御者の秋山さん
ガタン、ガタンと荷車が進む。
街から少し離れた山間の道。
小さな林で区切られた畑の間を縫って延びる道。
木々に遮られて風も強くなく、木々に遮られて日差しも弱い。そんな穏やかな道を一台の荷車で移動していた。
ならば牛車と呼ぶのが正しいのか。
確かに正しくはある。
牛に引かせるために、繋ぐ綱の位置も牛の体格に合わせているのだから。
だが、同じように荷物を運ぶのに、馬も走竜もいればケンタウロスが自分で引いていく場合もある。
そんな職場に長く勤めていると、全部まとめて荷車でいいじゃないかという気持ちになる。
職場の皆もそう思ったのか、うちの職場では全部まとめて荷車だ。
そうしないと、ケンタウロスが引いている荷車を馬車と呼ぶかどうかも議論になりかねない。
昔、あいつを馬呼ばわりして蹴り飛ばされたチンピラは、今はどうしているんだろうか。
つらつらと意味のないことを考えながらも、荷車は進む。
この道はほとんど真っ直ぐで起伏も少ない。牛任せに進むだけの道だ。荷車の音に混じって、木箱や鎧のカチャカチャという音がするだけの静かな道だ。
これがもっと山の上のほうだとこうはいかない。
途中には道の端がそのまま崖になっているところもあるし、道の勾配は急だ。
馬ではなかなか、荷物を引き上げれない。二頭立てにすれば力は足りるが、道の狭さがどうにも難儀だ。
自然と、山の中腹にある畑は牛の荷車、街より少し遠いが平地の畑には馬の荷車と役割が別れることになる。小回りの利くケンタウロスは、街の中で市場までの荷運びだ。
徐々に道の勾配は増していき、山道に入ったのが分かる。
急な場所に作られたからか、道は狭い。道のすぐ隣にある畑も段差があって、道の隣というより道の下といった感じだ。道を逸れたら数メートル下に転がり落ちる。しばらくは何も考えずに牛の手綱を操る。
たどり着いた農家の家の前で、牛を荷車から外す。
荷物が積み終わるまでこいつは休憩だ。いつも繋いでいる杭に縄を縛ったら、後は牛任せ。縄があっても移動出来る範囲に小川もあれば草もある。しばらくは食事をしているだろう。
なにせ牛は馬の倍は水を飲むし、倍は草を食べる。荷運びに使ってない間はずっと食事をしているようなものだ。
いつも通り、片手に兜を抱えて作業場になっている建物に行く。
母屋の隣に建てられた大きめの平屋の建物は、広い出入口があって、作業中は壁が一面なくなったというくらいの出入口が開く。
「こんちわー」
「おう、いらっしゃい。準備出来てるよ」
挨拶に応えてくれた農場主とはもう何年もの付き合いになる。この農場では、いも畑の他に少しばかりの果樹園も持っている。その分、家族だけじゃ手が足りなくて、よそからも人を雇い入れて仕事を回している。
昔に比べれば、いくつも便利な魔法道具が出来て楽にはなったとは聞く。それでも山間の畑は段差が多く、平地よりは使い勝手が悪い。その分はどうしても人手を増やして作業するしかないという。
「じゃあ先に空の木箱からお願いします」
荷車に乗せてきた、空の木箱はここの農場の物だ。作物を入れて出荷した後、空っぽになったものは出来るだけ回収して農場に戻す。戻した分だけ次の買い取り価格が少しだけ安くなるという約束だ。
「おう、みんな、まずは空き箱を下ろすぞ、手伝ってくれ」
農場主の言葉で、建物の中で木箱にいもを詰めていた人たちが動き出す。
「うひゃー」
皆が軽快に動き出す中で、一人だけ変な声を上げて尻もちをついている。
ここには何年も通っていて、全員と顔見知りのはずだが、覚えがない顔だ。
「新しい人ですか?」
「ああ、親戚伝手でな。ちょっと前から来てもらったんだが……」
「な、なんなんですか、それ! 頭が! アンデット!?」
騒いでいるのはその人、一人だけで、他の人達はさっさと荷車から木箱を下ろし始める。
「頭ですか。ちゃんとありますよ。ほら」
手に持っていた兜ごと、クビの上に置いて見せるが、引きつった顔で見られただけだった。
「ほら、馬鹿言ってねえで仕事しろ。この人はうちの取引先だからな。迷惑かけんじゃねーぞ」
農場主に言われて、他の従業員に引っ張られて、やっとその人は木箱を運び始めたが、それでも視線はちらちらとこちらを見ている。
「あー。見たことない方ですかね。デュラハンとか」
「まあ、ちょっと遠くの村の出身だからなぁ。悪いな」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「ところでお前さんよう」
「なんでしょう」
「なんでいっつも鎧姿なんだよ」
「だって、街の外ですよ。魔物とか、怖いじゃないですか」
農場主はうさんくさそうな目で見てくる。
「このあたりで魔物なんて、まず出ねえぞ。万一出ても討伐ギルドがすぐ狩っちまうからな」
その万が一が怖いんだけど、街の外に住んでると感覚が違うのかな。
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