第12章 11 貴方の優しさに心震えた日
昨日の騒ぎから一夜明けて・・・。
今日はマシューとセント・レイズシティへ一緒に出掛ける日だ。
濃紺のワンピースを着て防寒マントを羽織って女子寮の出口へ行くと、そこにはもうマシューが出迎えていた。ナップザックを背負い、グレーの防寒着に身を包んだ彼は私を見ると眩しそうに目を細めた。
「おはよう、ジェシカ。今朝はいつにも増して奇麗だね。俺の為にお洒落してくれたんだと思うと嬉しいよ。」
にっこりと笑いながら言う。
「あ、ありがとう・・・。」
う、不覚にも顔が赤らんでしまった。そう、マシューはこういう人なのだ。他の人達は何らかの思惑でお世辞で言ってる場合が多いのに、マシューの場合は思った事を素直に口に出してくれる。・・・ちょっと・・と言うか、かなり嬉しいかも。
「うん、それじゃ行こうか?」
マシューに促され、私達は2人で並んで歩きながら門へ向かった。
「ねえ、マシュー。今日は何処へ行くつもりなの?」
セントレイズシティへ着いて、人通りの激しい大通りを歩きながら私は少し前を歩くマシューに尋ねた。
「うん、実は休暇日は殆ど毎週必ず俺はこの町の教会へ行ってるんだよ。」
マシューは私に歩調を合わせながら言った。
「教会へ?」
「そこで何をしているの?」
「まあ、それは着いてから説明するよ。」
そしてマシューは1軒の店の前で足を止めた。
「ごめん、ジェシカ。ちょっとここで買物して行ってもいいかな?」
「うん、私は全然構わないけど?」
「良かった、それじゃ中へ入ろう。」
マシューに促され、店内に入ると途端に甘い香りに包まれる。
「え?この店は・・・?」
店の中は甘い香りが漂い、ショーケースには色とりどりの様々なお菓子が売られていた。クッキーやドーナツ、焼き菓子にキャンディー・・・。
人気の店なのだろうか?店内は小さな子供を連れた親子連れや、若い女性で賑わっている。何人か何処かで見た事のあるような女性達もいた。きっと彼女達は学院の生徒達なのかもしれない。
私はマシューを振り向くと尋ねた。
「マシュー・・・。もしかしてスイーツ男子だったの・・・?」
もしや、生徒会長と同類だったのだろうか?
「え?いや・・違うよ。ここでお土産を買って行くんだよ。」
「お土産?」
「そう、お土産。それじゃ買って来るから、悪いけどジェシカはここで待っていて?」
言うとマシューは私を店内の入り口付近に残すとショーケースに入っているお菓子を真剣な目で選んでいる。・・・私も何か商品見て回ろうかな?
ガラスケースに綺麗に並べられているお菓子はどれも美味しそうで、中々お値打ち価格のように思えた。成程、これなら若い女性達や子供にも受けるかもしれない。
しかし・・・お土産って誰に買うのだろう?もしかして彼女だったりして・・?
でもそれならこの町へは私とではなく、彼女と来るべきだよね。
「あ、これ・・美味しそう。」
私は1つの商品の前で足を止めた。それはブランデーがたっぷりしみ込んだフルーツケーキだった。元々あまり甘い物を食べない私でも、その焼き菓子はとても美味しそうに思えた。買って帰ろうかな・・・そう思った矢先。
「お待たせ、ジェシカ。」
ポンと肩を叩かれた。
「あ、マシュー。お土産は買えたの?」
「うん、ちゃんと買えたよ。待たせてごめんね。」
「大丈夫、全然こんなの待ったうちに入らないから。」
「そう?それじゃ行こうか。」
本当はこのケーキを買おうかと思っていたが、マシューが急いでいたように見えたので、買って帰りたいと伝えるのはやめにした。明日、又来ればいいことだし。
店内を出るとマシューは言った。
「今から行くところは少しここから離れた場所にあるんだ。だから転移魔法で行くよ。さ、俺に掴まって。」
マシューが右手を差し出してきたので、私はその手を掴むとマシューは転移魔法を使った—。
着いたところはのどかな風景に囲まれた場所で、前方には教会が建っているのが見える。
「え?教会?」
「そう、ここに大体毎週俺は通ってるんだ。さ、行こう。」
マシューと私は手を繋いだまま教会へと向かった。
教会へ近づくと、大勢の子供達が外で遊んでいる姿が目に入った。
ボール遊びをしていた1人の少年が私達に気が付くと、ぱっと笑顔になった。
「あ!マシュー兄ちゃんだ!」
「わあ!今日も来てくれたんだね?」
「待ってたよ!」
「お兄ちゃん、会いたかったわ。」
子供達は口々に言うとこちらへ向かって走って来る。
え?一体どういう事??
