第2章 3 鏡の中へ
「お願いします。私を『鏡の間』まで案内して下さい。」
誰か分からないが声の主に頼んだ。すると声は答えてくれた。
「いいよ、勿論・・・。ただし、覚悟は出来てる?今君はその城の中の迷宮に囚われてしまっているんだ。今からその封印を解いてあげるけど・・・その代わり、魔物達に遭遇する羽目になってしまうよ・・・?それでも構わない?」
私はその言葉に衝撃を受けた。そうか・・・だから今まで一度もこの城の内部に入ってから魔物達に遭遇してこなかったのか。だけど、封印を解かなければ私は永遠にこの迷宮に閉じ込められ、ノア先輩を助けに行く事すら出来ない。でも・・・封印が解ければ魔物達が・・・・!
それでも・・・行かなければならない。私はノア先輩と、マシュー。そして・・皆と約束したのだ。必ずノア先輩を助けて戻って来ると・・・。
私は一度目を閉じると、マシューの顔を思い浮かべた。お願い、マシュー。
どうか・・・また私を守って・・。
「ええ、構いません。お願いします、封印を・・・解いて下さい。」
「本当に・・・構わないんだね?」
再度声は尋ねて来た。
「ええ、お願いします。覚悟は・・・出来ています!」
「分かったよ・・・。それじゃあ封印を・・・解くね・・・。」
すると徐々に今迄城に漂っていた靄が消え初め・・・辺りの景色がはっきりし始めて来た。
そして、それと比例するかのように獣のような臭いと、まがまがしい雰囲気が一層濃くなってきた。
「!!」
私は危うく悲鳴を上げそうになった。今まであれ程何の姿も見せなかった魔物達が大勢あちこちにうろついている姿がはっきりとその姿を表したのである。
その魔物達は、やはり人間界の動物達並の知性しか持ち合わせていないのだろうか?
あちこちで咆哮を上げながら仲間同士で戦いを繰り広げていたり、辺りに寝そべっているだけの魔物達・・・彼等の誰もが皆恐ろしい異形の姿をしていた。しかし、獣の姿に似た魔物ならまだまともに見える。最も見るに堪えかねないのは身体が半分以上朽果てているかのような恐ろしい生き物達・・・。
私はすっかり恐怖で足がすくんでしまっていたが、前方に一筋の明るい光が見えた。
あれは・・・きっとあれこそ、『鏡の間』に違いない。
そして、幸いにも彼等は視力が弱いのだろうか・・・魔物達は誰もが私の姿に気付いていない様だった。それともマシューが付けてくれた守りのお陰か・・・。
私は勇気を振り絞って光の差す方向へ向かって歩き始めた・・・。
「や・・・・やったわ・・・。ついに『鏡の間』へ辿り着けた・・・。」
その部屋は床から壁、天井に至るまで全て石造りで、かなり広い部屋になっていた。周囲の壁には松明が幾つも灯され、部屋を明るく照らしている。
そして私の目の前には全身が映る大きな鏡が置かれていた。恐らくあれが…第2階層へ続く鏡になっているのだろう。
ごくりと息を飲むと私はゆっくり鏡へ近づこうとした時・・・。
<誰だ・・・・。この鏡を通り抜けようとする愚かな者は・・・。>
まるで地の底から響くような恐ろしい声が鏡の後ろから聞こえた。
「!!」
驚いて、一瞬足を止めた時・・・その鏡の後ろから一匹の魔物が現れたのである。
その魔物は人間と同様に鎧を付けて、剣をかまえていたが・・・・唯一人間と違っていたのは・・・その魔物は骸骨だったのだ。
骸骨の姿をした剣士はこちらを見た。目が・・・目が無いはずなのに、何故か赤く光っている。
「が・・・骸骨・・・・。」
<貴様のようなか弱き生き物が、この鏡の奥へ行く事が出来ると思うのか・・・?貴様のような愚か者はこの場で息の根を止めてやろう・・・。>
骸骨の剣士は剣を握りしめながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
そ・・・そんな・・・!アンジュも魔女もこんな番人がいるなんて・・教えてくれなかった・・・!
