第10章 16 マシューとの約束

 わたしは横目でチラチラとテーブル席に座ってお酒を飲んでいるマシューの様子を伺った。

お互い離れた席に座っているからなのか、マシューの方はちっとも私には気が付かない様子でハイピッチでお酒を飲んでいる。どうしよう・・・声をかけてみようか?

そう思っていた矢先、マシューがこちらを振り向きもせずに言った。


「どうしたんだい?ミス・ジェシカ。俺に何か話でもあるのか?」


「え?き、気が付いて・・・?!」


「当たり前だろう?この店に入ってからすぐに気が付いたさ。俺からそっちへ行こうか?」


クスリと笑ってマシューは私の方をようやく見た。


「う、うん・・・。」

私は頷いた。今自分がいる席は一番壁際のカンター席だ。出来ればあまり人に聞かれたくない話をしたいので、私の席に来てもらった方が良さそうだ。

 マシューはグラスを持って移動すると私の隣の席へと座った。



「あれ?それしか飲まないつもり?」


マシューは私の手元にグラスが1つしか無いのに気が付いた。


「う、うん・・・。1杯だけ飲んで帰ろうかと思っていたから。」

歯切れが悪く答える私。


「ふ~ん・・。思い付きでここに飲みに来たって感じかな?」


「え?」


「いや、何でも無いさ。」


「マシューは・・お酒好きなの?」


「うん。そこそこね。ミス・ジェシカはどうなんだ?」


「勿論・・・好きだよ。そうじゃなきゃ女1人でお酒飲みに来ないでしょ?」


「それはそうだな。」


マシューはグラスのお酒を飲み干すと言った。


「すみません、バーボンを追加でもう一つ。」


バーテンを呼ぶとマシューは私に声をかけてきた。


「ほら、ミス・ジェシカも飲みなよ。」


「う、うん・・。それじゃマルゲリータを一つ。」


バーテンが頭を下げて去るとマシューが言った。


「そうか、ミス・ジェシカはカクテル派なんだ。やっぱり女子だな。」


「やっぱり・・・って。」


「ほら、ミス・ジェシカは外見は物凄い美人なのに、どこかサバサバした印象があったから飲むお酒はもっと男らしい?ものを飲むかと思っていたからさ。」


サバサバしている・・・・。そんな風に言われたのは初めてだ。


「お待たせ致しました。」


バーテンが私とマシューの前にそれぞれアルコールを置いて去って行くとマシューが言った。


「ほら、乾杯しよう。明日からの新学期を祝って。」


マシューは嬉しそうにグラスを持つと言った。

「う、うん・・・。」

乾杯ねえ・・。私の中ではとても何かを祝うような気分では無いのだが、取り合えずグラスを持って互いに鳴らした。

 どうしよう・・・?マシューに何から話せばいい?

いざ話そうとなると何処から話せば良いのか分からなくなってしまう。

その時、ふいにマシューが言った。


「・・・傷の具合はもう治ったの?」


「え?」


突然のマシューの言葉に私はグラスを落しそうになった。


「お、おい。大丈夫か?」


マシューは慌てたように言うと再び笑みを浮かべた。


「ミス・ジェシカ・・・俺に色々聞きたい事があるんだろう?」


「え?!ど、どうしてそれを・・・。」


慌てる私を見て、ますます楽しそうに笑うマシュー。


「アハハハ・・・。当然じゃないか。カウンター席に座った時からずっと、こちらをチラチラ見てるんだもの。その様子があんまりおかしいから気が付かないフリしてたんだ。」


「そ、そうだったんだ・・・。」

私は安堵の溜息をついた。そこまで気が付いていたなら話をしてもいいかもしれない。


「傷の具合は、もう大丈夫だよ。不思議な事に傷跡が消えてるの。」


「そうか、それは良かったな。あの花は本当に良く効く万能薬なんだ。」


「あの・・・マシューが魔界へ行って花を摘んで来てくれたんでしょう?どうもありがとう。」

私は丁寧に頭を下げた。


「いや、俺は魔界までは行ってないよ。確かに魔界の門はくぐったけど、その周辺に咲いている花を摘んできただけだから。魔界はそのずっと先にあるのさ。」


 どうしょう?ノア先輩の事を問いただしてみる?でもそんな事を尋ねていいのだろうか・・?

