マシュー・クラウド ③

 2週間後、この学院の一大イベントの仮装ダンスパーティーが始まるな・・・。

だけど、俺はこの仮装ダンスパーティーに出る事は叶わない。何故ならこの日の俺は魔界の門を守る当番日となっていたからだ。

 

 まあ、俺は恋人どころか親しくしている学友すらいない。それなら魔界の門番をしている方が俺としてはずっと気が楽だ。

 ただ、一つ残念な事がある。それは彼女・・ミス・ジェシカの事だ。

彼女はどんな衣装を着て、誰と参加するのだろう。彼女は特定の誰かとパーティーに参加するのだろうか・・・少し気になる。きっと誰か1人を選ぼうものなら、また彼等の間で争いが起こるだろうな。彼等の様子を想像すると、少しだけ楽しい気持ちになった。

そしてミス・ジェシカは一体どんな衣装を着るのだろう。俺が彼女と会話をする程の仲になっていたなら、尋ねる事が出来たのに・・・残念だ。




「おい、マシュー。」


 明日は魔界の門を守る当番日という日・・・校舎を歩いている所を当日一緒に門番をする聖剣士の先輩2名に声をかけられた。

「はい、何ですか?」


1人の先輩が言った。


「マシュー。お前・・・訓練時に手を抜いていたのは知ってるんだぞ?お前は人間と魔族のハーフなんだろう?だからだろうが・・・本当は剣術も魔力も俺達聖剣士の中で誰よりも一番優れた能力を持っているのに、それを隠しているって事も俺達は知ってるんだぞ?」


「い、いえ・・・。別に俺は今迄そんなつもりでは・・・。」

何だろう?この先輩は何を言いたいのだ?

さらにもう1人の先輩が言う。


「ああ、だから他の聖剣士達とも話し合ってみたんだが・・・お前、明日から1人で魔界の門を守れないか?お前なら1人で出来るだろう?その代わりと言っては何だが・・・通常は24時間体制の所を、お前は12時間で構わない。何せ1人きりで門の管理をするんだからな。それからお前の当番日は滅多に回って来ないように組んでやるから。お前が1人で引き受けてくれると、それだけ俺達の出動日が減って負担が減って楽になるんだよ。ここは俺達を助けると思って頼む。それで・・・すまないが来週も頼むよ。」


なるほど、つまり・・・来週は学院の一大イベントである仮装ダンスパーティー。先輩たちはこのイベントにどうしても参加したいが故に、俺1人に門番を任せてパーティーに出席したいと言う訳だ。そして明日は1人で予行練習でもしてくれという訳だな?

 第一、頭を下げられると断りにくい、と言うか彼等は元々先輩なので1年生の俺が歯向かうなんて事自体無理なのだが。


「分かりました。お引き受け致しますよ。」

俺は愛想笑いをしながら返事をした。


「何?それは本当なのか?!う、嘘じゃないよな?」


「ええ、本当です、嘘などはつきません。」


するともう1人の先輩が言う。


「助かった!恩に着るよ、マシュー!その代わり、お前の当番が回ってくる回数が減るように便宜を図って置いてやるから・・よろしくな?」


「はい、お気遣い頂き、ありがとうございます。」

俺は頭を下げる。ひょっとすると先輩たちは人間と魔族のハーフである俺を持て余していたのかもしれない。

気を使われるぐらいなら1人で門番をしている方が余程マシだ。それに先輩たちの知らない事実を俺は知っている。

 今の魔族は人間界に侵略しようと考えている様な輩が少ないと言う事を。何故ならそんな事をするよりも人間達と共存して生きていく方が良いと考える魔族が多いからだ。これは俺の数少ない魔族の友人から聞いた紛れも無い事実である。それ故、常に神経を張り巡らして門番を務める必要も無いのだ。


 こうして、その日を境に俺は1人で魔界の門を守る事が決定した―。



 魔界の門がある『ワールズ・エンド』・・ここはとても素晴らしい世界だ。夜も来ない、永遠に澄み渡る青空。緑の草原に咲き乱れる花々・・・。

もしこの世に天国があるとしたら、まさにこのような世界の事を言うのかもしれない・・・。

 

 俺は武器を携えて門を見上げた。この門の先に魔界がある。もっとも、門を開けてすぐに魔界があるわけでは無い。

この門は魔界へ続く、ほんの入り口でしか無い。魔界へ行くには、この門の先にある不思議な花が咲き誇る花畑を通り抜けた先だ。そこにまた別の門がある。それこそが本当の魔界の入口となるのだ。


