第4章 13 ドミニク公爵の苦悩

「・・・・。」

どうしよう、何と答えれば良いのだろうか。今の・・・公爵は私が知っている以前の公爵なのだろうか・・・?

思わず視線を逸らすと、両肩を掴まれた。


「目を逸らすな。ジェシカ・・・・。」


公爵は真剣な眼差しで私を見つめて来る。目を逸らすな・・・・。この言葉は今迄にもう何度も聞かされ続けた言葉・・・。

だけど、私・・・。

「ご、ごめんなさい・・・。ドミニク様・・・。」


「ジェシカ・・・?」


公爵の顔に困惑の色が浮かぶ。


「手を・・・手を離して頂けますか・・・?」

先ほど黒い物体のようなものが公爵から抜け出て行ったのは見えたが、これで彼が正気に戻ったかどうかなんて、私には判断が出来ない。だから・・用心しなくてはならない。今の公爵は私にとって・・アラン王子よりも危険な存在なのだから。


「ジェシカ・・・俺が・・・怖いか?」


悲しみの色を称えた顔を見せる公爵に私は黙って頷くと、小さくため息をついて公爵は肩から手を離し、私から距離を取った。


「・・・これでいいか?ジェシカ。」


「すみません。・・ありがとうございます。」

頭を下げると公爵の顔を見た。公爵は・・・最初にこの部屋で出会った時とは雰囲気がまるで変っていた。禍々しい雰囲気は消え去り、何処か憂いの帯びたオッドアイの瞳は・・・以前の彼と同じものだった。


 そして今・・・私と公爵の紋章は互いに反応して光り輝き、薄暗い部屋を照らしている。


「初めてだ・・・。」


公爵はフッと笑みを浮かべ、私を見た。


「え・・・・?」

何が・・初めてだと言うのだろう?


「俺の腕の紋章が・・・こんな風に光り輝くなんて・・初めての経験だ。聖女であるはずのソフィーが近くにいても・・こんな風に光った事等今迄一度も無かったのに。」


自分の右腕を見つめながら公爵は言う。

そう言えば・・・アラン王子も同じ事を言っていた。でも・・・一体何故?

本来の小説通りなら、ソフィーは間違いなく全ての聖剣士の聖女になるはず。

それなのに・・・聖剣士であるアラン王子も、ドミニク公爵までもが紋章が光り輝いたことは無いなんて。


「不思議だ・・・。」


「え・・・?」


「俺は・・・記憶が殆ど曖昧なんだ・・・。魔界へ向かったお前を追ってアラン王子と『ワールズ・エンド』へ向かったらしいが・・・その記憶すら・・残っていない。勿論・・アラン王子もだ。」


 公爵の言葉に私は頭の中が真っ白になるのを感じた。

そ・・そんな・・・覚えていないなんて・・。それじゃ・・アラン王子にマシューの事を尋ねても分かるはずなんか無い・・。

やはり・・こうなったら直接ソフィーにマシューの事を尋ねるしかないの・・?


「時折・・・自分が正気に戻る時間があるのだが・・・その時間の感覚もだんだん短くなってきている。今では1日の殆どの記憶が無いんだ・・。」


寂しげに言う公爵の言葉に私は耳を疑った。え・・?それじゃ・・・完全にソフィーの操り人形になってしまった訳では無かったのだろうか?


「だけど・・・本当に参るよな。食事をしていたと思ったら・・・次に意識が戻った時には神殿にいたりと・・・。時には・・・あの女のベッドで目覚める時もあるし・・・っ!」


公爵は悔しそうに下唇を噛み締めながら俯く。


「・・・・っ!!」


その言葉を聞き、私は思わず声にならない悲鳴を上げそうになった。

同じだ・・・・ドミニク公爵も・・・アラン王子と同様に苦しんでいたんだ・・。

だけど・・どう見てもアラン王子よりも強い呪縛にかかっているのが何故か私には分かった。


「今だって・・・何故自分がここにいるのかが分からない。でも・・きっと・・お前を連れ去る為にここへ来ていたんだろうな・・。だけど・・・驚いたよ。気が付いてみれば俺はジェシカ・・お前の腕を掴んでいたのだから。すまなかった・・。強く握りしめて・・・痛かっただろう・・?」


公爵の瞳には・・・悲し気な色が宿っている。

「いいえ・・・私は大丈夫です。」

首を振って公爵に答えた。


「それにしても・・・不思議な感覚だ・・。」


公爵は自分の光り輝く腕を見つめながらポツリと言った。


「何が・・・ですか・・・?」


「この光を見ていると・・・心が穏やかになっていくんだ・・。お前が門を開けたあの日から、ずっと俺の心の中にさざ波が立っているような感覚に襲われていたのに・・今は・・・とても穏やかな気持ちでいられているのが分かる・・。」


