第8章 6 偽物世界の始まりの発端

「わ・・私が自分の意思で、この世界に戻って来ていたの・・・?」


するとその言葉に黙って頷くエルヴィラ。


「そんな・・・てっきり私はこの世界の皆に呼ばれて・・・そして、帰らなくちゃと思っただけなのに・・・。」


するとエルヴィラが言った。


「・・・帰りたいですか?」


「え?」


「ハルカ様は・・・元の世界へ帰りたいですか・・・?」


「帰れる・・・の?元の世界へ・・・?」


「はい、私の力は・・・もう1つの別の世界が作られた事によって力が半減してしまいましたが・・・方法が無いわけではありません。」


「どんな方法・・?」


「アカシックレコードを手に入れるのです。」


「えっ?!」


アカシックレコード・・・。マリア先生・・うううん、違う。それは・・エルヴィラが以前に教えてくれた事・・・。


「この世界が出来たばかりの頃・・・。私はアカシックレコードを所持した状態で誕生しました。けれど・・・貴女の住む世界へ移動する為にアカシックレコードの力を使いました。そして・・次にあの女を連れてきた時にアカシックレコードは次元の渦へと消えてしまいました。やはり2人の人間をこちらの世界へ連れて来るには少々無理があったのでしょうね。」


 2人の人間・・・?

「あ、あの・・・2人の人間て・・?」


「はい。ハルカ様の小説を・・・勝手に作り替えた人間の女です。私はこの世界を滅茶苦茶にした女に罰を与える為にこの世界に連れてきました。そしてジェシカ・リッジウェイの故郷であるヨルギア大陸のリマ王国の町に置いてきたのです。占い師としての能力を与えて・・・。もしハルカ様がいつか貴女の元を訪れて、彼女の力になってあげられれば、元の世界へ戻してやろうと伝えて・・・・そして彼女は何十年も貴女を待ち続け・・・ようやくハルカ様を助けてあげる事が出来た。そこで私は約束通り彼女を本来の姿に若返らせ、元の世界へ・・・同じ時間枠へと返しました。今頃はもう日本で普通に暮らしているのではないでしょうか?」


私にはエルヴィラの言ってる話が少しも理解出来なかった。

「待って、私・・・・そんな女性に会った記憶が無いのだけど?」


「ええ、そうでしょうね。あの女の記憶をハルカ様に残したくは無かったので、女の記憶は忘れるように私があらかじめ術をかけておいたのですから。」


淡々と語るエルヴィラ。


「私は・・・一体彼女に何を助けて貰ったの・・・?」

知りたい。今は記憶に残らないその女性の事を・・・・。


「ハルカ様は・・忘れてしまったノア・シンプソンの記憶を取り戻すために、その女の元を訪ねたのです。・・・あの女は何十年も貴女を待ち続けていました。・・半ば諦めて、このままこの世界で死ぬのだと思っていた矢先に貴女が尋ねてくれたのですから・・・さぞ嬉しかったと思いますよ?」


エルヴィラはニコリと微笑んだ。


「だけど・・・彼女が乱したこの世界は元には戻らない・・・。魔界と人間界を封印する門はあの女が生み出した悪しき心を持つソフィーによって破壊され・・・ずっと魔王の力を自らの意思で抑え込んでいたドミニクは、あの女の悪影響で魔王として目覚めてしまい、魔界へ行ってしまった・・。」


「エルヴィラ・・・。本当に・・・何もかも貴女は知ってるのね・・?」


「ええ。私はハルカ様が生み出した・・・『この世の全てを知る者』ですから。それで・・ハルカ様・・。どうされますか?魔界へ行きますか?」


「・・・行く。魔王になったドミニク公爵を・・・元の人間の心に戻す事は・・・出来る?」


「ドミニクは・・・まだ半分は人間としての自我が残されています。今ならまだ間に合うかもしれません。ハルカ様。行くなら是非、この私を連れて行って下さい。私は・・・必ず貴女のお役に立ちますっ!」


