第4章 8 もう一つの『ワールズ・エンド』
え・・・・・?ヴォルフとフレアは人間界へ行く事が出来ないの・・・?
私は皆の顔を見渡した。
フレアとノア先輩は顔色が青ざめているし、ヴォルフに至っては怒りに燃えたような顔つきをしている。
「お・・おい・・・。一体どういう事なんだよ・・。身体が溶けるだって・・?」
ヴォルフが声を震わせながら言った。
「言葉通りだ。・・・なら実際に試してみる事だな。」
そう言うと、総裁は消え失せてしまった。
「「「「・・・・・。」」」」
私達は皆言葉を失ってしまった。ただ一人、アンジュを除いては。
「君達・・・・これから一体どうするつもりなんだい?」
アンジュは何故か私にではなく、ヴォルフの方を見つめながら言う。
「そんなのは・・・もう決めた事だ。俺は・・ジェシカ、お前と人間界へ行く。」
ヴォルフは私を見つめると言った。
「ヴォ、ヴォルフ・・・。だ、だけど・・・。」
本当に大丈夫なのだろうか?
「あいつが言ってるのは、ただのはったりかもしれないだろう?まずは実際に通れるかどうか試してみるだけだ。」
ヴォルフは笑みを浮かべながら言った。
「・・・私も・・勿論行くわよ。」
「フレア・・・。」
ノア先輩はフレアの肩を抱くと言った。
「ねえ・・・フレア。僕は・・もう人間界へ帰らなくてもいいと思っているよ・・?君と一緒にいられれば、何処で暮したって構わないと思ってる。」
「ノア・・・。」
フレアはノア先輩の肩に自分の頭を預けた。え・・・?ノア先輩・・・。本当にそれで構わないとでも?あれ程人間界へ帰りたいと言っていたのに・・。だけど、もう私には2人の話に入っていける立場の人間では無い。愛し合う2人を引き裂く権利などないのだから・・・。
私は2人から視線を逸らすと、ヴォルフと目が合った。
「・・・・。」
ヴォルフは少し悲し気な瞳で私を見つめていた。
「・・・。」
どうしてヴォルフはそんな目で私を見るのだろうか・・?まさか、私がノア先輩に対して何か思う所があるのではと疑っている・・?
「ボクも『ワールズ・エンド』まで一緒に行くよ。」
アンジュが言った。
「アンジュ?」
私はアンジュを見た。
「ボクはね・・・治癒魔法を使う事が出来るんだ。もし、万一何かあった場合はボクが2人を治療できるからね。」
「え?そうだったの?!」
「何だって?お前・・・そんな魔法を使えたのか?」
腕組みをしながら何故か上から目線でアンジュに言うヴォルフ。お願いだから、あまり横柄な態度を取らないで欲しい。
「ボクを誰だと思ってるんだい?この国の王なんだよ?」
「あ、ああ・・・言われてみればそうだったわね。」
フレアはアンジュを見た。
「で、でもアンジュ。私・・・人間界の鍵を持ってないけど・・・。」
そう、私が持っている鍵は『魔界の鍵』と『狭間の世界の鍵』の2つのみで人間界へ行く時の鍵は持っていない。
するとアンジュは意外な事を言った。
「大丈夫、ジェシカ。もう君自身が『鍵』になってるんだよ。」
「え?私自身が・・・鍵・・?」
一体どういう意味なのだろう?
