脱力した物憂げな顔の妻

「ただいまー」

 と家に入っていくと、玄関もリビングにつながる通路も真っ暗だった。ぼくは笑いを堪えながら真っ直ぐリビングへ向かった。真っ暗なリビングで水曜7時のバラエティ番組だけが輝いている。妻は食卓に頬杖を突いて、物憂げな、少し疲れた表情でテレビを見ている。


「どうした? 家中真っ暗じゃないか」


 妻は気怠げな動きでこちらへ向き直り、目を合わせた。虚ろな目をしている。ぼくは無言でタバコを一本妻に渡し、吸うように勧める。

 顔の筋力が全て脱力したのか? と思うほど顔に力が入ってない妻は、タバコをくわえ火をつけても煙をただ垂れ流すだけでニコチンなぞ摂取できていないようだった。

 ぼくは妻としっかり目を合わせて口を開く。「どうした?心配事なら乗るぞ?」妻は力の抜けた表情のまま、静かに口を開いた。


「給料日なのに旦那がどこにも連れてってくれないの……」


 妻の言葉にぼくはつい吹き出した。毎月恒例の小芝居。妻も顔を明るくさせ吹き出した。


「なぁ? 笑ったらあかんやん?」

「いや、だって……。ねぇ? 予約取ってるの知ってながら真顔でそんなこと言われたらさ?」

「あっこ?」

「そうそういつもの寿司屋だよ。行こっか」


 リビングの電気をつけると妻はもう出かける格好になっている。妻はタバコの火をもみ消し、笑いながら玄関へ向かう。ぼくも微笑みながら玄関へ向かった。

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