ギュッとカウンターの上で手を握り締めるとマシューが言った。


「ミス・ジェシカ・・・。今日会った時から聞こうと思っていたんだけど・・・。」


気が付けばマシューが真剣な表情で私を見つめてる。


「な、何?」


「君の身体の中から・・・強い魔界の香りがするんだ・・・。一体どういう事なのかな?・・ひょっとすると魔界の誰かにマーキングでもされた?」


「!」

私は両肩がビクリと跳ねてしまった。


「そうか・・・。やっぱり魔界の香りで間違い無かったのか・・・。」


「あ、あの!」

そうだ、尋ねるなら今しか無い!


「マシューは、ノア・シンプソンと言う男性を知ってる?!」


「ノア・・・シンプソン・・・。」


マシューは小さくその名前を呟いた。


「そう、この学院で副会長を務めていたの。」


マシューは黙って私を見つめていた。え?その沈黙は一体何?

戸惑っているとマシューは口を開いた。


「知ってるよ。でもその事を口にするわけにはいかないんだ。それが決まりだからね。」


ああ・・・やっぱりマシューはノア先輩の事を覚えていたんだ。


「良かった・・・。私意外にノア先輩の事を覚えている人がいてくれて・・・。ありがとう、マシュー。」

私は涙が溢れてきた。

そして、それを見たマシューは私に黙ってハンカチを渡してきた。

私はハンカチを受け取ると涙を拭くと言った。

「ねえ、マシュー。私は魔界へ行きたいの。魔界の門には鍵がかかっているんでしょう?その鍵は何処にあるの?」


「え?何故魔界の鍵がある事を知ってるんだい?それに・・・まさか手に入れたとしたら魔界へ行くつもりなのか?」


マシューは驚愕の表情を浮かべた。


「そんな事をしたら、知性の無い魔族達が一気に人間界へやってきて溢れかえるよ?もし魔族達が襲ってきたら・・・魔力を持たない人間はひとたまりもない。それを分かった上で聞いてるの?」


私はマシューの話を黙って聞いていたが、彼の話が終わると言った。


「ねえ、マシュー。貴方は知ってる?人間界と魔界の間にはもう一つ別の世界が、そ存在すると言う話。そこは・・・『狭間の世界』と呼ばれているの。」


「狭間の・・・世界?ごめん・・初めてきく話だよ。」


マシューは首を傾げた。

そうか、マシューは知らなかったんだ。

「ある人に聞いたの。まずは魔界へ行く前に狭間の世界へ行く鍵を見つけて、門を開けてそこへ行く。そして狭間の世界から魔界へ行けばいいって。きっと狭間の世界から先に入れば、魔族達は現れないって事よね?それで・・・ねえマシュー。貴方達聖騎士が守る門は一つだけなの?」


「ああ。門は一つだけだよ。」


「それなら、ひょっとすると魔界の門も狭間の世界の門も同じなのかもしれない・・・。」

私はカクテルに手を伸した。

 

マシューもアルコールを飲みながら言った。


「そうか・・・そういう事だったんだ。」


「え?」


「いや、実はね・・・ジェシカ譲から魔界の香り意外に別の空気のような物を感じていたんだ。まるで君を守るみたいに・・。そう、加護を受けているんだ!」


妙に興奮気味に語るマシュー。


「え?加護・・・?」


「そう!他に何か心当たりは無い?」


心当たりと言われても、私は全く思い当たる節が無い。


「ごめんなさい・・・。私には分らない。」


「そうか、残念だなあ。あ、残念ついでにもう一つ。魔界へ行く門の鍵は無いよ。」


「そう・・・。」

やっぱりね・・・。 


「あれ?あまり思った程にショックを受けていないようだけど?」


マシューは意外そうに言った。


「うん、元々鍵は無いかもしれないと聞いていたから。でも無ければ作ってしまえばいいって教えて貰ったから。」


「え?鍵を作るだって?!そんな事が出来るの?!」


「うん、まだこの世界に錬金術師がいればの話だけどね?」


「ふ〜ん・・・それじゃまずは錬金術師を探す事からだね?」

言いながらマシューは腕時計をチラリと見た。


「ミス・ジェシカ。そろそろ門限だから今夜はもう帰った方が良いよ。」


マシューは立ち上がった。

え?もうそんな時間だったの?私も慌てて立ち上がる。


 そして2人でサロンを出た。

歩く道すがら、マシューが言った。


「ミス・ジェシカ、今夜は色々話が出来て楽しかったよ。」


マシューは笑顔で言った。


「また会って話せるかな?君の話は興味深いよ。」


「わ、私の方こそ是非!」


「それじゃ約束だ。」


マシューは右手を差し出した。

私も手を差し出して・・・月明かりの下、私達は握手を交わした―。















 




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