第8章 6 今の私に出来る事
私は突然目が冷めた。窓の外を眺めると夜明けが近いのだろうか、空が白んでいる。そっと自分の頬を触ると涙で濡れていた。大丈夫、私はノア先輩の事を覚えている。初めての出会いから昨夜見た夢の世界の最後のお別れ迄・・・。
ベッドから起きあがると、耳についているピアスに触れてみた。
そう、このピアスはお別れの最後にノア先輩が私にくれた物だった。
「ノア先輩・・・私、全部思い出しましたよ。もう・・・絶対にノア先輩の事忘れたりしません。そして・・・必ず先輩を助け出しますね。例え自分が罪人として裁かれる事になったとしても。」
今までの私は自分が身に覚えの無い濡れ衣を着せられて罪人として捕らえられ、裁かれてしまうのだとばかり思っていた。だからそれを回避する為に逃げる事ばかり考えていたのだが、事実はそうでは無かったのだ。
恐らく夢の中で見た私はノア先輩を助けるために門を開け、どういう経路があったのかは分からないが、アラン王子達に捕らえられ、公爵によって裁きを受ける事になったのだ。でも・・・ノア先輩を救えるのなら、今の私はそうなっても構わないとさえ思っている。
あの時に見た夢の中ではノア先輩が皆と一緒に夢の中に出ていた。と言う事は、私はノア先輩を救出する事に成功したのだ。
そして、その代わりに捕らえられて流刑島へと送られることになる・・・。
けれどそれには大きな痛手を負う。リッジウェイ家の全財産を没収される事になってしまう。家族には迷惑をかける事は出来ない。せめて私が作った財産だけでも信頼出来る誰かに預かって貰い、没落という道だけは避けないといけない・・・。
どうしよう、誰に預かってもらうのが一番安全だろうか?
私は夢で見たあの時の光景を必死で思い出してみる。
あの場にいた人物でお金を預かってもらうのに最適な人物は・・ダニエル先輩か生徒会長だ。
うう・・・でも生徒会長にだけは絶対にお願いごとはしたくない!
そうなると、残る一人はダニエル先輩だ。幸い、ダニエル先輩は意外とノア先輩と仲が良かった。
「もう、学院が始まるまではダニエル先輩とは会えないしな・・。」
私はポツリと呟いた。
となると、今の私が出来る事は1つしかない。もっともっと自分の手持ちでいらない服やアクセサリーなどを売り払って現金化してお金を貯めておかなくては・・・。
「ああ・・・。こんな時、ジェシカが免許を持っていたらな・・・。」
私は溜息をついた。
「え?ジェシカが免許を持っているかだって?」
私は朝食が終わり、出勤する直前の兄を捕まえて自分が車の免許を持っているかを尋ねた。
「はい、学院にいた頃は週末に開かれる門を通って簡単に町へ行く事が出来たのですが、我が家から王都までは遠いですよね?私は移動魔法も使えないので自由に王都へ行き来したいのです。だから車の免許を私が持っていたかお兄様に確認しておきたくて。」
私の言葉を兄は目を丸くして聞いていた。
「お兄様?」
「い、いや。本当にジェシカは記憶を無くしてからはすっかり人が変わったようになってしまったね。以前のジェシカなら自分で運転をするなどという発想すら無かったからね。いつでも自分が出掛けたい時に運転できる使用人を呼び出しては王都迄連れて行かせていたから・・。」
「そ、そうだったんですね・・・。」
ああ、もう!本当にこの世界のジェシカは最低女だったみたいだ。私が一番嫌悪するタイプの女だっ!
