第13章 12 悪魔のような囁き

 この日、私達3人の話し合いは深夜近くにまで及んだ。

レオはもう島には書置きを残してきたので、今夜はこの島に留り明日の朝早くに睡眠薬を調達するとの事だった。


 レオと別れた後、マシューの転移魔法でセント・レイズ学院へと戻って来た私達。

部屋まで私を連れて来てくれたマシューが言った。


「ジェシカ、30分程でもいいから少しだけ話がしたいんだ。いいかな?」


「私は構わないけど・・・他の寮生にマシューが女子寮に居る事ばれないかな?」

私としても、明日の事でマシューには色々聞きたい事があったので好都合だったのだが、マシューの存在が女子寮に知れ渡るのはまずい。


「それなら大丈夫。今この部屋に特殊なシールドをかけるから、誰も入って来れないし、声も漏れる事はないから安心して。」


マシューは右手を床に置いて、何か短い呪文のようなものを唱えると一瞬部屋が鈍く光り、ブーンと低い音が部屋に響いた。


「これでもう外部との接触を絶ったよ。だから安心して話が出来るから大丈夫。」


マシューはにっこり笑った。


「ジェシカ、明日の事なんだけどね。まずは学院の神殿に俺と一緒に行く。そこで俺とレオが門番達を何とかするまでは物陰に隠れているんだ。安全の確認が取れれば合図を送るから、3人で門をくぐって『ワールズ・エンド』へ向かう。」


「うん、分かったわ。」


「ワールズ・エンドはもうこの世界とは別の次元の世界なんだ。そこでは人間達はもう誰も魔法を使う事が出来ない。だから仮に追手がかかったとしても、彼等は魔法が使えないからあまり心配する必要は無いと思う。まず、俺が最初に魔界の門を守っている門番と交代をするまでの間は、レオと2人で他の門番達に見つからないように近くで隠れているんだよ。そして前任者達が立去ればジェシカ・・・。君はレオと一緒に門を開けて中に入るんだ。・・・いいね?」


「う、うん・・。マシューは・・マシューはどうするの?」


「俺は・・・当然行く事は出来ない。」


「・・・・。」

そうだとは思っていた。何故ならマシューは聖剣士で門を守らなくてはならない使命を持っている。任務を途中で放り出して魔界へ行く事なんて無理に決まっている。


「ジェシカ・・・。門の鍵は持っているんだよね?」


マシューは私の肩に両手を置くと尋ねて来た。


「うん。ちゃんと2本持ってるよ。『狭間の世界の鍵』と『魔界の門』の鍵をね。」


「・・・先に『狭間の世界の鍵』を使えば、魔物達が・・・門から現れる事は無いとジェシカは言っていたけど・・・。」


マシューの目がいつになく真剣だった。


「でも、万一の事がある。だから・・・ジェシカ。門をくぐり抜けたら、後ろを振り向かずに、走るんだ。決して誰にも捕まらないように・・・!」


「マ・・・マシュー・・・?」

どうしたというのだろう?マシューの様子が何だかおかしい。ひょっとすると彼は何か重要な事実を隠しているのではないだろうか?


「あ、あのね・・。マシュー・・・私、貴方に聞きたい事が・・・!」


しかし、私の言葉はそこで遮られた。

マシューが突然私を抱きしめ、口付けをしてきたからである。

息が止まるのでは無いかと思われる程の深い口付けに全ての意識を持って行かれそうになる私。

「マ、マシュー・・・。」

は、話しを・・・。途切れ途切れのキスの合間に話をしようとしても、決してマシューがそれを許してくれない。その激しい口付けはまるで私に会話をさせる事を拒んでいるようにも感じられた。


やがて、長いキスが終わり・・・。ゆっくり唇を離すとマシューは言った。


「お休み、ジェシカ。」


と―。

その途端、私の意識は真っ暗になった・・・。




ピチャン・ピチャン・・・・。

闇の中で何か水の滴るような音が聞こえて来る。

あの音は一体何?真っ暗な闇に覆われて何も見えない。


その時、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


<こんな事になったのは貴女のせいよ・・・。>


え・・・?その声は・・・?