「本当に・・・・?本当に一緒に行ってくれるの?」


私はそっとエルヴィラの手に触れながら尋ねた。


「勿論です。私程・・・適任な者はいないと思います。」


エルヴィラは私の手をしっかり握り返すとほほ笑んだ。


「ありがとう、エルヴィラ。それじゃ、皆の元へ一度戻りましょう。」


「ええ・・・。でもその前に・・・先にやるべき事があります。」


「アカシックレコードをまずは取り戻さなければなりません。あの偽物ソフィーも今、アカシックレコードを狙っています。」


「え?ど、どうして偽物ソフィーがアカシックレコードの事を知ってるの・・・?」


するとエルヴィラが苦しそうに一瞬だけ顔を歪めると頭を下げた。


「申し訳ございません・・・・。ハルカ様。私は一度だけ・・・失態を犯してしまいました。」


「え?失態って・・・?」


「私はこの世界の誕生と共に存在していました。貴女の書いた小説の始まりは・・・今から約300年前、魔王と人間界、そしてここ『狭間の世界』を巻き込んだ戦いから始まっています。私はその時に誕生しました。・・・やがて、戦いは人間界と『狭間の世界』の勝利によって幕を閉じ・・・時が流れて、そしてついに貴女の書いた小説のヒロインがこの世界に誕生したのです。私はどうしても一目だけでも聖女ソフィーに会ってみたくなり・・・彼女が『セント・レイズ学院』に入学する10年前に・・彼女に会いに行ったんです・・・。」


エルヴィラは項垂れた。


「え・・・?会いに・・?」


「ええ・・・。小説の中ではそんな展開はありませんよね?私は只の傍観者でいなくてはならなかったのに・・・掟を破ってしまいました。でも、それも元をたどれば・・・結局はあの女の書いた小説の力が働いていたのだと思います。兎に角・・私はどうしても会いたくて、ソフィーの住む村を旅人の振りをして訪れました。そこに・・今は自らをソフィーと名乗るあの娘も同じ村に住んでいたのです。」


「えっ?!」

私はその事実に驚いた。そんなに昔からあの2人は知り合いだったの・・・?


「あの娘は・・・育った環境が悪かったのか・・・あの当時からひねくれた・・悪しき心を持った人物でした。彼女の家は宿屋で、私はそこの宿に滞在中・・・彼女は私の持っているアカシックレコードに何故か目を付け、盗み出したのです。最もそれはひょとすると親の命令だったのかもしれませんが・・。ですが、私はあの本に封印を掛けておきました。悪しき心を持った人物には決して開く事も、また誰かに開いて貰っても本の中身を理解出来ないように・・・。」


エルヴィラはそこで一度言葉を切ると、続けた。


「そこで彼女は自分の友人でもあったソフィーに頼んだんでしょうね。彼女なら代わりに本を開いて読む事が出来るのかもと直感的に何かを感じたのかもしれません。」


「・・・。」

私は黙ってエルヴィラの話を聞いていた。


「そして私が2人を発見した時には・・・・もう手遅れで2人はあの本に書かれていた内容を知ってしまいました。一度でもアカシックレコードに触れると・・・叡智が身につきます。皮肉な事に私はあの娘に・・・知恵を与えてしまったのです。すぐに私は2人からアカシックレコードを取り上げ、記憶を封印する術を掛けたのですが・・・不完全だったのでしょうね。学院に入学する時には既に2人ともアカシックレコードの記憶を取り戻していたようでした。」


「エルヴィラ・・・。」


「そこからどういう経路があったのかは分かりませんが、本物の聖女ソフィーは彼女によって全くの別人にされ、名前も記憶も書き換えられてしまい、自分自身を・・・今の偽のソフィーに奪われてしまったのです。私は・・・何とか手を打とうとしたのですが、その矢先にこの世界のジェシカ・リッジウェイが命を落とすという悲劇に見舞われ・・・、今の世界が貴女の作品を奪い、書き換えた世界にすり替わっていたのだという事実に気が付きました。貴女ならこの世界を元に戻せるのではと思い、人間界へ来てみれば・・・貴女は虫の息だったんです。」


エルヴィラは悲しげな顔で私を見た。


「この世界に2人の人間を連れてきて、アカシックレコードを失ってしまった事を今のソフィーは知っています。彼女はアカシックレコードを手に入れ、完全なソフィーになろうとしています。ハルカ様。あの女よりも早く、アカシックレコードを見つけ出して下さいっ!」


そう言うと、エルヴィラは私に頭を下げた—。









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