第7章 5 彼の声

 私が夢の中で見た光景・・・・。

それは目の前の彼が鉄仮面の下から血を流し、ベッドに伏している姿だった。

そして、傷ついている彼を看病していた彼女は・・・一瞬見えた姿は・・・アメリアだった。

そして・・夢の中で彼女が歌い始め・・・奇跡が起こった最後の瞬間・・それは瞬きをする程の短い時間だったが、私は彼女の真の姿を見たのだ。

緩やかにウェーブのかかったストロベリーブロンドの髪・・・青く澄んだ瞳・・そして愛くるしい笑顔の彼女は・・・ソフィー・ローラン。

私が書いたこの小説のヒロインだった。

 一目見てすぐに分かった。ああ、やっぱり彼女が本物のソフィーなのだと。

だから・・・アラン王子やノア先輩、ダニエル先輩・・・ついでに元生徒会長があれほど強く惹かれたのだ。

今、聖女として君臨し、さらには魔界の門を開けただけでなく何処かに行方をくらましてしまった彼女は真っ赤な偽物。

どういう経路でこんな事になってしまったのか、私にはさっぱり理由が分からないが、アメリアは本来の自分を・・偽物のソフィーに奪われてしまったのだ。

姿だけでなく、その役割も・・・。

では、あのソフィーの正体は何なのだろう?恐ろしい魔法を使い、人々の心を自在に操り・・・尚且つ今私の目の前にいる彼を呪いにかけて苦しめるなんて・・本当に只の人間なのだろうか・・?


『どうした?』


不意に彼が私の肩を叩き、メモを見せて来た。


「あ、すみません・・・。少し考え事をしていて・・。」


すると彼は首を傾げて私を見る。


『考え事?』

まるで私にそう尋ねているように感じたので私は言った。


「魔界の門を開けたソフィーは一体何処へ消えてしまったのかなって思って・・・。」


『分からない・・・。でも・・あんな女なんて、もうどうでもいい・・・。』


「でも・・貴方に呪いをかけたのはソフィーなんですよ?ソフィーなら呪いを解く方法を知ってるはずです。私は・・貴方の呪いを解きたいんです。」


『え・・?今何て答えた・・・?』


「え?あ・・・わ、私・・。」


今になって私は気が付いた。

「あれ・・・・?どうして私、貴方と普通に会話しているんだろう・・・?」

そして目の前にいる彼を見上げる。すると彼も私をじっと見降ろし、再び私の頭の中に彼の声が聞こえて来た。


『どうして・・・俺の話そうと思っている言葉が・・・お前に伝わっているんだ?』


そんな事を聞かれても、私には分からない。いや、むしろ誰かに教えて貰いたい位だ。一体何故急にこんな事になってしまったのか・・。それとも一緒に居る時間が長かった為、何らかの力が働いて私に彼の言葉が聞こえるようになったのか・・・?


「わ・・・分かりません。何故こうなったのか私には分かりませんけど・・・何故か貴方の言葉が頭の中に聞こえてくるんです。・・・ひょっとすると貴方と一緒に居る時間が長いから・・でしょうか?」


『・・・名前・・・。』


「え?」


『お前の名前・・・何だっけ?』


「ジェシカです。ジェシカ・リッジウェイ」 


『ジェシカ・・・。』


初めて名前を呼ばれた。


「はい。」


『俺を看病してくれた女とは・・・一度も意思疎通が出来た試しは無かった。お前よりもずっと長い時間一緒に過ごしたのに・・・。』


私は頭の中に流れ込んでくる彼の言葉を黙って聞いていた。すると彼は突然私の両手を握り、自分の額に持って来た。


『こうしていると・・・すごく落ち着く。それに・・不思議な事に・・・俺はお前の事を以前から知っていたような気が・・・するんだ。』


私は黙って彼の話を聞いていた。何故か・・・今すごく重要な話を聞かされている気分になったからだ。


『お前・・・やっぱり俺の聖女に・・・向いているんじゃないか・・・?』


その時、私は自分の左腕が光っている事に気が付いた。そして今目の前にいる彼の右腕も光っている。が・・・彼はその事には気が付いていない様だった。


彼に・・・私の腕が光っている事を悟られてはいけない。

咄嗟に彼の腕を振り払い、私は自分の左腕を彼の目に触れないように後ろ手に隠した。彼に・・・私のこの腕は見られてはいけない!何故かそう強く思ってしまったのだ。だって・・・きっとこの人はソフィーの聖剣士になる人だから・・・。そして、彼もまたアラン王子達のように・・・彼女を愛するに決まっているから・・。


