第3章 14 決断の夜
「何?ヴォルフ?」
すると何故かヴォルフは視線を晒すと言った。
「いや・・・何でも無い・・・。」
「そう・・・。あ、あのね・・・。ヴォルフ。第1階層へ着いたら・・・貴方はどうするの?」
恐らく明日には私達は第1階層を抜けて『門』へ向かうのだろう。その前に・・・どうしても確認しておかなくては・・。
「え?俺が・・・どうするかって?」
ヴォルフは意外そうな顔で私を見つめた。
「うん、そう。ほら、前に私が地下牢へ閉じ込められていた時・・・ノア先輩の代わりに人間界へ行くって言ってたじゃない?それ・・・本心なのかなって思って・・・。」
「ジェシカ・・・。」
「ねえ、ヴォルフ、教えて。第1階層へ着いたら・・・貴方はどうするの?私達と一緒に人間界へ来るの?それとも・・・魔界へ戻る・・の・・?」
「俺は・・・。」
何を迷っているのだろうか?ヴォルフは俯いてしまった。
「ねえ、ヴォルフ達はもう既に魔界でのお尋ね者にされてしまったんじゃないの?」
「へ?お尋ね者?お尋ね者って・・・何だ?」
ヴォルフがキョトンとした顔で私を見つめている。
「あ・・・。」
そうか、この魔界には・・・『お尋ね者』と言う言葉が存在していないのかもしれない。
「あの、お尋ね者って言うのは・・罪を犯して逃亡している人達を指す言葉なんだけど・・・。」
何とか説明する。
「ああ・・・確かにジェシカの言う通りだな。俺もフレアも・・・お尋ね者には違いない。」
ヴォルフは何がおかしいのかクックッと笑った。
「ねえ、罪を犯した魔族は全ての魔力を奪われ、第1階層へ落されるって追っ手の魔族達が言ってたよね?もし魔界に残ったら、ヴォルフ・・・あの第1階層へ落されちゃうんじゃないの?」
何時しか声は震えていた。
そんな私をヴォルフは黙って話を聞いている。
「ヴォルフ・・・私と一緒に・・人間界へ行かない?」
じっとヴォルフの顔を見つめると言った。
「・・・。」
だけどヴォルフは黙っている。
「ヴォルフ・・・。」
私はいつの間にかヴォルフの服の裾を握りしめていた。脳裏にはこの魔界へ初めてやって来た時のあの恐ろしい第1階層の世界が頭に浮かんでいる。真っ暗な世界で・・・知性も理性も持たない、まるで獣のような魔族達・・・。嫌だ、ヴォルフがあんな魔族達のいる世界に落とされてしまうのは・・・。
「わ・・・私は嫌なの・・。あんな世界にヴォルフが落とされてしまうのが・・。」
すると突然ヴォルフがきつく私を抱きしめると言った。
「言うな・・・!」
「え・・・?」
「頼むから・・・・それ以上、そんな言い方をしないでくれ・・・!」
ヴォルフの身体が震えている。
「そ、そんな言い方って・・?」
「ああ、そうだ。そんな涙目で人間界へ一緒に来てくれなんて言われたら・・・お前が俺の事を好きなんじゃ無いかって勘違いしそうになるから・・・・っ!」
「ヴォ、ヴォルフ・・・。」
「ああ、分かってる。ジェシカ・・・お前が愛した男はマシューという人間と魔族のハーフの男だったんだろう?でもその男はお前を守って死んでしまった・・・。死んでしまった者には絶対勝てるはずなんかないのに・・・・。」
ヴォルフは苦しそうに、熱に浮かされたように私に訴えかけて来る。
「マシューという名の男の事を忘れろとは言わない。そんなの無理に決まってるからな。だけど・・・今、一番お前の側にいるのは誰だ?俺・・・じゃないのか・・・?」
ヴォルフは私の身体を離すと、じっと見つめて来た。
確かに、マシューは死んでしまってもういない。だけど・・・。
「ご、ごめんなさい・・・。」
言葉に詰まりそうになりながらも私は俯くとヴォルフに謝った。
「まただ・・また、お前はそうやって謝るのか・・・?」
顔を上げてヴォルフを見ると、そこには悲しみを称えた表情のヴォルフが目の前にあった。
「わ、私ね・・・マシューが私の事を好きだって事は・・・気付いていたの。でも自分自身の気持ちには全く気が付いていなくて・・・マシューが死んでしまった時にはっきり気が付いたの。私はマシューの事が好きだったんだって・・・。自分の想いを告げる事も無く・・・。もっと早くに彼に私の気持ちを伝える事が出来ていれば・・良かったのにって・・そう思うと毎日が後悔の日々で・・・。」
