第3部 第1章 1 狭間の世界のジェシカ

「マシュー・・・マシュー・・・。」

門の前で地面に座り込み、私は泣き続けた。胸を剣で貫かれて、あんなに沢山血を流しては、恐らくマシューは助からない。私の見た悪夢が現実化されてしまったのだ。もうあの穏やかな声で名前を呼ばれる事も無ければ、優しい眼差しを向けてくれる事も・・・。

私が巻き込んでしまったのだ。私に関わりさえしなければ、今もマシューは生きていられたのに・・。いや、マシューだけでは無い。マシューを助けに戻って行ったレオだって、無事かどうかも分からない。


 あの時、レオが私の手を引いて門の前まで来ると呆然としていた私を叱咤し、鍵を渡すように言ってきた。そして門を開けると私だけを中に入れて扉を閉めて・・・。

レオはマシューを助けに戻って行った。必ず私に無事に魔界へ辿り着いて絶対にノア先輩を連れて戻って来いと言い残し、レオはマシューの元へ・・・。

ひょっとするとマシューだけではなく、レオも、そしてライアンも・・?

後から後から悪い考えばかりが頭に浮かび、涙が止まらない。


 その時・・・。


「ねえ、お姉さん。いつまで泣いてるの?何がそんなに悲しいの?」


背後で小さな子供の声が聞こえた。ま・・まさか魔物?!

一気に緊張が高まり、後ろを振り返る。すると、そこには背中から蝶のように大きな羽を生やした金の長い撒き毛が可愛らしい4~5歳程度の女の子が立っていた。


「あ・・・あなたは・・・?」

涙を拭いながら尋ねた。


「私?私はフェアリーよ。この森は私の家なの。」


「森・・・?」

そこで私は初めて辺りを見回した。『ワールズ・エンド』に残してきた大切な人達の事で頭が一杯で、今自分が何処に居るのか気にも留めていなかったのだ。

そこは鬱蒼とした木々に覆われた森で、色々な鳥の鳴き声が聞こえてくる。空を見上げると、不思議な事に金色に輝いていた。


「い、一体ここは・・・?もしかすると・・・『狭間の世界』・・?」

思わず口に出して呟くと、フェアリーは言った。


「『狭間の世界』って何の事?ここは神獣や妖精達の住む世界だよ?でも時々、神獣達は人間の世界に呼ばれているけど・・・。ねえ。ひょっとしてお姉さんは人間なの?何だかお姉さんの身体には色々な匂いがついていて分かりにくいけど・・?」


「え?に・匂い?」


「そう、匂い。ここの住人と同じ匂いもするし、魔界の匂いもする・・。それに、何だか嗅いだことの無い匂いもするから。」


「う、うん。一応人間だけど・・・。」


「うそーっ!この世界に人間が来るなんて・・・初めてよっ!」

フェアリーと名乗る少女は興奮を隠せない様子で私に人間の世界はどんな所なのかと色々質問をしてきた。そして私がその質問に答える度に目をキラキラさせて話に聞き入ってくれている。私も目の前の少女のお陰で、少しだけ悲しみが癒えたので少女に礼を言った。


「ありがとう・・・。貴女のお陰で・・・少しだけ元気を分けて貰えたわ・・。」


「そう言えば、お姉さん・・・。どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?ほら・・見て。お姉さんの心が泣いているから雨が降って来たよ?」


少女は手の平を空に向けて言った。


「え?」

私は思わず上を見上げると、金色に輝く金の粒が空から地上に向けて降って来た。


「こ・・・これが雨・・?」

まるで光のシャワーのようだ。私は立ち上がって空を見つめた。そうだ、私はいつまでも泣いてばかりではいられない。マシュー・・・そしてレオと約束したのだ。必ずノア先輩を魔界から連れ出して戻って来ると・・・。でも、これからどうすれば良いのだろう?誰に頼めば魔界へ無事に行く手助けをお願い出来るのだろうか?

私は目の前にいる少女に尋ねた。


「ねえ、この世界で一番偉い人って誰なのか教えて貰える?」


「え?一番偉い人・・・?う~ん・・・。そうなると・・・やっぱり国王様かなあ・・?あ、あのね。実は国王様ってずっと不在だったのよ?でもつい最近、ようやく戻って来てくれたの。とっても素敵な方なのよ。」


フェアリーは嬉しそうに話す。


「不在って・・・どの位不在だったの?」

私が尋ねると、少女は指を折って数えていく。


「う~ん・・。500年位かな?」


「500年?!」

これには流石の私も驚いた。もしかするとこの狭間の世界の人達は物凄く長生きなのかもしれない。ちなみに・・・この少女の年齢は幾つなのだろうか?