私は恐怖で足がすくみ、一歩も動く事が出来ない。どうしよう・・怖い怖い怖い!
<フハハ・・・・!随分怯えているな・・・っ!よし、苦しまぬように一瞬で死なせてやろう・・・っ!>
骸骨は恐ろしい笑い声を上げながら、私に向かって近付いてくる。
も・・・もう駄目・・・。
と、その時・・・。
突然私の背後から怖ろしい咆哮と共に大きな4本足の魔物が風のように現れ、私を守るかのように立ち塞がると、骸骨剣士に向かって巨大な炎を吐きだしたのだ。
<グワアアアアアッ!!>
耳を塞ぎたくなるような恐ろしい悲鳴と共に、一瞬で燃える骸骨の剣士。
私は炎に包まれる骸骨と突然現れた魔物を呆然と見ていた。
やがて・・・その魔物は私の方を振り向いた。
「え・・・?ど、どうして・・・?」
振り向いた魔物は、最初に出会ったオオカミだったのだ—。
「な・・・何故・・・?」
私はオオカミを見上げた。すると私を導いてくれた先程の声が再び聞こえて来た。
「そのオオカミは必ずジェシカを守ってくれる。彼と共に第3階層までおいで。君が来るのを・・・待っているよ・・・。」
「あ、あの!貴方は一体誰なのですか?!私の事を知ってるのですか?!」
私は声に呼びかけたが、もう答える事は無かった・・・。
オオカミは私の側に黙って座って見下ろしている。
私は語りかけてみた。
「あの・・・私を第3階層まで連れて行ってくれる・・・の?私を守ってくれる?」
オオカミのはじっと私の顔を見つめている。不思議な事にその瞳は今はとても優し気に見えた。城の入口で初めて会った時は、あれ程恐怖を感じたのに・・・。
「私はジェシカと言うの。どうか・・・よろしくね・・。」
私はオオカミの身体にそっと触れると、突然オオカミは身体を低くし、顎で自分の背中を見た。
「ひょっとして・・・背中に乗れと言ってるの?」
すると驚いたことに、オオカミは頷いたのである。
「う、嘘?!貴方・・・ひょっとして人間の言葉が通じるの?!」
コクリ。
またしてもオオカミは首を振る。
「そうなんだ・・・・。貴方・・・言葉が通じるのね・・・。」
どうしよう、すごく嬉しい。あれ程誰も助けてくれる人が居なくて、怖くて怖くて堪らなかったのに、今私の側にはこんなにも頼りになる魔物が付き添ってくれる。
今迄の恐怖と、あまりの嬉しさにいつしか私は目に涙を浮かべていた。
すると、それを不思議に思ったのかオオカミが私の身体にその巨体を擦り付けてきたのである。
その様子はまるでわたしを慰めてくれているようにも思えた。
「あり・・・がとう・・・。オオカミさん・・・。」
私は大きな首に両腕をまわすと、そのふかふかとした毛に顔を埋めて、暫く泣き続け、オオカミはじっと身じろぎもせずに私が泣き止むまで大人しく座っていた・・・。
ひとしきり泣いた後、私は顔を上げてオオカミを見た。
「ごめんね。それじゃ・・・行こうか?」
オオカミは私の問いに頷くと、先頭に立ち鏡の前へ歩み寄った。そしてためらうことなくオオカミは鏡の中へ入ってゆく。
それは信じられない光景だった。見かけは本当に只の鏡なのに、抵抗も無くズブズブと中へ入ってゆく事が出来るのだから。
オオカミは私の方を振り向いた。まるでその様子は、早く私にも後を付いて来るようにと言っているようにも感じられた。
「いよいよ、第二階層へ行くのね・・・。」
私は自分を勇気づけるように言うと、オオカミの後に続いて鏡の中へと歩みを進めた・・・。
待っていてくださいね。ノア先輩―。
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