あっという間に子供たちに囲まれる私とマシュー。
「やあ、皆。元気だったかい?今日も皆にお土産を持ってきたぞ。」
マシューは笑顔で子供達に言う。
「うわあ!お菓子、お菓子、早く頂戴!」
「あ~ずるい!私も食べる!」
「おい、お前ら!ちゃんとマシュー兄ちゃんにお礼言えよ!」
もう大騒ぎである。
その時10歳位だろうか?1人の少年が私を見るとマシューに言った。
「なあなあ。このすっごい綺麗な姉ちゃん・・もしかしてマシュー兄ちゃんの恋人なのか?」
「アハハハ・・・。まさか、違うよ。同じ学院の友達なんだよ。でも恋人になってくれたらすごく嬉しいんだけどね。」
マシューは一瞬私を見た。その頬は少し赤く染まっているようにも見えた。
「ふ~ん・・そうか、よし!分かった!」
すると少年は突然私に向き直ると言った。
「お姉さん。どうかマシュー兄ちゃんの恋人になってあげて下さい。」
突然頭を下げて来た。え?え?突然何を言い出すのだろう。
「お、おい、カイト。いきなり何言い出すんだよ。」
流石にマシューは慌てたように言った。
「だって!マシュー兄ちゃんはこんなに優しい人なのにいつもどこか寂しそうにしてるじゃないか!俺、知ってるんだ。兄ちゃんが学院内で魔族とのハーフだからって理由でいつも一人ぼっちだって事、この間シスターと話しているの聞いてたんだからな!」
カイトと呼ばれた少年は悔しそうに言った。
「カイト・・・俺とシスターの話・・聞いてたのか?」
マシューは少年に尋ねると、こくんと頷く。周りの子供達も静かにしていると言う事は・・恐らく全員が知っているのだろう。
私はそれを聞いて胸がズキリと痛んだ。マシュー・・・。貴方はこんなにも心温かい人なのに・・・。
だから私は少年の目線に合わせてしゃがむと言った。
「え・・・と・・カイト君?私とマシューは恋人同士では無いけれど、とっても仲良しのお友達よ。私は優しいマシューが大好きだから、これからもずっとお友達でいたいと思ってる。だから安心して。マシューは1人ぼっちにはさせない。約束する。」
そしてマシューを見つめた。
「ジェ、ジェシカ・・・。」
マシューは狼狽えたように私を見ている。
「本当か?今の話・・・約束・・・守ってくれるんだよな?」
少年は必死の眼差しで私に言う。
「うん、勿論。」
「分かったよ、それじゃお姉さん。マシュー兄ちゃんをよろしく頼みます。」
ペコリと頭を下げる少年。
「はい、よろしくされました。それじゃ、みんなー。優いマシューお兄さんが買ってきてくれたお菓子を頂きましょう!」
「ジェ、ジャシカ・・・。」
なんと、あのマシューが顔を真っ赤にしているではないか!
するとそこへ・・・・
「あらまあ、外が騒がしいと思ったらマシュー。貴方が来ていたのね?」
教会の中から年配のシスターが現れた。ひょっとするとこのシスターが先程少年が話していた・・・・?
