第11章 2 予知夢を回避する為に、応じる私
昼休みに入ってすぐ、アラン王子とマリウスが私の元へ駆け足でやってきた。
「ジェシカ、一緒に食事に行こうっ!」
「いえ、お嬢様は私と食事に行くのです。」
火花を散らす2人。
あ〜あ・・・勘弁して欲しい。私はチラリと隣に座る公爵を見ると言った。
「アラン王子、申し訳ございませんが私本日はドミニク様と約束しているのです。」
「え?」
公爵が小声で意外そうな声を出した。次に私はマリウスに言った。
「マリウスは私に構わないで婚約者のドリスさんの所へ行ってあげて。いくら主と言っても、婚約者が他の女性の傍にいられるのは相手の女性からしてみれば嫌だと思うに決まっているでしょう?」
「!お嬢様、ですから彼女は婚約者では・・・!」
必死になって私に訴えるマリウス。
「そうだ!何故ジェシカは俺より公爵を優先するんだ?!」
するとそこへエマが現れた。
「いい加減にして下さい!アラン王子、マリウスさん!ジェシカさんはドミニク様と食事に行くと言われたのですよ?未練がましい真似はみっともないと思いませんか?」
「「・・・・。」」
途端に黙り込むアラン王子とマリウス。そこへ追い打ちをかけるようにエマは言った。
「それに第一、ドミニク様とジェシカさんは婚約を交わした仲なのですよ?!」
「エ、エマさんっ?!」
ああっ!肝心な事を言い忘れていた!エマ達には婚約したフリをした後、白紙に戻した話をしていなかったのだ!
「「な、何だって?!」」
エマの台詞に驚いたのはグレイにルーク。いつの間に近くにいたのだろうか・・・。
「ジェシカ!また婚約を結び直したのか!」
「嘘ですよね?!お嬢様!」
アラン王子は鬼気迫る様子で私に迫るし、マリウスに至っては今にも泣きそうな顔になている。
一方の公爵は頬を赤らめて私を見つめている。
「さあ、ジェシカさん。誰にも遠慮せずにドミニク様と食事に行ってきて下さい。」
笑顔で言うエマ。
言えない・・・とてもこの場でエマには本当の事を・・・。
仕方なく、私は言った。
「それでは行ってきます・・・。行きましょうか?ドミニク様。」
「あ、ああ・・・。」
こうして私達は皆に見送られ?教室を後にした・・・。
校舎の外に出て、学生食堂に向って歩きながら私は言った。
「すみません、ドミニク様・・・。」
「何がだ?」
不思議そうに私を見る公爵。
「あの、昨日の事も含めて諸々です・・・。」
「昨日の事?あ、ああ。ジェシカが先に帰った事についてか?」
「はい、私・・・ドミニク様とソフィーさんの仲を邪魔してはいけないと思い・・・。」
そこまで言いかけると、急に前を歩いていた公爵が足を止めた。
「ドミニク様・・・?」
すると公爵は突然私の腕を掴むと、無言で歩き始めた。
「ド、ドミニク様。どちらへ・・・・?」
それでも公爵は、足を止めずに歩き続ける。声をかけづらい雰囲気だったので私はただ黙って手を引かれて付いて行くしか無かった
暫く公爵は無言で歩いていたが、やがて足を止めた。着いた先は今は使われていない校舎の中庭だった。
あれ・・・?この場所は何処かで見覚えがあるような・・?
そんな事を考えていると突然公爵は振り返って私を見た。その顔は何故か悲しみをたたえている。
「ど、どうしたのですか?ドミニク様?」
慌てて声をかけた。一体急にどうしたのだろう?私は何か彼を傷つけるような事を言ってしまったのだろうか?
「何故だ・・・?」
苦し気に語りだす公爵。
「え?」
「何故だ?何故ジェシカは俺と・・・昨日出会ったばかりの女生徒の仲を邪魔してはいけないと感じたのだ?」
「あ、あの・・・それは・・・。」
駄目だ。公爵には夢で見た世界の話をしては・・・。私の中で警鐘が鳴っている。
いずれ貴方はソフィーの僕のように言いなりになり、最終的に私を裁いて重い罪を着せる人だからです・・等と、口が裂けても言えるはずが無い。
「答えてくれ・・・・。ジェシカ。」
公爵は今にも泣きだしそうな顔で私をじっと見つめている。
「そ、それは・・・。ソフィーさんとドミニク様が・・・と、とてもお似合いのように見えたので・・・。お2人で見つめ合っていたし・・・。」
何とか必死で言い訳を考える。
「何故だ?!ジェシカ・・・・。お前の目から見た俺は自分に話しかけて来る女性なら誰にでも好意を寄せるような人間に見えるのか?!」
まるで血を吐くかのように激しく訴えて来る公爵。
「い、いえ!決してそのようなつもりは・・・・!」
私は激しく首を振り、そこでハッとなった。
ま、まさかこれは・・・以前夢で見たのと同じ光景・・・?
