便利屋の近藤さん

 カラカラと馬車が走る。

 街の中は道が整備されていて揺れが少ない。

 馬達は並足で、別にスピードを出しているわけではない。

 車輪の音が街の喧騒に隠れるくらいだ。

 職人が多いこのあたりには様々な音がする。

 人々の声よりも、何かが動く音や、何かを打つ音のほうが耳につく。

 そんな音の中を掻いくぐって一軒の工房へ辿り着く。

 他の工房と違って、とても静かで、とてもシンプルな工房だ。

 外から見る限りでは何を作っている工房なのかさっぱり分からない。

 染物工房のように糸を乾しているわけでも、皮工房のように薬品の匂いがするわけでもない。ただ、何かの残骸が散らかっているくらいだ。


「こんにちは」


 工房の入口で声を掛ける。

 シンプルすぎる工房は入口を入ってすぐの部屋が作業場所で、扉を開ければたった一人の職人の姿が目に入る。


「こんにちは」


 作業を続けたままで反応のない職人に再度声を掛けても、一向に振り替える気配がない。


「こんにちは!!!」


 三度目の声でやっと、相手の顔が上がった。


「やあ、いらっしゃい。本日はどんな用事かね?」


 無駄に優雅な動作でウマ面がたてがみをなびかせた。



 ここは修理屋とか便利屋とか変人屋とか、まあ、そんな感じの呼び方をされている。

 魔法道具と呼ばれる、魔力で動く機械の修理なんかを請け負っている工房だ。

 工房長にして、たった一人だけの職員の名前は近藤さん。ウマ面だ。いや、種族で言えばケンタウロスになる。

 一般的にケンタウロスと言えば、下半身が馬で、上半身は人間と変わらない。ただ、近藤さんは上半身こそ人間っぽく腕があったりするがウマ面であり、あれは実はウマなんじゃないかと思ったりもする。髪も背中までかかる長髪なのが実にたてがみっぽい。


「紡績機の修理をお願いしたいと思いまして……」


 修理をお願いすると言っても、紡績機を持ってきているわけではない。

 大きさが大きさだ。分解しないと馬車では運べないし、分解したらどこが変だとか説明に苦労する。組み立て直したところで、問題が出なくなってしまったら手間だけかかる。

 一度、それをやってしまったことがある。

 分解して持ってきて、組み立てて説明をしようとしたらちゃんと動いてしまった。仕方がないから、もう一度分解して、持って帰って再度組み立てたら動かなかったということが。


「出張修理となりますが、よろしいですか?」

「もちろんだとも。作業中のものを片付けるから、少し待ってもらえるかな」


 意味なく爽やかな笑顔で答えると、近藤さんは機材を片付けにかかる。

 ランプのようなもの、何かの入れ物、よく分からない管に変な色合いの液体。

 片付けてはいくものの、数が多い上に洗浄も必要なようで、しばらく時間が掛かりそうだ。

 待つしかない。

 工房の入口でぼーっと待つ。

 椅子でもあれば座って待つ所だが、見た限りでは椅子はない。

 近藤さんはケンタウロスだから椅子は必要ないし、この工房に椅子という存在自体がないのだろう。


「気になるかね?」

「は?」


 ぼーっと待っていただけなのに、何を勘違いしたのかウマ面はそんなことを言い出した。


「知っての通り、私は魔力に変わるエネルギーの研究をしていてね」


 なぜか自分語りを始めた。


「魔法道具と呼ばれるように、機械の動力としては魔力が一般的だ。しかし、エネルギーとは魔力だけではないのだよ」


 いや、そういう話はいいんで、片付けを終わらせてくれませんかね。


「人それぞれに、魔力の強さは違う。もちろん、訓練で強化することは可能だ。しかし、それでは人の数で使えるエネルギーの総量が決まってしまうのも確かなのだ。魔力以外のエネルギーを動力に使うことで、魔力の強弱に関わらず、便利な道具を使えるようになる。私はそのための研究をしていてね」


 一応、話ながらも手は動いているようなので、またぼーっと時間が過ぎるのを待つことにする。


「エネルギーに使えるものは沢山あるのだが、保存という観点からは魔力が一つ飛び抜けて便利でね。そこがなかなかの難問なのだ」


 魔法道具は使う前に魔力を補充する。補充した分の魔力で動作するのが魔法道具というものだ。それは知ってはいても何を言いたいのかはよく分からない。


「君はエネルギーの種類を知っているかな」


 くるりと振り返り、言葉を続ける。


「まずは火。君も、食事時になれば火で焼いた肉や温めたスープを飲むだろう。それだけに魔力に次いで原始的なエネルギーとされているものだ。しかし、火は燃やすものがなければ維持出来ない。魔法で出した火は数瞬で消えてしまう。残念ながら火を保存して、使いたい時にだけ開放する方法はまだ発見されていない」


 大きく手を振りながら言葉は止まらない。


「次に風。翼を持つ種族ならば良く知っていることだが、空の上を流れる風の力はとても強い。空を飛ぶためには、風の流れを知ることが最も重要だと言われる程だ。しかしながら、常に風が吹くのはとても空高い場所のことだ。残念ながら街で使うには不都合と言わざるを得ない」


 キラリと流す瞳が無駄になまめかしい。


「そして水。水は物体であり、そこにあるだけではエネルギー足り得ない。しかし、川、海、水は流れるものだ。あれだけの重さを持った物体が流れることによるエネルギーは非常に強力だ。この街はともかく、遠くの国では、今も川の氾濫に呑まれる街や森が後を絶たないという。しかしこれも風と同様に、街で使うに不都合だ。街が水に飲まれるのと引き換えではどれだけのエネルギーがあっても使うには不自由過ぎる」


 腕をこちらに突き出し、手のひらを上に向けてポーズをつける。


「さらには、光や雷など、まだ魔法という形でしか発生させることが出来ていないエネルギーもある。これは未知であるがゆえに可能性がある」


 ぐぐぐっとウマ面が近づいてくる。鬱陶しい。


「そしてそれらのエネルギーを自由に使えるようにすること。これこそが未来を作り出すではないのかね?」


 余韻に浸るかのように静止する近藤さんに、俺が掛けられる言葉はたった一つだった。


「それより早く行きません?」


 沈黙が、落ちた。

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