『嫌・・・だったか?』


その声はどこか悲しげだ。


「い・・・いえ、嫌だとかそういう訳では無く・・た、ただ・・驚いただけです。」


『手を握っただけで?・・・もう何回も俺はお前を抱きしめた事もあるのに・・・?その時は今のような態度をとってはいなかったぞ?何故なのだ?理由があるなら教えてくれ。』


「も・・・もうその辺で・・許して下さい・・・。」

理由?そんな事・・・聞かれても私には分からない。ただ・・あまり親しくなっては駄目だという警告が私の中で聞こえて来る。

何故親しくなってはいけないのか?

自問自答してみる。


・・・・それは・・この人は・・・真の相手に巡り会えたら、その人の元へ行ってしまうから・・・。親しければ親しいほど、悲しみが強くなるから・・これ以上深入りしては自分が傷つく事になるから・・。


『仮面を被ったこの俺が・・・怖いから?』


突然不意を突かれた彼の言葉に私は顔を上げた。

「そ、そんなんじゃ・・・・ありません。」


少しの間、彼は私を見つめて・・・言った。


『あと・・2時間もすればお前の仲間達とワールズ・エンドで合流だ。・・・湖の場所は大体分かる。・・・馬に乗って探しに行こう。』


彼は私から視線を逸らすと言った。


「は、はい・・・。」

私は自分の左腕と彼の右腕を見た。

もう、私達の腕は・・・光ってはいなかった・・・。


 彼の転移魔法で神殿に戻った私達は、彼には自分専用の馬がいる事を教えられた。

そして神殿の裏手に行ってみると小さな厩舎があり、そこに1頭の馬がいた。

彼は素早く馬にまたがると私の腕を掴んで軽々と引き上げ、自分の前に座らせると言った。


『馬に乗るのは初めてか?』


「い、いえ。・・最近初めて乗せて貰いました。」


『・・・そうか、なら多少は慣れているんだな?なら・・・行こう。』


彼は馬を走らせた。馬上で私は彼に尋ねた。


アメリアさんとは・・・どのくらいまで一緒に居たのですか?」


『・・・丁度お前の手配書が学院中に貼られる頃だ。その日を境に城から姿を消した。俺は・・ソフィーに当然尋ねたよ。そしたら・・・仮面が締め付けだして・・・。』


彼の話に私は慌てた。


「ま、まさか・・・アメリアさんの事を考えただけで仮面の呪いが発動するのですか?!」


『いや。それはないな・・。それだったらアメリアを探しに等行けないだろう?』


あ・・・そうだ。言われてみれば確かに。アメリアの事で呪いが発動するなら、今頃彼はマスクによって苦しめられているはずだ。


「そう・・・ですよね。言われてみれば確かに・・・。で、でもソフィーが貴方を監視していたから・・・彼女を探しに行けなかったんですね?」


しかし私の問いに彼は意外な事を言って来た。


『いや・・そもそも探しに行こうと言う気持ちにすらならなかったんだ・・・。散々俺はあの女に世話になってきたのに・・・。今だって、そうだ。ただお前に彼女を探す手伝いを乞われたから、今一緒に探しに行こうとしているだけなんだ。』


「え・・・?」

振り返って思わず彼を見上げる。


『薄情な・・・人間だと思っているだろう?自分でもそう思う。だけど・・・こんな風に思うのもひょっとするとソフィーの暗示にでもかけられているのかもしれないな。アメリアには執着するなって・・・。』


「・・・。」

考えて見れば確かにそうかもしれない。だってアメリアこそ本物のソフィーなのだから。だから・・偽物のソフィーはアメリアを自分の監視下に置いたんだ。


『・・・湖が見えてきたぞ。』


彼の言葉に私は前方を見た。

この湖のどこかに・・・城があるんだ・・・。

アメリア、いいえ。

この世界の本物の聖女、ソフィー。

必ず貴女を見つけて助け出してあげるからね—。











 


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