返して、代官屋敷での用事を終えるのだった。この先一体どうなるんだろうか。まずはスラム地区で話を聞くことからだな。そして、嘘発見器絶対あったよね。
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