第3章 1 閉じ込めれたジェシカ

 私が地下牢へ閉じ込められて数日が経過した。ここに連れられてすぐに地下牢のまりの寒さに風邪を引いて体調を崩してしまったが、ヴォルフが看病してくれたお陰で、すっかり私は元気を取り戻していた。

そしてヴォルフはいつも私に食事を差し入れに来てくれていた。


「ジェシカ、良かったな。風邪が治ったみたいで。ほら、食事を持って来たぞ。」


今朝もヴォルフは私に食事を持って地下牢へと現れた。


「ヴォルフ、いつもありがとう。」


お礼を言うたびに、ヴォルフは照れたように笑う。

今私が閉じ込められている地下牢にはヴォルフからの色々な差し入れで溢れかえっていた。

何処から手に入れてきたのか、私が読みたがっていた大量の小説から、果ては編み物道具まで置かれている。

本当に・・・どうしてヴォルフはここまで私に色々してくれるのだろう?罪悪感・・・からなのだろうか・・?


 スープを飲み終えた私にヴォルフが言った。


「すまない、ジェシカ。実は今日俺は大事な仕事があって、今日はもうこれ以上ここにいられないんだ。食事の事なら心配するな。時間になればここに届くようにしておくからな。」


「え・・・?そんな事が出来るの?」


「ああ、別になんてことは無い。」


ヴォルフの言葉に私は驚いた。

「そ、それなら・・私の所にわざわざ食事を届けに来る必要は無かったんじゃ・・無いの?」


「ジェシカ・・・お前、ひょっとすると・・俺がここに来るの・・迷惑だったのか?」


急にヴォルフの顔が曇った。う・・・。何か勘違いさせる言い方をしてしまったかもしれない。

「ち、違うってば、ただ私が言いたかったのは、毎回私の所に来てもらうのは申し訳ないなって思って・・・。」


「いや、そんな事は無い。俺はお前に会いたくて来ているんだから。」


ヴォルフの言葉に私は驚いてヴォルフを見つめると、彼の顔は赤く染まっていた。


「ヴォルフ・・・?」


「あ・・・お、俺は今一体何を・・・。」


そしてヴォルフは慌てたように立ち上がると言った。


「ジェシカ、また明日来る。じゃあな!」


そして転移魔法でヴォルフの身体は一瞬で地下牢から消え去ったのである。



あれから数時間が経過し・・・私は眠りに就いていた。その時、誰かが近付いてくる気配を感じ、私は目を覚ました。


「起きたわね。人間。」


え・・・?その声は・・・?

頭を上げると、私を見下ろすようにフレアがそこに立っていた—。


「フレアさん・・・?」

私は起き上がるとフレアを見た。するとフレアは私の目の前に置かれていた椅子に座ると言った。


「どう?いい加減にノアの事は諦める気になったかしら?いつまでもこんな地下牢に閉じ込められるのは嫌でしょう?かと言って。無理に脱獄しようものなら、この牢屋から出た途端、お前の心臓は止まってしまうけどね・・・・。」


冷たい笑みを浮かべながらフレアは言う。

そう・・・この地下牢に閉じ込められた初日に私は彼女から聞かされていた。

この地下牢には死の呪いがかけられていると。無理に扉をこじ開けて出ようものなら、その瞬間私の心臓は止まってしまうだろうと聞かされていた。

正直、この話を聞かされた時は怖くて震えてしまったが・・・私は脱獄する気等一切無かった。ただ、ノア先輩だけには会っておかなくてはと思い、必死で懇願して来たが、まだ一度も会わせて貰えてはいなかった。

私は拒絶されるのは覚悟の上で再度フレアに頼んだ。


「お願いです・・・。どうか、どうかノア先輩に会わせて下さい。ほんの少しの間だけでも構わないので・・・!」


「お、お前は・・・。」


途端にフレアが唇を噛み締めて身体を震わせた。


「お前はまだそんな事を言ってるの?!一体何度同じことを言わせるつもりなのかしら?絶対にお前とノアを会わせないと言ってるでしょう?!」


「そ、そんな事を言わずに・・・お願いですから・・・。」

嫌だ。こんな所でノア先輩に会う事も出来ずに諦めて帰るなんて。そんな事をしたら・・・この魔界まで来た意味が全く無くなってしまう。マシューの死という大きな犠牲を払ってまで、ここにやって来たというのに・・・。