「あ、あの。貴女は何歳なの?」


「私?私は120歳なの。」


「ひゃ・・・120歳?!」

そ、そんな!どう見ても5歳程度にしか見えないのに・・・。

敬語を使って話す事にしよう・・。



 フェアリーに案内されて私は森の中を少女に連れられて歩いている。フェアリーは歩くよりも空を飛んでいる方が楽なのだろうか。蝶のように大きな羽をヒラヒラさせてフワフワと飛ぶ姿はとても可愛らしく、120歳には到底思えない。


「ねえ、そう言えば・・・貴女の名前は何て言うの?」


前を飛んでいるフェアリーが尋ねて来た。


「あ、すみません。そう言えばまだ名乗っていませんでしたよね。私の名前はジェシカ・リッジウェイです。」


「え?何?その話し方?」


前を飛ぶフェアリーは訝し気にこちらを見た。


「え・・だ、だって年齢が120歳と聞いてしまえば・・私よりもずっと年上の方なので・・。」


「私は120歳だけど、まだまだ子供よ。長老なんか2000歳を超えてるんだから。」


20000歳?!もはやそれは樹齢と同じだ!もう開いた口が塞がらなかった。


「そう、だから私がまだまだ子供だって事は分かった?だからそんな口調で話すの辞めてね。ジェシカ。」


「う、うん・・・。分かったわ。所で・・・その国王様のいる場所って、ここから近いの?」

もうかれこれ20分近くは歩いているので、いささか疲れた私はフェアリーに尋ねた。


「う~ん・・・。どうかな?多分後4時間位歩けば着くと思うけど・・・。」


「そうなんだ、後4時間・・え?ええっ?!よ、4時間も歩かないと着かないの?!」


「うん、そうだよ。え?どうしたの?」


その場に座り込んでしまった私にフェアリーが声をかけてきた。


「無理・・・。」


「え?」


「無理、絶対に無理!そんなに沢山歩けないから!」

自分でも我儘を言ってるのは分かっているが、彼女は妖精。かたや私は魔法の1つも使えない、只の人間。しかもジェシカの身体はあまり運動が得意では無いようなので長時間の運動も出来ない身体なのだ。

それに、本来なら今の時間は人間界でいえば真夜中に当たる時間だし・・時差ボケ?もいい所だ。


「あ・・・ああ!そうか、ごめんね。ジェシカ。別に歩く必要も無かったよ。ごめんんね。サークルを使えば良かったんだっけ。」


「サークル・・・?」


私は立ち上がるとフェアリーに尋ねた。


「そう、サークル。見ててね。」


フェアリーは突然右手の人差し指で空中に丸い円を描いた。すると空中に光り輝く穴が空き、そこから立派な白亜の宮殿が見えた。


「うわあ・・・なんて綺麗なお城なの。」

思わず感嘆の声を上げるとフェアリーが私の腕を掴むと言った。


「さあ、行こうよ。ジェシカ。」


「え?ち、ちょっと待ってよ!」

私が制止するのも聞かず、フェアリーは金色に光輝くサークルの中に飛び込んで行った。


ぽん。


輪を潜り抜けた先は・・・城の中だった。あれ?目の前にシャンデリアが見える・・?え?目の前・・?!


「あ、ごめんね。出る場所、ちょっと目測謝っちゃった。そう言えばジェシカは飛べないんだったよね?」


「キャアアアアーッ!!」


フェアリーの言葉を耳にしながら、落下していく私。

駄目だ、ぶつかる―!!ああ・・・こんな形で私は死んでしまうのだろうか・・・?

まだノア先輩も助け出せないうちに・・・。今までの出来事が走馬灯のように蘇る。

私は床にぶつかる寸前、ギュッと目をつぶり・・・・。


身体がピタリと空中で止まるのを感じた。


「待ってたよ、ジェシカ。」


すぐ側で誰かが私に声をかけてくる。え・・・?誰・・・?


私は恐る恐る目を開けた―。




















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