第7章 8 公爵は立派な雇用主

「す、すごい・・・。一体どうなっているのですか?」

私は目の前に立っているもう1人の自分を見ながら公爵に尋ねた。その人形は目は閉じたままである。


「ああ、これは魔力をかけられた人形なのだ。相手の姿をそのまま投影する事が出来る。ただこのままでは只の人形に過ぎない。なのでジェシカの魂をコピーしてこの人形に入れる。」


公爵の何気なく言った言葉に私は仰天した。

「えええっ?!た、魂をコピーですかっ?!そんな事が出来るのですかっ?!」


「ああ、一時的な物だが・・・出来る。まあせいぜい効果は7~8時間程で切れてしまうが・・。」


「あの、効果が切れた後はこの人形はどうなるのですか?」


「只の人形に戻る。」


ヒエエエエッ!な、なんて怖ろしい・・・。朝になって私が人形になっているのを見た家族が一体どれ程驚くか・・・。

私のそんな気持ちに気が付いたのか、公爵は言った。


「大丈夫だ。人形の効果が切れる頃にお前を部屋へ送り届けてやるから何も心配するな。」


「あ、ありがとうございます・・・。」

良かった、それなら安心だ。

「それで・・・どうすれば私の魂のコピーを取る事が出来るのですか?」


「ではジェシカ、この人形と向かい合って手を合わせるのだ。」


「は、はい・・・。」

私は自分の人形の前に立ち、両手を広げて自分の顔の前にかざすと、人形は同じ動作をした。うう・・それにしても妙な気分だ。まさか自分自身とこのような形で対面する事になるとは・・。

そして、そろそろと手を前に伸ばすと人形も同じ動きをする。

私と人形の手が合わさった時、それは起こった。突然私の身体が輝きだし、光が人形の方へ流れ込み、人形の身体が輝きだす。まるで私の身体から出た光を人形が吸収していくかのようだった。

やがて光を完全に吸収した人形がゆっくりと目を開けた。

あ・・・私と同じ紫色の瞳だ・・・。


「ジェシカの魂を宿した人形よ。今夜、お前はジェシカの身代わりとして城へ戻るのだ。良いな?」


「はい、承知致しました。」


おおっ!喋ったっ!


「いいか、あの城にはマリウスと言う人物がいる・・知っているな?」


「はい、存じております。」


え?この人形は私の記憶を持っているの?


「部屋へ戻ったら鍵をかけ、決してマリウスと言う男は相手にしてはならない。」


「はい、承知致しました。」


私の人形は返事をすると、そのまま城へ向かって歩いて行ったのである。

立ち去っていく人形の後ろ姿を見守りながら不安な気持ちで私は公爵に尋ねた。

「あ、あの・・・本当に大丈夫なのでしょうか。・・・・?」


「大丈夫だ、安心しろ。少なくとも外見上はお前にそっくりなのだ。一晩位やり過ごす事は造作ない。」


公爵は私を安心させる為か、肩に手を置くと言った。


「は、はい。分かりました。」

そうだ、公爵の言葉を信じよう。


「それではジェシカ、後の事は人形に任せて俺の屋敷へ行こう。」

公爵は私を抱え込むと短い呪文を唱えた。

すると途端に足元で起こる浮遊感、そして気が付けば私は見慣れない館の中に立っていた—。



 その館はとても広く、内装もとても立派な造りをしていた。見上げる程に高い天井に吊り下げられたシャンデリア、正面玄関から見える吹き抜けのホール・・。大理石の床には立派なカーペットが敷かれていた・・・だけど、何か違和感を感じる。


 出迎えにやって来る人達は誰もいないし、調度品は立派なのにどこか殺風景で寒々しい印象すら感じる。何だか屋敷内の空気までひんやりと冷たい気がする・・・・。


「あ、あの・・・。」


「ん?どうかしたのか?」


公爵は抑揚のない声で私を見下ろして返事をした。

どうして公爵様が帰宅されたのに、誰も出迎えてくれないのですか?どうしてこの屋敷は・・こんなにも寒々しいのですか・・?

