第26話 イワン一味の冒険者登録。

 宿の近くに透明化して転移してきた僕は、人気のない路地に入って透明化を解く。


「おはようございます。」


 いつもより元気に宿のカウンターにいる店員さんに挨拶だけして、踵を返しスラムに向かう。後ろで何か言っているが今日もガン無視。既に朝という時間帯ではないので、人通りはそんなに多くはない。職人区を抜け足早にスラムへの道を進む。


「アタールだけどいる~?」


 毎度間抜けな声をかけながら、イワン一味の小屋の扉をノックすると。


「いるよ~・・・です。」


 小屋の中からも間抜けな返事が返ってきて、扉が開かれる。今日は今から、こいつらを冒険者として登録しに行く。ついでにマキシムさんも再登録させる。僕がいないときの教育係兼業だ。


 他の希望者は、順次登録させていく。小屋には件の6人。ローマン君にマキシムさんを呼びに行ってもらっている間、少し話を聞く。親の件だ。


 親の居ない子供たちのほとんどはいわゆる孤児、親を亡くしたか捨て子ってこと。この街には一応教会運営の孤児院らしきものはあるそうだ。親が亡くなった子供で引き取り手がない子供や捨て子はそこで保護されるそうだが、幼少の頃に養子の貰い手がないと行き場をなくすという。まあ、成長した憎たらしいガキは引き取りたくないよな・・・。


 12歳くらいまでに養子などへの引き取り手がいないと、殆どの場合スラム暮らしになるという。普通はそれくらいの歳から孤児院を出て、職人の内弟子を目指してスラムに住みながら、職人区で小間使いをして糊口を凌ぐそうだ。


 孤児院は成人まで育ててくれないのかも聞いてみたが、成人してから小間使いを始めると、それこそ生きていけないと笑われた。異世界は子供に厳しいらしい。


 スラムでは教会との暗黙の了解で、そんな子供たちを馴染ませるために小間使い先を紹介したり、小屋を与えたりして自立を助けているそうだ。だから孤児院側も、孤児院を飛び出した子供がスラムに住み始めても、黙認というか、公認で見守ってくれているそうだ。


 なんかこのスラムってすごく人情味あふれるコミュニティーじゃない?小さな子供には、食事も分けてあげているというし。


 冒険者登録については、やはり登録料の大銀貨1枚がネックで、小間使いの駄賃は、ほんとうに飯代程度にしかならず、幾度も大人たちが職人区の親方たちに交渉しても、なかなか上がらないそうだ。ようするに貯金できないってことだね。


 だから、スラム住まいに耐えられず、自ら奴隷商に出向いて賃金奴隷となる方もたまにいるという。ん?その場合売った金って誰が持ってるんだろう・・・賃金奴隷でも全権主人持ちだったよね?と考えていると。


 奴隷でも貯金できるのが賃金奴隷で、主人から衣食住は提供されるので賃金や先ほどの自分を売ったお金などは、貯金していつか解放されるのを夢見るというのが普通らしい。主人の合意があれば、自分を買い戻すこともできるし、自分を売るときにそういう条件を付けることができるそうだ。


 こういう人づてに聞く情報って、聞く人によって違いがあって正確性に欠けるので、この辺りは実際に奴隷商で聞いてみることにする。


 話している間に、マキシムさんも到着したので、冒険者登録の話に移る。今回の登録予定者は


 マキシムさん

 イワン

 ローマン

 ビクトル

 アナトリー

 デニス

 スベトラ


 の7人。早速着席させて、みんなに今日の予定を説明する。


「今日は午前中に冒険者会館で冒険者登録してもらいます。マキシムさん、再登録になると思いますが、問題ないですか?」


「うむ。主にイワンたちの教育ならば、体が動かなくても大丈夫じゃ。依頼はイワンたちとすることにすれば、規約での除名になる最低限以上の依頼達成も可能じゃろう。ワシが同行できるのは採取になると思うがの。依頼の報酬を一部まわしてもらうのと同じじゃから、イワン達には悪いが、いいかの?」


「全然いいぜ。いつも世話になってるからな。」


 うん。いい人たちだ。強盗傷害誘拐犯だったとは、到底思えない。


「説明は後でするけど、マキシムさんにも、普通に冒険者として働いてもらいますよ。もちろん、スラムや他に今後登録する冒険者のまとめ役もしてもらいます。ゆくゆくは、いわば、冒険者クラン、大規模パーティーの代表者になってもらいます。そのためには、まず体を治してもらわないとね。」


 そう告げて、僕は席を立ち、マキシムさんの席の背後でいきなり手をかざし、魔法をかける。イメージは、肉体全体の正常化。足の骨だけではなく、おそらく体のあちらこちらに今までのダメージを蓄積しているだろうし、食生活のせいで内臓なんかも悪くなっている可能性もあるから、徹底的に修復する感じ。


 まあ、実際は手をかざさなくても良いんだろうけど、そこは雰囲気ということで。マキシムさん体を薄い光の被膜が包む。


「どうですか?足。そういうことで、マキシムさんにも、普通に冒険者活動してもらいますからね。」


 マキシムさんをはじめ、周りの連中は毎度おなじみの表情。目は見開いて、口もぽかんと開いているが、そこはもう無視して、マキシムさんに確認を促すと、最初は座ったまま足を触っていたが、突然立ち上がって、ジャンプしたり空手の形のような動作を始めた。