「本来、異世界へ行く為の鍵はね、そこに住んでいない人物が行く為に必要とする者なんだ。ジェシカは人間だから『魔界の鍵』と『狭間の世界の鍵』が必要だったけど、今度は人間界へ帰るんだから、鍵は必要無いんだよ。」
何故か至近距離で私の耳元で囁くように言うアンジュ。
「あ・・・ああ、そ、そうだったのね。」
そしてそんな私達をイライラした目つきで睨み付けるヴォルフ。
「取りあえず、総裁の言ってる事が本当なのか嘘なのかを確かめる為にも『ワールズ・エンド』へ行きましょう。
フレアが言い、私達は人間界を目指す事にした。
ギイーッ・・・。
アンジュが門を開けると、そこにはあの『ワールズ・エンド』が眼前に広がっていた。
「ここは『ワールズ・エンド』だけど、ジェシカ達が知ってる『ワールズ・エンド』とはまた違う場所なんだよ。『狭間の世界』に存在する場所なんだ。でも・・・そっくりだろう?」
先頭を行くアンジュが私達を振り返ると言った。
「うん、本当によく似ている・・・。そっくりだよ。この・・・素晴らしい世界は・・。」
ノア先輩は嬉しそうに空を仰ぎながら言った。
青い空に浮かぶ白い雲。温かな風が吹き、緑が生い茂った楽園—。
もう諦めていた人間界へ帰れるのだから、きっと喜びもひとしおなんだろうな・・・。私はそんな様子のノア先輩を見つめると、偶然目が合った。
ノア先輩がにっこり微笑んだので、私も笑みを返すと隣を歩いていたフレアがキッと私を睨み付けた。
「あなたたち・・・勝手に見つめ合わないでくれる?」
それを聞いたノア先輩は苦笑しながら言った。
「分かったよ、フレア。」
・・・それにしても・・・フレアという女性は随分嫉妬深い女性の様だ・・。
束縛されるのが嫌いなノア先輩だったはずなのに・・・ああいった気の強い女性の方がタイプだったのだろうか。
「何か以外・・・。」
思わず口に出して言うと、すかさずアンジュが私に近付いて来た。
「何?ジェシカ。今の言葉の意味は?」
アンジュが私の側に近寄って来ると言った。
「うううん、別に・・深い意味は無いの。」
しかし、次にアンジュは真剣な顔つきになると言った。
「ねえ、ジェシカ・・・。君から発せられる警報がちっとも鳴りやまないんだよ。ボクは・・・すごく嫌な予感がする。ねえ、今からでも考え直さない?人間界に戻る事を・・・。」
「ごめんなさい、アンジュ。私は・・・どうしても人間界へ戻りたいの。だって・・・。」
そこで私は言葉を切った。
そうだ、ノア先輩はマシューが死んでしまった事を知らないのだ。きっと知ってしまったら自分を責めるに決まっている。」
「だって・・・何?」
「あ、あの・・・人間界には会いたい人達が沢山いるから。ひょっとすると魔界へ行った私の事なんか誰も覚えていないかもしれないけど・・・」
「大丈夫だ、ジェシカ。」
そこへヴォルフが口を挟んできた。
「魔界へ行ったお前は確かに人間界で一時的にその存在を消されてしまっているが・・・人間界に戻れば、またお前に関する記憶が蘇って来る。だから心配するな。」
「それじゃ・・・ノア先輩も・・・?」
「ああ。そうだ。」
その時・・・・いつの間にか先頭を歩いていたフレアとノア先輩から声が上がった。
「みんな!着いたわよ!人間界への入口の門が!」
フレアが嬉しそうにはしゃいでいるが、何故かノア先輩の表情は暗い。
「ああ、ついに人間界へ行けるんだな!」
ヴォルフも嬉しそうにしている。
「それじゃ、ジェシカ。君が門を開けてよ。」
ノア先輩が私を仰ぎ見た。
「う、うん・・・。」
何とか返事をしたが・・・私の心臓は今にも口から飛び出しそうなくらいに波打っている。私の中で激しく警鐘が鳴っている。この門を絶対に開けては駄目だと—。
震える身体で門を見つめていると、皆の視線が一斉に集まる。
「どうした?ジェシカ。何故・・・門を開けないんだ?」
不思議そうに私を見るヴォルフ。
「ヴォ、ヴォルフ・・・。」
いけない、声が震えている—。
「ジェシカ・・・一体どうしたんだ?そんなに真っ青な顔で・・今にも倒れそうじゃないか?」
私の頭を抱き寄せながらヴォルフが言った。
「どうする?ジェシカ・・・。引き返そうか?」
ノア先輩が意外な事を言って来た。
「ノ、ノア先輩?!ひ、引き返すって・・・何処へ・・?!」
「何言ってるの。私達にはもう人間界へ行く道しか残されていないのよ?」
フレアの言葉にアンジュが言った。
「それはどうかな・・・。君達さえ良ければボクの国で面倒を見てあげるよ?」
「お、おい・・・冗談だろう?俺は・・・ジェシカと人間界に行きたいんだ。誰がこんな世界に・・。」
こんな世界に・・・は余計な話だけどもヴォルフの言葉の通りだ。私は・・・短い間だったけど・・・マシューと過ごしたあの世界に・・・戻りたい。
「あ・・・開けます・・・。」
私はそっと門に手を添えて、扉を開いた—。
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