 初めて1人きりで門番をする事になった俺は草むらの上に座り、空を見上げた。

何て気持ちの良い空なのだろう・・・。気付けば俺は小さい時に母親から教えて貰った歌を口ずさんでいた。

その時・・・。


「ねえ、貴方。その歌は何処で教えて貰ったのかしら?」


不意に声を掛けられ、俺は振り向いた。するとそこには1人の若い女が立っていた。


「え・・・・?き、君は・・・?」

俺は女を見た。真っ赤な瞳に露出度がやけに高い衣装から見える水色の肌、尖った耳・・・。間違いない!この女は・・・!


「き・・・君は魔族・・・なのか?」

俺は女性に声をかけると女は意外そうな口調で話す。


「あら?そういう貴方だって魔族じゃないの?最も・・・半分は人間の血が混ざっているようだけどね?」


女は言うと、勝手に俺の隣に腰かけてきた。


「ねえ、それより・・今の歌・・もう一度聞かせてよ。お願い。」


 女は俺の戸惑いをものともせずに、歌を強請ってきた。・・・。女の態度に俺は若干呆れてしまった。

ここに人間がいる。と言う事はこの俺が誰だかは分かっているはずなのに・・・。


「どうしたの?早く歌ってよ。」


女は俺に訴える。仕方無いか・・・俺は苦笑しつつも先程の歌の続きを歌った。歌いながら女を見ると目を閉じて俺の歌に聞き入っている。

やがて、俺が歌い終えると女は目を開けて言った。 


「ありがとう、素敵な歌ね。それ・・・子守唄でしょう?」


「そうだよ。俺が小さい頃、良く俺の母さんが歌って聞かせてくれたんだ。」


「そう、なら貴女のお母さんの方が魔族だったのね。それで魔界には戻らずにずっと人間界で暮しているって事なのかしら?」


「ああ、そうだよ。俺と父さん、母さんの3人でこっちの世界で暮している。」


女はたいして興味が無さそうに聞いていたが、突然言った。


「私の名前はフレアよ。貴方は何て名前なの?」


「俺はマシュー。マシュー・クラウドだ。」

魔族の女相手に自己紹介か・・・皮肉な物だ。人間界では俺に話しかけて来る女性など1人もいないというのに。


「ねえ、マシュー。ここにいるのは門を守ってるからでしょう?それにしても人間て愚かよね。未だに私達魔族が門を破って人間を襲ってくると思ってるんだから。」


「ああ・・・そうだね。」

成程、やはりこの女・・・フレアも俺と同じことを思っていたのか。


「それよりも私が気にするのは、逆に人間達が魔界を襲って来るんじゃないかと、そっちの心配をしてるわよ。」


フレアの以外な言葉に俺は首を捻った。

「人間達が魔界を・・・?何故そう思うんだい?」


「あら、マシューは知らなかったの?この門の先に大量に咲いている花々・・その中には七色に光り輝く不思議な花が幾つか生えているのよ。この花は全ての怪我を治療する事が出来るだけでなく、心臓が止まって24時間以内の死者なら生き返らせる事だって出来るくらいの貴重な花が咲いているんだからね?そして私はその花を管理する管理人なのよ。その辺はマシュー、貴方と役割が似ているかもね?それで最近この花を狙った、質の悪い魔族がいて、勝手にこの花を盗んで人間界に横流しにしているのよ?全く腹立たしい・・。」


フレアは怒りの炎を身に纏った。うわっ!熱い!

そうか・・フレアとは炎の使い魔だったのか・・・。


「あ、あら?ごめんなさい。つい興奮して。まあ・・・それでこの花の噂を知った人間達が今は結構いるらしくてね・・・。だから、花を狙った人間達が魔界を侵略するつもりじゃ無いかと囁かれてるわけよ。」


「そうだったのか?・・・ちっとも知らなかった。」

人間が魔界を襲う等という事は考えた事も無かった。


「まあ、でも貴方は半分は魔族だから信用してあげる。それに1人で見張りをさせられてるようだしね・・・。可哀そうに。人間達に利用されているのね?でも・・丁度良かったわ。私も退屈してたのよ。ねえ、これからマシューが門番の時は、こっちの世界へ遊びに来てもいいわよね?」


言うと、フレアはにっこりと笑みを浮かべた。


これが、俺とフレアの初めての出会いだった―。


















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