醸造所の吉田さん2

 タン、タン、タタタン。

 と軽快にリズムを刻む。

 気持ちだけ。

 実際には、ぐしゃぐしゃ、ぐっしゃしゃ。

 くらいの音がする。

 まぁ、しょうがない。ブドウ踏んでるんだから。


 ここは醸造所。ワイン造りの工房だ。

 ブドウを踏んで潰し、ワインを作っている。

 そんな中、一人だけカチャカチャとリズムの違う金属音を立ててる奴がいる。

 ミノタウロスの吉田だ。

 いつも通り、圧搾機の整備をしている。

 圧搾機は踏んで潰した後のブドウを絞るのに使う。なかなかに大きな圧搾機で、動かすのにもかなりの力を使う。

 吉田は、体はでかいが手先は器用で、圧搾機の整備だけじゃなく、ブドウを踏むのに使っている桶のタガが緩んだ時にも直してくれるし、ワイン樽が壊れた時にも直してくれた。なかなかに便利な奴だ。

 だが今日は何があったのか、時々手が止まっている。心なしか肩も落ちてるし何かあったのかね。

 視界の端っこで吉田の様子を見ながらも、ブドウを潰す足は止めない。

 足の感覚から、紛れ込んだゴミを拾って捨てる。

 最近はブドウの枝やら、小石やら混ざりものが多くていけねえ。分別の仕方がなってないな。

 日常は平穏と言えば平穏だが、こういうちょっとしたゴミが何かタガがズレてる感じがして収まりが悪い。


 ブドウが良い感じに潰れたところで桶から出る。

 終わる頃にはいつも蹄だけじゃなく、ズボンまでブドウで真っ赤になる。

 スボンはもうブドウの色が染みついてしまって、洗ってもなんとはなしにブドウ色だ。

 床をあまり汚さないように、ひづめを拭いてから樽にブドウを詰める。

 潰されたブドウのうち、半分程が圧搾機の中へ。残りの半分は、何日も発酵させた後で圧搾する。

 誰が潰したブドウをそのまま絞るのか、発酵させるのかは持ち回りだ。職人の違いで味に差が出来るのを防ぐためにやってることだ。まあ、そんなことをしなくても樽に詰める時でも、圧搾機に詰める時でも、潰し方がおかしいのは見れば分かる。潰し方が足りない奴は他の職人から吊し上げられてやり直しだ。

 潰したブドウを入れ終わったら樽を貯蔵庫に移す。貯蔵庫から戻ってくる頃には、圧搾機に掛けたほうも樽に詰め込み終わってるから、もう一度貯蔵庫だ。


 仕事の最後に使った桶や圧搾機を洗いながら、吉田に声を掛ける。

 どちらかと言えば話なんて酒の一杯も飲みながらのほうがいいんだが、吉田は何度誘っても飲みに来ないからな。仕事の間に話すしかない。


「おう、吉田、調子わるそうだな。どうしたよ」

「いや、ちょっと」

「なんだ、悩み事か? 悩み事なら話せよ。おっさんが聞いてやるぜ。解決はしないけどな」


 魔法道具から出る水で圧搾機を洗いながら、吉田が苦笑いをしている。


「で、どうしたよ。女にでも振られたか?」

「そんなことじゃないですよ」

「じゃあ、男に振られたか」

「そんなわけないじゃないですか」


 軽口を叩いてみるが、そこまでで沈黙が落ちる。

 まあ、無理やりに聞き出すものでもないし、言いたくないならそれでもいい。それに口に出した通り、話を聞いても解決出来る気はしないしな。ただ、内容によっては他に話を通すくらいは出来る。工房長にしても他の職人にしても、不満を直接言うのと誰かが仲立ちして伝えるのとじゃ受け取るほうの気持ちも違ってくる。特に吉田は役に立つ奴ではあるが、工房としては新入りに近い。言う相手によっては、不満の内容よりも先に「新入りが文句付けてきた」と中身を聞きもせずに怒り出すかもしれない。それなら、俺の意見として俺から伝えたほうが角が立たない。まあ、中身に納得出来たらの話だが。

 圧搾機が洗い終わる頃には、桶の洗浄も終わって工房の隅に立て掛ける。明日の作業前には乾いているだろう。

 周りの職人たちも含めて、さあ帰ろうかという雰囲気になったところで吉田が口を開いた。


「この圧搾機。もっと使い勝手が良く出来ないかと思って」

「ん? お前が整備するようになってから、随分とハンドルも軽くなったと思うぞ」

「あ、いや、そういうんでもないんですよ。なんていうか、峯岸さん達がやってるブドウ潰しも、これで一遍に出来たら楽になるかと思ったんですが、うまくいかなくて」


 少し呆れる。

 前にやろうとしてたのは知ってるし、その後もちょこちょこと、よく分からんものを組み立ててはブドウを放り込んでいたが、ひょっとしてずっとそんなことを考えてやがったのか。


「前に力が足りないってことでダメになったんじゃなかったのか」

「そうなんですが、魔力式にしたらどうかと思って、ちょっと伝手を辿って相談もしてみたんですが……」

「そりゃあ無理だろ。魔力式にして力が増えたら今度は圧搾機がぶっ壊れるわな」

「ええ、そう言われました。構造を変えないと無理だと」


 よくやるもんだ。

 若い奴が新しいことに挑戦することはいいんだが。ちょっとクギを差しとかないと他の職人に嫌われるかもなあ。


「そんなら別の物ってことで考えたらどうだ、圧搾機一つで片づけるんじゃなく、職人の代わりの機械を一つ、別に作るとかな」


 吉田がきょとんとした顔で見るから、最後に一言付け足す。


「まあ、やり過ぎて俺達職人がクビにされない程度にしてくれや」


 にやっと笑ってそう言うと、吉田はバツが悪そうな顔になった。

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