私は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。何故か、その事に触れてはならない気がし

たからだ。

「い、いえ・・・何でもありません。」


「この屋敷はほとんど使われていな部屋ばかりだからな・・・どれでも好きな部屋を使うといい。だが、そんな事を言われても困ってしまうよな・・・?よし、それでは一番広くて豪華な部屋を・・・。」


言いかけた公爵を私は止めた。

「い、いえ!大丈夫です。あの、全くお気になさらないで下さい!出来れば・・・一番狭いお部屋でお願いします。」


「そうなのか?そんな部屋で良いのか?」


公爵は不思議そうな顔をするが、私はコクコクと頷いた。

元々はドが付くほどの庶民な私。正直、この世界にやってきてから気後れする事ばかりで精神が疲弊気味だったのである。出来れば狭い部屋を使いたい。


「ええ、私は今夜突然こちらでお世話になる事になったのですから、そんなご迷惑をおかけする訳には参りません。なので、どうか一番狭い部屋を使わせて下さい。」


「・・・?そうか、そこまで言うなら・・・分かった。ではこちらへ。」


公爵は右手を振ると、どういう魔法なのかは知らないが、より一層屋敷の内部が明るく照らし出された。


「行くぞ、ジェシカ。」


公爵に声をかけられ、黙って彼の後をついて歩く。そして公爵は1つの部屋のドアの前で立ち止まった。


「では、この部屋を使うと良い。」


公爵がドアノブをカチャリと開けると、その部屋は広さが10畳ほどの、今まで私が見て来た室内で一番こじんまりとした部屋であった。

それでも家具は備え付けてあるし、シングルサイズのきちんとベッドメイクされたベッドも用意されている。


「・・・どうだ?この部屋は?」


気まずそうに公爵は言うが、私には大満足の部屋だ。


「とんでもありません!最高です、このお部屋。ここならゆっくり休めそうです。ドミニク公爵様、何から何まで本当に有難うございます。」


私はペコリと頭を下げた。


「いや、そこまで礼を言われるような事はしていない。あまり気にする必要は無い。」


所で、私には先程から気になっていた事があった。今・・・公爵に尋ねても良いだろうか?

「あの・・・ドミニク公爵様・・・。お伺いしたい事があるのですが・・よろしいでしょうか?」


「何だ?遠慮する事無く話して見ろ?」


「それではお尋ねしますが、使用人の方々はどちらにいらっしゃるのですか?姿が見えない様ですが・・。」


「ああ・・彼等か。使用人の物達には労働時間を決めてあるのだ。朝の6時~夜の9時まで交代制で、その時間以降は一切仕事をしなくて良いと。」


おおっ!なんて素晴らしい雇用主なのだろう・・・!私はすっかり感心してしまった。ブラック企業にも是非見習って貰いたいものだ。


「まあ、他の貴族の連中にはおかしな奴だと言われるが・・彼等にだって私的な時間が必要なはずだからな。・・・俺の考えはおかしいだろうか?」


公爵は真剣な表情で私を見る。

「いいえっ!そんな事はありません。むしろ素晴らし事だと思いますっ!本当にドミニク公爵様は立派な考えをお持ちの方だと感心してしまいました!」


「あ、ああ・・そうなのか?」


その時、私は初めて公爵が照れた顔を見たのだった。


「でも、それにしては凄くお部屋のお手入れが行き届いていますよね?使用人の方々も少ししかいらっしゃらないと伺っていたのですが・・・?」


私は疑問を口にすると公爵は言った。


「ああ、俺は精霊使いの能力が合って、人員を補う為に彼等に協力をしてもらっている。ただ・・・普通の人間達には彼等の姿を見る事は出来ないのだけどな。だからこそ余計に周囲の人間から悪魔と恐れられる原因の一つでもある訳なのだか・・。」


公爵は寂しそうに笑った。

何故、ドミニク公爵はこんなに自分を卑下するような事ばかり言うのだろう?これほど素晴らしい魔力を持っているのだから、もっと自分の事を誇ってもいいのに・・。

だから私は言った。


「ドミニク公爵様、貴方は立派なお方ですよ。他の方々がどういおうと、私は貴方の事を尊敬致します。貴方のような方が私の友人になって下さって・・・とても嬉しいです。」

そう言って私は公爵にほほ笑む。するとドミニク公爵は一瞬戸惑った様子を見せたが、その後私に笑いかけてくれた—。













 

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