第3章 3 男装の麗人、迫られる

 突然デヴィットは私の左腕を掴むと言った。


「ジェシカ・・・実は・・前から気になっていたことがあったんだ。いっそ何も気が付かないフリを通し続けようとも思っていたが・・・やはり聞かせてくれ。何故・・お前から一度も嗅いだことの無い魔力の匂いを感じるんだ?これは・・・人の魔力の匂いとは明らかに異なっている。一体どう言う事なんだ?」


 ああ・・そう言えば彼はとても勘が鋭い人だった。確かに私は夢の世界でノア先輩と・・・。

でもそれはマシューともデヴィットとも知り合う前の話だった。けれど・・・今私の腕を掴んでいるデヴィットの色々な感情が入り混じったかのような瞳を見ていると・・・彼に対する罪悪感ばかりが募って来る。


「あ、あの・・そ・それは・・・。」


その時・・・


「君、いい加減にするんだ。お嬢さんが怯えているじゃないか。」


2人の間に割って入って来たのはマイケルさんだった。


「・・・・。」


デヴィットは一瞬マイケルさんを見て・・掴んでいた私の手をパッと離した。


「どういう意味の話をしていたのか、俺にはさっぱり分からないけれども・・・お嬢さんがこんなに怯えているんだ。この辺で勘弁してあげてよ。それに・・・今大事な事はダニエルという人物をお嬢さんと会わせる事じゃないかな?」


さり気なく私の前に立って話をするマイケルさん。


「あ・・た、確かにそうだったな・・・。すまなかった、ジェシカ。その・・・痛くなかったか?」


デイヴィットは酷く落ち込んだ顔で私を見つめているので、敢えて私は笑顔で言った。

「いいえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい。それよりも・・・早くダニエル先輩の元へ行きませんか?」


「そうだな・・・。今はまだ授業中だけど・・・・どうだ?ノア・シンプソンはまともに授業すら受けていない学生だったと聞いているが・・ダニエルはどうだ?真面目に授業に出席するような男なのか?」


何故かメモ帳を取り出しながら質問してくるデヴィット。え?そこで・・・メモ帳って必要?


「多分・・・ダニエル先輩はちゃんと授業に出席する方だとおもいますけど・・?」

首を傾げながら返事をする。ダニエル先輩はいわゆるツンデレキャラ。一見冷たい雰囲気を持ってはいるものの・・・気を許した相手には途端に甘々な態度で接してくる人だ。多分、あの先輩は真面目に授業に出ているんじゃないかな・・・?


「よし、分かった。今からダニエルのいるクラスに行って来る。」


とんでもない事を言い出した。


「ええ?君・・・正気で言ってるのかい?今はまだ授業中だと話していたばかりじゃ無いか・・・。」


「そうですよ、デヴィットさん。一体何考えてるんですか?」


デヴィットの袖を引っ張って歩き出そうとするのを必死で止める私とマイケルさん。


「姿を見られるのを心配しているのか?それなら大丈夫だ。俺は自分の姿を消す事が出来る魔法を使えるから・・・。」


「い、いえ。何も・・・そこまで急ぐ必要は無いと思いますけど?!」

う~ん・・ここまで彼はせっかちな人だったのだろうか・・・?


「そうそう、焦りは禁物だよ。」


マイケルさんは至極まっとうな事を言ってくれる。


「それに俺としては、もう少しこの学院を美少年になったお嬢さんと散策したいしね。」


・・・前言撤回。マイケルさん・・・やはり貴方は・・・・??


「あの・・・今授業中なら私・・行ってみたいところがあるのですけど・・・。会いたい人がいるんです。・・まだいてくれるといいけどな・・・。」


俯いて呟くと、ふと視界が暗くなる。

「え・・・?」

顔を上げると、何故かデヴィットとマイケルさんが至近距離で見下ろしていた。

「あ、あ、あの・・・・お2人とも・・・・な、何か・・・・?」


「ジェシカ・・・・お前・・まだ他に会いたい男がいたのか?」


怒りを抑えた笑い顔を見せるデヴィット。


「お嬢さん・・・・君は中々恋多き女性なんだね・・・・?」


笑みを称えながら、苛立ちが含んだ声色のマイケルさん。な・・・何か怖いんですけど・・・?