「ジェシカ・・・。」
「だ、だから・・・ナイトメアがマシューの姿で現れて・・・なじられた時は本当に悲しくて・・・。だって・・彼は私がノア先輩を好きだと思っていたみたいだったんだもの・・・。でもそう思われても当然だよね?だってノア先輩を魔界から助け出す為に私は・・・マシューにお願いして・・挙句に死なせてしまったんだから・・。」
「だから?」
不意にヴォルフが声をかけてきた。
「え?」
「だから・・・もう誰も好きにならないって?この先もずっと・・・死んでしまった男を思い続けてお前は生きていくつもりなのか・・?」
「そ、そんなつもりじゃ・・・。」
「だけど・・・。」
ヴォルフは急に遠い目をすると言った。
「確かに俺がこのままお前とノアを人間界に送り出して、魔界に残ったとしても・・碌な目にあいそうにないしな。」
ヴォルフがニヤリと笑みを浮かべた。
「え?そ、それじゃ・・・。」
「ああ・・・・ほとぼりが冷めるまでは人間界で暮すのも悪くはないかもしれない。」
「ほ、ほんとに・・・?本当に・・・一緒に人間界へ行ってくれるの・・・?」
私は目に涙を浮かべながら尋ねた。
「ああ。なんて言ったって・・・自分の好きな相手からそんな風に訴えられてしまえばな・・・。」
ヴォルフは顔を真っ赤に染めてフイと視線を逸らすと言った。
「あ、ありがとう・・・ヴォルフ・・・。」
「何せ、人間界に行けばお前の側にいられるしな。」
ヴォルフの突然の言葉に私の表情は一気に曇ってしまった。あ・・・・そうだった・・・。私は・・。今ならはっきり分かる。以前に見た予知夢の中で、私は必死で何処か森の中を走って逃げていた。そう、あの場所は・・・『ワールズ・エンド』だ。私は『門』を抜けて、1人森の中を逃げる時に木の幹で転んでしまい、右足を怪我して動けなくなってしまう。そして・・鉄仮面を被った兵士に囚われてしまうのだ・・・。
「お、おい。ジェシカ。一体どうしたんだ?何故急に黙るんだ?」
ヴォルフが俯いていた私の顔を無理やり自分の方へ向け・・・サッと顔色が変わる。
「ど、どうしたんだ?ジェシカ。顔色が真っ青だぞ?具合でも悪くなったのか?」
言いながら私の額に手を当てて来るヴォルフ。
「・・・熱はなさそうだな・・・。」
再度私の顔を覗き込むとヴォルフが言った。
「ジェシカ・・・・まだ俺に何か話していないことが・・あるんじゃないのか?」
ドキッ!
心臓の音が大きく鳴った。
「ど、どうして・・・そう思うの?」
内心の動揺を押さえつつ、私はヴォルフに尋ねた。
「実は・・・あの追手の魔族達がお前に言っていた言葉がずっと気になっていたんだ・・。あいつら・・・言ってたよな?人間界には戻らない方がいいって・・魔界に留まった方がお前の為だと確か言っていたぞ?何故なんだ?ジェシカ・・・お前にはその理由が分かっているんじゃ無いのか?」
ヴォルフの金色に輝く瞳が私を捕えて離さない。
「さ、さあ・・・・・。私には何の事かさっぱり・・・。」
駄目だ、私が『ワールズ・エンド』でセント・レイズ学院から追われている身だという事をヴォルフや・・・ノア先輩に知られる訳には・・。
「本当か?本当に心当たりは無いのか?」
尚もしつこく食い下がって来るヴォルフ
仕方が無い・・・私が捕らえられる事実は除いてヴォルフに話すしか無さそうだ。
「あ、あの・・・実はね・・。私達人間界では人間界と魔界を繋ぐ『門』を開けるのは罪を犯す事になるの。だから・・・ひょっとしたら私が人間界に戻ったら罰を受けるんじゃ無いのかな・・・って。多分あの魔族達もその事を伝えようとしたんじゃないの?あ、でも罰と言ってもね、まだ学生だからそんなに重い罰を受ける事は無いと思うよ?」
「ああ・・・そういう事か。でも、あまりにも理不尽な罰だったら・・・その時は俺が助けてやるからな。」
言いながらヴォルフが私の頭を自分の胸に引き寄せた。
ああ・・・暖かいな・・・・。思わず目を閉じるとヴォルフが言った。
「明日は朝が早い。ジェシカ・・・もう今夜は休め。」
「うん・・おやすみなさい・・。」
そしてそのまま私はヴォルフの腕の中で眠りに就いた—。
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