するとフレアが言った。


「無理ね。」


「え?」


「もうノアはお前の事など、とっくに忘れてしまっているのよ。」


「・・・。」

私は黙ってフレアの次の言葉を待った。


「人間界にいた時の暮らしも、何もかも・・・。覚えているのは自分の名前だけよ。きっと自分が人間だったと言う記憶も無くすでしょうね。それに・・・・ノアは私に言ったのよ。結婚しようって・・・。」


フレアはうっとりしたような眼つきで言った—。



 翌朝・・・。

私は昨夜フレアと交わした話のせいで、殆ど一睡もする事が出来なかった。

そんな・・・ノア先輩がフレアに結婚を申し込んでいたなんて・・・。本当にノア先輩はもう今迄の記憶を全て無くしてしまったのだろうか?それなら・・・私は一体何の為に魔界まで来たのか意味が無くなってしまう・・・。



「お早う、ジェシカ。」


不意に声を掛けられ、顔を上げるとそこには笑顔のヴォルフが立っていた。


「お、お早う、ヴォルフ。いつもありがとう。」

私も笑顔で返事をしたつもりだが・・・・ぎこちない笑顔になってしまった。


そんな私の様子にヴォルフが気が付いたのか、スープを口にしていると不意にヴォルフが話しかけて来た。


「ジェシカ・・・。昨日、俺が居なかったときにフレアがここにやってきたんだろう?」


思わず手を止めてヴォルフを見ると、彼は続けた。


「その表情・・・何かあったな?暴力でも受けたのか?それとも何か嫌な事でも言われたか?」


その顔は心配そうに見えた。


「うん・・・。ノア先輩の事を尋ねてみたんだけど・・・絶対に私には会わせないって言われちゃった。でも、こんな事は毎回会うたびに言われ続けていたんだけどね・・・。ただ・・・。」


「ただ?」


ヴォルフが言葉の先を促してきた。


「もう・・・ノア先輩は人間界にいた時の記憶・・・殆ど無くしたって言われちゃったの。それにね・・・。昨日初めて聞かされたんだけど・・・。フレアさん・・・ノア先輩に結婚を申し込まれているんだって。」


話している内に悲しみが込み上げて来る。私は・・・ノア先輩を連れて帰るのを諦めて・・人間界へ戻らなくてはならないのだろうか?

いつだって、私の予知夢は悪い意味で当たっていた。だけど今回ばかりは外れてしまうのだろうか?でも、どのみち人間界へ戻った私に待っているのは重い罰だけだ。


黙って私の話を聞いてくれているヴォルフに私は自分の考えている事を全て吐露してしまった。私自身、ノア先輩を忘れてしまった事、だけどマーキングのお陰で思い出す事が出来た事・・・。


 ヴォルフは私の話に少なからずショックを受けている様子に見えたが、最期まで話を聞いてくれて・・・私に言った。


「ジェシカ、必ず近いうちにノアをここに連れて来てやるからな・・・・それまで待っいてくれ。」


「ヴォルフ・・・。ほ、本当に・・・・・・。で、でも・・・フレアさんに歯向かったら・・・。」

そうだ、そんな事をすれば・・もしバレてしまったらヴォルフはただではすまないだろう。


「大丈夫、先の事は何も心配するな。俺が・・・必ず何とかしてやるから・・。」


本当に・・?ヴォルフ、本当にノア先輩に会わせてくれるの・・・?

私は黙って頷いた—。


 そしてヴォルフは私との約束を守ってくれた。



「お早う、ジェシカ。」


何時ものようにヴォルフが私の元へやってきた。


「おはよう、ヴォルフ・・。今朝も来てくれたんだね・・・。」


その時だった。


「ジェシカッ!!」


聞き覚えのする声で名前を呼ばれた。

え・・?今の声は・・・?

驚いて声の先を見つめると・・・・そこには目を見開いて立っているノア先輩の姿がそこにあった―。




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