「こんにちは、シスター。今日も遊びに来ました。こちらの女性は俺の友人です。」
マシューに促され、私は挨拶をした。
「初めまして、ジェシカ・リッジウェイと申します。」
「まあ、マシューが誰かお友達を連れて来るなんて初めての事ですわ。どうぞ、中へ入って下さいな。」
シスターの案内で私達は教会の奥にある食卓へ案内されると、皆でマシューの買って来たお菓子をシスターがいれてくれた紅茶と一緒に食べ、楽しくおしゃべりをした。
やがてマシューが子供たちを連れて外へボール遊びに行き、私とシスターに2人きりになった時、シスターが私に言った。
「ジェシカさん・・・マシューの生い立ちの事・・・お聞きになっていますか?」
「はい。ほんの少しだけ彼から聞きました。」
「そうですか・・・。私がマシューと会ったのは彼があの学院に入ってすぐの事でした。町で喧嘩でもしたのか、ボロボロに傷を負い、路地裏に座り込んでいた彼を見つけたんです。」
「え?まさか!マシューは・・・とても魔力が強くて絶対誰にも負けるような人ではありませんよ?!」
信じられない!そんな話・・・。
「ええ・・・。ジェシカさんの仰る通りです。ただ・・・これは後になってマシューから聞いた話なのですが、自分が本気を出せば相手は只では済まないと思い、一切抵抗しなかったそうなんです。そして彼を襲ったのはクラスメイト達だったそうですよ。・・・自分は魔族とのハーフだから仕方ないって寂しそうに笑っていました。だから彼に言ったんです。ここは孤児院で皆寂しい子供達ばかりだから、どうかお休みの日は遊びに来て下さいって。それ以来、彼は毎週ここに遊びに来るようになったんです。」
「そう・・・だったんですか・・。」
するとシスターは私の手を取ると言った。
「ジェシカさん・・・。マシューは本当に心の優しい青年です。どうかマシューの事・・よろしくお願いします。」
教会からの帰り道・・・。私とマシューはセントレイズシティの町を歩いていた。
私はシスターの言葉をずっと頭の中で繰り返していた。駄目だ、私は・・最低な人間だ。私は・・・マシューの人の好い所に付け込んで、魔界の門を開けさせる為に利用しようとしている。これこそ、真の悪女では無いだろうか。
「ジェシカ・・・どうしたんだい?」
マシューがふさぎ込んでいる私を気遣ってか、心配そうに声をかけてきた。
「う、うううん。何でも無い。ね、ねえ。それよりもお腹空かない?何処かでお昼ご飯食べましょうよ。」
「う~ん・・。そうだな。それじゃ、あ!あの店はどうかな?」
マシューが指さしたのは町の食堂屋さんといった雰囲気の大衆食堂であった。
「うん、いいね。それじゃあの店に行こう?」
その店はサンドイッチからパスタ料理、ワンプレート料理等様々なメニューが豊富に揃っていた。
私はパスタ、マシューはハンバーグステーキのプレートメニューを頼んで、2人で先程の教会での話に花を咲かせた。
その後は2人でコーヒーショップへと移動した。
さて・・・私は・・マシューにお願いしても良いのだろうか・・・。でも中々本題を切り出せずに、学院の勉強の話等をしていると、やがてマシューが言った。
「ねえ、ジェシカ。俺に話があるんじゃないの?」
「え?」
「いいよ。ジェシカ。前にも言ったと思うけど・・・俺で良ければ協力するよ。」
「マ、マシュー・・・・。」
でも駄目だ、それは出来ない。私は首を振った。
「ジェシカ?どうして?何故首を振るんだい?」
「だ、だって・・・。」
だって、私は夢で見てしまったのだ。あの時・・・夢の中で血まみれで倒れていたのは・・今、私の目の前にいるマシューだったのだから・・・!
「・・・少し歩こうか。」
私のそんな様子を見てか、マシューが立ち上った。
「う、うん・・・。」
2人でカフェを出ると、突然マシューが私の手を握り締めると言った。
「ジェシカ、君に見せたいものがあるんだ。一緒に来て。」
そして言うが早いか、私の手を引いて歩き出す。
一体何処へ行くというのだろう・・・。
着いた先はこの町の小高い丘にある公園だった。そこの公園からはこの町の港が良く見えた。
「ほら、ジェシカ。夕日がとても綺麗だろう。ここは俺のお気に入りの場所なんだ。」
眼前に広がるオレンジ色の海は太陽の光を浴びて輝いている。
「うん、とても綺麗・・・!」
私は感嘆の声をあげた。
マシューは私を見つめると言った。
「ジェシカ・・・。俺は君の聖剣士だ。自分から名乗りを上げた。だから・・絶対に何があってもジェシカを守ると決めている。さあ、ジェシカ。俺にお願いしてみなよ。」
「マ、マシュー・・・・。」
彼は・・・何処まで強く・・・優しい人なのだろう。私は心が震えるのを感じた。
私はマシューを見つめる。
「さあ、言って。ジェシカ・・・。」
マシューはそっと私を抱きよせると言った。
「わ・・・私・・・。」
抱き寄せられながら私は顔をあげた。
「うん、何だい。ジェシカ。」
「マシュー・・・。わ、私を・・・魔界の門まで連れて行って・・・・。」
「うん、喜んで。」
そしてマシューは私を見て微笑み、これは魔界に住む魔物達から守るための印だよと言って私の額に口付けした—。
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