「な、なんじゃこれは。冒険者だった現役時代と同じくらい、いやそれ以上に体が動くぞ。」


 うむ成功。一応昆虫の足を折って実験はしていたけれど、うまくいって幸いだ。本当は盗賊とか人間で検証しておきたかったけれどなかなか機会がないからね。今より悪くなることはないだろうと、強硬施術してみた。まだ呪文は決めていない。


 興奮するマキシムさんに座るように促し、一応他の面々にも、健康体になるように魔法をかける。まあ、他のみんなは若いから、自分の体を薄い光の被膜が包んだのが分かったくらいで、あまり変化は感じないことだろうけれども、スラムという住環境もあって、どこか悪いところがある可能性も否めない。


「この魔法も秘密です。」


 相変わらず唖然とする皆さんを前に、強めに告げる。みんな先日のダフネさんと同様コクコクと頭を縦に振っている。話す言葉も失っているようなので、ついでにクリーンで身ぎれいにさせるのも忘れない。衣服はリペアで新品同様になっても、汚れた体のままでは、街を出歩くときに困るからね。


「「アタール様!」」


 なんか一斉に名前を呼ばれた。しかも様付けだ。いや、神様でも仏様でもないから。チートだけど単なる魔法だから。この世界では大昔には普通?に使えたものだからね。そんなに拝むようにこっちを見ないで。でも無気力だった目に活力らしき輝きが戻ったのは嬉しいよ?


「さて、早速だけど、冒険者会館に向かいましょう。時間がもったいないです。いろいろなお話は、また今度ということで。」


 皆を促して席を立たせ、小屋を出る。服や装備などの買い物は、登録の後だ。昼飯前には終わらせたい。唖然とした顔で一行を見るスラムの住民を横目にしながらも、反応は一切無視して冒険者会館に向かう。


 まだ、冒険者会館に冒険者がたくさんいる風景は見たことがない。ようするに、早朝や夕方~夜に冒険者会館を訪れたことがない。だから相変わらず会館内はオッサン職員ばかりだ。一応女性職員の存在は先日セルゲイさんからお聞きしている。女性職員の年齢は聞いていない。楽しみは後に取っておくものだ。


 早速皆に大銀貨を1枚ずつ支給して、冒険者登録させる。僕のときと同様に、登録は聞き取り方式なので、サクサクと手続きは進んでいきギルドカードも無事に発行される。規約の冊子とパンフレットも渡されたようだが、マキシムさんは読めるだろうが、あいつら文字読めないんじゃないのか。今度リーディングの魔道具でも作っておこう。


 マキシムさんが足を示しながらセルゲイさんと、何やら笑談している。古い知り合いなんだろうけど、魔法のことは秘密だからね。盗聴魔法ははやめに実験しないとな。


 僕も受付カウンターに近づいて、セルゲイさんに挨拶する。内容を濁しながら、冒険者パーティーやクランについてお聞きするが、特にそういう登録制度は無いようだ。冒険者連中が勝手にやるぶんには問題がないというか、気心知れたパーティーで活動するのが普通の様だ。


 無事登録後、会館の飲食スペースで飲み物を各々注文して乾杯する。飲食スペースの職員はおばちゃんだ。念のため言っておくね。アルコールの注文は今は無し。これからは一応、みんな平民扱いだ。その分、規約通りにギルドで依頼を受けて達成する必要はあるが、みんなの顔はとても明るい。


「さて、無事に登録できてみたいで、何よりです。依頼については、明日以降に受けましょう。今日は他の用事を済ませます。ますはカード見せてもらっていいですか?」


 各々僕の前にギルドカードを提示してくれたので、それを拝見させていただく。皆無印の冒険者。マキシムさんは、575年生まれだから、25歳上の今年47歳かぁ。まだまだバリバリの現役で行けるよな。さっきの魔法でなんだか若返った感じもするし。


 ほかのみんなは、615~16年生まれの16歳ね。義務教育などがあるわけではないので、成人は、それぞれの誕生日に16歳に達した時点となるそうだ。後で教会にも寄る。


 え?スベトラ君って、スベトラちゃんだったの?女の子?僕っ子?


 若干動揺したけれども、『アタール様知らなかったの?・・・ですか?』と、相も変わらず変な敬称と丁寧語で返されたので、今後もせめて、アタールさんでお願いします。と頭を下げると、アワアワしながらも皆納得してくれた。マキシムさんには呼び捨てか君付けをお願いしたがこれは納得してくれず、こちらもさんづけになった。


 スベトラちゃんへの対応は今後考えるけど、まあ、別段今まで通りで良い気もする。なにせイワン一味だからね。丁寧語については、続けさせることにした。今後の生活で必ず必要になるだろうし。


 乾杯とカード閲覧会?の後、冒険者会館を出て商店区に向かい、鞄、ナイフ、剣、防具などの冒険者装備の買い出し、服や靴の購入なども終えた。服を着替え、装備を身に着けてみんないっぱしの冒険者に見える。


 スベトラちゃんはちゃんと女の子に見える服と装備になったし。


 みんなには言っていないが、けっこうな大出費だ。まあ、気づいてはいるだろうけど。金銭感覚麻痺してきたかもね。


 その後、教会で洗礼を受けていないものは洗礼を受ける。お布施は額は任意だそうだけれど、みんなまとめて大金貨1枚の大盤振る舞いをすると、再び皆が表情を固めていたけど気にしない。僕も一応洗礼を受けた。


 アラーシア神とアナトス神に祈りをささげる。これで教会の台帳に登録されジニム辺境伯領の平民として正式に登録されたことになる。皆が見ていないときに、お布施のほかに孤児院への寄付としてもう1枚大金貨を寄付しておいた。おそらく孤児院にも猫耳はいるだろうからね。

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