「ああ、でもピーターがいるな。彼に頼んでみたらどうだ?1日おきに王都へ商品の仕入れの為に出掛けているそうだから。」
「ピーター?」
私は首を傾げた。何やら初めて聞く男性の名前だなあ・・・。
「ほら、リッジウェイ家の近くに家が建っているだろう?そこに住んでいる庭師だよ。」
アダムの言葉で私は初めてマリウスとこの地へやって来た時に魔力切れで倒れてしまったマリウスを助けるために私が駆け込んだ家に住んでいる男性の事か。
「ありがとうございます、お兄様。それでは後で彼の家を訪ねてみる事にします。」
すると兄は窓の外をチラリと見ると言った。
「いや・・・わざわざ訪ねてみる必要はもう無いと思うよ。」
「え?どういう意味ですか?」
「ほら、見てごらん。もう彼はここへ庭仕事をやりに来ているよ。」
兄の視線の先を追うと、そこにいたのはあの時の栗毛色の青年だった。
「彼の名前がピーターと言うのですか?」
「ああ、そうだよ。まずは彼に聞いてみるといいよ。それじゃ、ジェシカ。僕はもう仕事に行かないといけないから。」
「はい、行ってらっしゃいませ。お兄様。」
私はアダムに手を振って見送り、姿が見えなくなるとピーターの元へ行った。
「お早う、ピーターさん。」
「うわあ?!ジェシカお嬢様?お、おはようございます!」
庭仕事の手を休めるとピータ―は慌てて私に頭を下げた。
「あの、実はピーターさんに尋ねたい事があるんだけど、1日おきに王都へ行ってるって本当?」
「ええ。本当ですよ。今日もこの後行くつもりなんです。」
おおっ!何てラッキーッ!
「あの、もし迷惑じゃなければ私も一緒に王都へ連れて行って貰えないかな?」
「え?!ジェシカお嬢様をですか?!」
ピーターは露骨に嫌そうな顔をした。はあ・・・やっぱりそうなるよね?
「ごめんなさい、突然こんなお願いしてしまって。迷惑だったよね?忘れて。」
背を向けて歩き始めると背後から声がかけられた。
「い、いえ!迷惑とかそう言う訳では無いんです!ただ、俺の乗ってる車が農作業用の汚れた車なので、仮にもリッジウェイ家のお嬢様をお乗せする事が出来ないような車でして・・・。」
ピーターは慌てたように言う。
「何だ、そんな事ならちっとも気にする必要無いのに。私はどんな車だって大丈夫だから。」
でも、そこまで行って気が付いた。今のはひょっとすると遠回しに断る口実を言ったのかもしれない・・・。
「あ、あはは・・・。ご、ごめんなさい。やっぱりいいです。それじゃお仕事頑張って下さいね。」
私は背を向けて歩き出し・・・・。
「待って下さいっ!」
背後から呼び止められた。
「ピ、ピーターさん?」
「ジェシカお嬢様、大丈夫です。俺はちっとも迷惑だとは思っていませんから。そこまでして王都に行きたいって事は何か大事な用事があるんですよね?大丈夫です。お嬢様の出掛ける準備ができ次第、王都に一緒に行きましょう!」
ピーターは笑顔で言った。
おおっ!なんて理解力のある青年なのだろう!
「あ、ありがとう!それじゃすぐに準備してくるね!」
私は急いで部屋に戻ると、以前売り損ねたトランクケースを誰にも見つからないように細心の注意を払いながら持ち運び、ピーターの所へ向かった。ついでに来ていた洋服も貴族令嬢が来ているようなワンピースドレスでは無く、町娘が着るような庶民的な服に着替え、髪も後ろで1本の三つ編にしてきた。これも一応変装のつもりである。
私の姿を見てピーターはポカンとした顔をしたが、すぐに我に返って言った。
「これは驚きました、ジェシカお嬢様ですか?いや~見違えましたね。これは何処をどう見ても庶民の女性に見えますよ。」
「本当?ありがとう。それじゃ早速で申し訳ないのだけどこのトランクケースごと売りに出したいの。王都の質屋さんで降ろしてくれたら後はタクシーに乗って1人で帰れるから。」
するとピーターの顔色が変わった。
「な、何を言ってるんですか?ジェシカお嬢様を1人置いて帰れるわけないじゃないですかっ!最後まで俺もお付き合いしますよ。」
こうして私とピーターは一緒に王都へ出掛ける事になった・・・。
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