そう思った矢先、私は公爵の腕の中に囚われていた。
「ジェシカ・・・まだ気が付かないのか?口にしなければ俺の本当の気持ちが伝わらないのか?なら、はっきり言わせてもらう。ジェシカ・・・俺はお前を愛してるんだ・・!俺が初めて恋をしたあのメイドとはそれこそ比較にならない位に・・!」
そこではっきり気が付いた。
間違いない、これは私が夢で見たあの情景とそっくり同じだ。
あの時見た夢の中では、私は公爵を拒絶して突き飛ばし、尚且つ何かを叫ぶのだ。
それはかなり公爵の心を傷つける事になり・・・・・・驚いた私はそのまま逃げてしまう。
そこへ近づいてくるのがソフィー・・・。そこで夢は終わっていた。
「どうした?ジェシカ・・・。何故黙っているのだ?俺は今自分の気持ちを告げた。お前の返事を聞かせてくれ!」
今の私は公爵の気持ちに応える事が出来ない。だけど・・・今ここで、私の返事次第で、ひょっとすると自分の運命を変える事が出来るかもしれないのなら・・?
「ド、ドミニク様・・・。」
どうしよう、何と返答すれば良いのだろうか?慎重に言葉を選ばなければ・・・。
公爵は私を抱きしめたまま離さない。そこで私はそっと公爵の背中に手を回した。
「!」
公爵が一瞬、身体をビクリとさせた。
「ドミニク様・・わ、私はあの時・・・ソフィーさんとドミニク様が見つめ合っていた時・・悲しい気持ちになりました・・・。」
そう、この気持ちは嘘では無い。
「ジェシカ・・・?」
公爵が戸惑うように私の名を呼んだ。
「お2人が・・見つめ合っている姿を見て・・ドミニク様とソフィーさんの間に運命的な物を感じて、私の出る幕では無いかと思い・・邪魔をしてはならないと思って先に帰ってしまったんです。」
公爵が息をひそめるように私の言葉に耳を傾けているのを感じた。
「私は・・・まだ自分の気持ちが誰に向いているのかすら・・良く分からないんです・・。だ、だから・・・ドミニク様。時間を・・貰えませんか?もう少しだけ・・待って頂けないでしょうか?」
私は公爵をしっかりと抱きしめ、胸に顔を埋めると言った。
どうか、お願い!私の気持ちが公爵に伝わり、運命を変えて―!
強く心に祈った。
すると・・・。
「分かった・・・。」
公爵のくぐもった声が聞こえた。え?今何て言ったの?
私は上を向いて公爵を見上げると、彼は少し悲し気にほほ笑んで私を見つめていた。
「すまなかった・・・。ジェシカ。つい・・焦って自分の気持ちをお前にぶつけてしまった。」
「ドミニク様・・・。」
「・・・キスを・・・。」
不意に公爵が頬を赤らめながら言った。
「え?」
「ジェシカ・・・少なくとも、俺はお前に嫌われている訳では無いのだろう?」
「は、はい。」
「そうか。なら・・・お、お前にキスを・・しても良いだろうか・・?」
公爵は真っ赤な顔で私を見つめながら言った。恐らく公爵にとっては、相当勇気を振り絞って出てきた言葉であることは、その様子からうかがい知る事が出来た。
突然の提案に私は驚き、躊躇したが・・・公爵を見ていると、とても拒絶する事など出来なかった。
だから、私は言った。
「はい・・・いいですよ・・。」
そして上を向くとそっと瞳を閉じた。
瞳を閉じるとすぐに公爵の息遣いを感じ、唇が触れる気配を感じた。
重ねられた公爵の唇は微かに震えていたが、いつしか深い口付けに変わり・・私はそれに応じた・・。
どうか私と公爵の運命が変わりますように・・と願いを込めながら―。
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