「ドミニク・・・・様・・。何故・・私の居場所が分かったのか・・・ご存知ですか?」


私は自分の光る左腕を押さえながら尋ねた。


「それは・・・お前の中に眠っている魔力を少しだけ自分に移したんだ・・。俺と・・お前が触れ合ったあの時に・・。いわゆる『逆マーキング』と言えば分かるか?」


若干頬を染めながら公爵は言った。

そうか・・・あの時私は気が付かないうちに公爵が・・・。それなら・・。

「で、では・・・。ドミニク様は私が何処へいるのか・・全て把握されていたのですね・・・?」

スカートの裾をギュッと握りしめながら私は言った。


「ああ・・。少なくとも自分の意識がある時は・・・分かっていた。」


そ、そんな・・・・それじゃ何処へ逃げても私の居場所は全て公爵にはバレていたんだ・・・!幾らアラン王子から逃げる為にデヴィットにマーキングを消して貰っても無意味だったなんて・・・!


「だから・・・嬉しかった。」


突然公爵の声のトーンが優しくなった。


「え?嬉しかった・・・・?」


「ああ・・・。ずっと心配していたんだ・・・。ジェシカが突然消えてしまい、何故か周囲からお前の記憶が消えてしまい、俺は正直焦った。何度も行方を探そうとしたが・・・その度に何者かに身体を乗っ取られたかのような感覚に襲われ、次に自分を取り戻した時には全く違う行動を取っている自分がいるんだからな・・・。正直言うと・・もう心が折れそうだった・・・。これ以上正気を保てる自信が無い。今に・・きっと自分の全てがもう1人の俺に・・奪われてしまうんだろうな・・。って何故泣く・・・?ジェシカ。」


「え・?あ・・わ、私。」

そう・・・私は気が付けば、公爵が哀れで・・・涙を流していたのだ。慌てて下を向いて涙を拭う。そんな私を少し距離を置いた場所で見つめていた公爵が言った。


「ジェシカ・・・。お前の側に・・行ってもいいだろうか・・・?」


まるで許しを乞うような言い方に・・・私は自分から公爵の元へ近付き、すぐ側で立ち止まった。そんな私を公爵は目を見開き、見つめている。


「ジェシカ・・・お、お前に・・触れても・・・いいか・・・?」


頷いた、次の瞬間・・・私は公爵の腕の中にいた—。


「ジェシカ・・・ジェシカ・・・・。」


公爵はまるで熱に浮かされたかのように私を強く抱きしめ、髪に顔を埋めて私の名前を呼んでいる。その時・・私は公爵から・・・魔族特有の香りをふと感じた。

え・・・?何故・・・公爵から・・マシューやヴォルフのような香りを感じるの?

だけど・・・私はこの香りが・・すごく好きだ・・・。

その時、公爵が突然私の耳元で囁いた。


「ジェシカ・・・・。お前の未来は・・・変わったのか・・?」


「!」


驚いて、顔を上げた瞬間公爵が一瞬唇が触れるだけのキスをしてきた。


「ド・ドミニク様・・・?」


「ジェシカ・・・お前の未来では今もやはり・・俺が・・お前を捕らえて罪を言い渡すのか・・?」


私の頬を撫でながら公爵は言う。


「は、はい・・・・。残念ながら・・・私の未来は変わっていません・・・。」


「そうか・・・。」


寂しげに笑うと、再び公爵は力強く抱きしめて来ると言った。


「不思議なんだ・・。今まで・・こんなにも長く自分の意識を保てた事は無かった。俺は・・あのソフィーに聖剣士としての忠誠を誓ってしまったが・・・お互いの紋章が光った事が無いので・・・聖剣士と聖女の正式な誓いを結んではいないんだ・・・。」


「・・・・。」


私は黙って公爵の話を聞いていた。


「ジェシカ・・・お前には・・・・もう聖剣士は・・いるのか・・?」


「・・います。」


「そう・・・か・・・。いたのか・・・。」


「俺は・・・ソフィーから逃れたい・・。お前を捕らえて流刑島へ送るなんて事は・・・したくないんだ・・・。」


「ドミニク様・・・・・・っ!」


顔を上げた途端、突然公爵が深い口付けをしてきた。反射的に押しのけようとしても力が強すぎて敵わない。

な・・何故こんな事をしてくるのだろう。ひょっとすると公爵はまだ私の事を・・?

深く長い口付けに魔族特有の香りで思考能力が奪われ、頭の芯が痺れて来た頃・・・。


「誰だっ!そこにいるのはっ!」


突然激しくドアが開け放たれ、中へ誰かが飛び込んできた。

あ・・あの声は・・・。


私が口付けられているのをデヴィットが見たのか、息を飲む気配が伝わった。


「き、貴様・・・・ッ!ジェシカに何をしているんだっ!!」


「しまったっ!時間切れか・・。」


公爵は私の身体から素早く離れると笑みを浮かべながら言った。


「ジェシカ・・・会えて良かった。やはり・・俺はお前を愛しているよ。」


「ドミニク様・・・っ!」


「な・・・何だとっ?!」


怒りに震えたデヴィットをチラリ見ると公爵は転移魔法で姿を消した—。















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