「あ、あの・・・今私が会いたいと言った相手は女性ですっ!アメリアと言う名前の女性でこの学院の図書館司書をしているんです。決してお2人が考えているような事ではありませんから・・・。」

ああ・・・何故私はこの2人に言い訳めいた話をしなければならないのだろうか・・・。



「本当に・・・俺達はついてきたら駄目なのか?」


恨めしそうな目で私を見つめるデヴィット。


「心配だなあ・・・・お嬢さんに万一の事があったらと思うと・・。」


マイケルさんは不安気に私を見る。


「大丈夫ですよ。ここは学院の図書館なのですから。それに女だけの秘密の会話があるんです。申し訳ありませんが。お2人はこちらで待っていて頂けませんか?」


何とか2人を説得し、私は1人で学院の図書館の中へ入って行った。


「アメリアさん・・・いるかな・・・?」


今は授業中と言う事もあり、図書館の中は学生の姿が1人も見えず、静まり返っている。シンとした図書館をなるべく足音を立てないように私はカウンターへと近づいた。

「あの・・・少しよろしいでしょうか・・・?」

遠慮がちに声をかける。そして私に気が付き、顔を上げた女性は・・・アメリアはでは無い全く別の女性だった。顔にそばかすがあり、緑色のショートヘアの少し幼さの残るその女性は・・何故か私を見ると一瞬で顔を真っ赤に染めた。


「は、はいいいっ!な、何の御用でしょうか?!」


静かにしておかなければならない図書館に女性の声が響きき渡る。


「あの・・・実はお伺いしたい事が・・・こちらで働いている女性でアメリアと言う方はいらっしゃいますか?」


しかし、女性は私の声が聞こえていないのかボ~ッとした目つきで私を見つめ、返事が無い。・・・困ったな・・・。


「あの・・・聞こえてますか?」


顔を近付け、再度尋ねると何故か女性は悲鳴を上げた。


「キャアアアアッ!」


思わず身を引いたが、女性の様子が気になるので声を掛けた。

「あの~・・・だ、大丈夫・・・ですか?」


すると女性はうっとりとした目つきで私を見つめて呟いた。

「な、なんて美しい方・・・。」


あ、何・・・この目・・・。そう言えば忘れていたけど、私男装していたんだっけ・・・。まさか『魅了の魔法』が発動しているんじゃ・・・?

一瞬、このまま引き返そうかと思ったけれども私はどうしてもアメリアと会いたかったので、熱い視線を送る彼女に私は尋ねた。


「あ、あの・・・お尋ねしたい事があるのですが・・・こちらにアメリアという女性の司書の方はいらしてませんか?」


「え・・ええ・・?アメリア・・・さん・・・という方ですか?」


「はい、そうです。」


「あの・・そのような方・・存じ上げませんが・・。申し訳ございません。」


やはり・・・何となくそんな予感がしていたが、いざ話を聞かされると・・・やはりショックだ。


「そう・・ですか・・・。残念です。以前こちらでお仕事をされていた女性だったのですが・・・。」

思わず落胆すると、不意に目の前の女性から手を取られた。え?


「まあ・・・お顔だけでなく・・お肌も女性のように美しい・・・。」


そして女性はうっとりした目つきで私の手を撫でまわしてきた。え?え?何・・・?


「アメリアさんと言う方は・・・ひょっとすると・・貴方の想い人なのでしょうか?」


少し悲し気な、潤んだ瞳で見つめられ・・・腰が引けそうになって来た。

「い、いえ・・・。そうではありません・・・。彼女は友人です・・・けど?」


「まあ、そうなんですか?!あ、あの・・・私はジャネットと申します!それで・・・貴方のお名前をお聞かせいただけませんか?」


「え?え?わ、私の名前ですか・・・?」

何だか目の前の女性の瞳に狂気めいた光を感じる。ひえええ・・・こ、怖い・・・!



その時―。


「君、俺の弟が怖がっているから・・・その手を離して貰えないかな?」


背後で声がして・・・振り向くとそこには笑顔で立っているマイケルさんがいた—。









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