<貴女が本来の私の役を奪ったから・・・こんな事になったのよ・・。>


役を奪う?一体何の事・・・?


<ノア先輩が魔界の手に堕ちたのも、貴女のせい。>


そう・・・私が毒の弓矢で死にかけて、それを助けるためにノア先輩は魔界へ行ってしまった・・・。これは私の責任。


<そして、マシューやレオが死んだのも・・・全て貴女のせい・・・。>


え?マシューが・・・レオが死んだ?!


すると突然私の目の前に現れた光景は・・・・。


血だまりの中、目を閉じて折り重なるように倒れているマシューとレオの姿がそこにあった・・・!



「いやあああああっ!!」

私は悲鳴と共にガバッとベッドから起き上がった。


見渡すと、そこは普段と変わりない私の部屋だった。

「ゆ、夢・・・・?」

私は荒い息を吐きながら辺りを見渡した。

全身汗をびっしりかいているし、心臓は早鐘のように打って、痛い位だ。

「な、なんて・・・酷い夢だったの・・・。」

自分があまりにも不安を感じ過ぎていたから、あんなに恐ろしい夢を見てしまったのだろうか?


 ベッドサイドに置かれた時計を見ると、時刻はまだ6時少し前だった。

汗で身体に張り付いたパジャマが気持ち悪かった私はバスルームへ行き、全身を綺麗に洗い流した。

いや・・・洗い流したかったのは・・本当は先程の恐ろしい夢の記憶の方だったのかもしれない・・・。


 シャワーを浴びて制服に着替えた私は、授業に出るべきか迷っていた。

どうせ今日授業に出たとしても、明日から私はこの世界から消える。そして・・・皆の記憶からも消え去るのだ。そう考えると、とても授業に出る気にはなれなかった。

 それに恐らく、マシューも今日は授業に出る事は無いだろう。ひょっとするとまだ眠っているのかもしれない。

 門番の時間は長い・・・。12時間もの長い間、じっと門の付近で始終見張りを続けていなければならない、孤独な時間・・・。

 今日は学校へ行ってもマシューに会う事も無いだろうし、何よりマリウスの存在が今の私にとっては一番の脅威だ。

 何せ、昨日は1時限目の授業の後にマリウスから脅迫状?を貰い、それきり会っていない。

マリウスは絶対に私の返事を聞きだそうとするに違いない。何より私が一番怖いのはアラン王子との事を聞かれた場合。アラン王子はよくて、何故自分は受け入れてくれないのだと追及されるかもしれないし、挙句の果てに最悪の場合逆上したマリウスに無理矢理・・なんて事も考えられる。


 「決めた、今日はマシューとレオの約束の時間になるまで、寮から一歩も出ない事にしよう!」

私達は、今夜11時に神殿の裏に集合する事になっている。

 私は魔界へ持って行くリュックサックに2本の鍵を入れ、最期の準備をする事にした。


 ノア先輩が夢の中で話してくれた言葉を思い出す。

魔界はとても寒くて寒くて堪らない所。

私は自分が持っている防寒具の中で一番暖かそうな上着を探し出して、ベッドの上に置いた。

そして次々とセータやマフラー、帽子、手袋などをクローゼットから取り出してリュックサックに詰め込んでいく。


やがて・・・リュックサックはパンパンに膨らんでしまっていた。


「ふう・・・これ位用意しておけば・・大丈夫かな?」


そう言えば・・・アラン王子と公爵は・・・何処で訓練しているのだろう?あれから一度も学院内で見かけた事が無かったっけ・・・。


「あの鏡で2人の居場所を特定する事が出来るのかな・・・?」

不思議なお婆さんから買った究極のマジックアイテムの鏡。

私は2人の事を頭に思い浮かべ・・・鏡をのぞいた―。







 


 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る