マリウスの苛立ち ①
自分は今激しく後悔している。
あの時、何と言われようともジェシカお嬢様の傍を離れるべきでは無かったのだ。
終業式のあの日・・・姿を現さなかったお嬢様。そしてお嬢様の居場所を何故か感知する事が出来なかった。あの時は本当に焦った。何故居場所を掴めないのか?
おかしい。マーキングが解けてしまったのだろうか?
手紙でカフェにお嬢様を呼び出し、いざ面と向かうと違和感を感じる。
妙にぎこちないし、ソワソワして視線を合わそうとしない。その上、こちらの質問に反抗的な態度を取ってくる。
何か報告出来ないやましい事でもあったのかと問い詰めると、傍目で分かる程にお嬢様の肩が跳ね上がる。挙句に私の事は構わず学院生活を謳歌して等と言い出すし・・。意図的に自分を遠ざけようとしているのが分かった。
こうなれば・・・仕方が無い。
お嬢様に里帰りできるのが2日遅れると告げた時、明らかに大げさなほど驚くお嬢様。その姿もなんて可愛らしいのだろう。
まだ用事があるので失礼しますとお嬢様に告げると、ほっとする態度を取る。
それが何故かカチンときてしまう自分がいた。
それではまた出発日にと互いに席を立ち、隙を見てお嬢様のマーキングを確認しようと思い、試しに引き寄せて匂いを嗅いでみる。
お嬢様は露骨に嫌そうな、何処か軽蔑したような視線で見てくるのを不覚にも興奮して胸が高鳴る。しかし、次の瞬間凍りつきそうになった。
マーキングが消えているのは分かっていたが・・・実は消えていたのではなく、正確に言えば上書きされている事に気が付いた。
これは・・・一体どういう事なのだ・・?
あれ程、しっかりマーキングしておいたのにも関わらず、自分のつけた痕跡すら残っていない。
マーキングが消えていると告げた瞬間、お嬢様は真っ青になる。
それを見て瞬時に悟ってしまった。
間違い無い、お嬢様は誰かに昨夜抱かれたのだ―。そうでなければこれ程濃くマーキングが残っているはずは無い。
一体誰が?
お嬢様の周囲には邪魔な男達が多すぎる。だが、おおよその見当はついていた。
恐らく相手はアラン王子に違いない。
アラン王子・・・・一体どんな手を使って、お嬢様を?
お嬢様は自分だけの物だ。それなのに・・・激しい嫉妬で気が狂いそうだ。そして悲しいほどの喪失感・・・。
気が付くと目が潤み、涙が出そうになっていた。
「マ、マリウス。一体どうしたの・・・?」
そんな自分を心配してか、ジェシカお嬢様が覗き込んでいた。
「お嬢様は・・そうやってどこまで私の気持ちを・・・翻弄するおつもりなのですか・・?こんな事なら以前のお嬢様の方が・・・。」
思わず本音を口走っていた。そんな自分を訝し気に見つめるお嬢様。
駄目だ、今お嬢様とここにいたら、衝動にかられて何をしでかすか分からない。
そして自分は逃げてしまった・・・。
その日はずっとお嬢様を避けていた。そして翌日、自分の不在中にお嬢様が男子寮に尋ねて来た事を知る。
お嬢様が自分を尋ねてわざわざ男子寮へ?驚くほど喜んでいる自分がいた。
そしてすぐに女子寮へ行き、衝撃的な事実を知る事となった。
女子寮は他の女子学生は愚か、寮母ですら皆里帰りをしてしまい、ジェシカお嬢様はたった1人、寮に取り残されていたのだと。
なんて酷い事をしてしまったのだろう。昨夜はどれほど心細い思いで夜を過ごされたのだろうか?
誰も女子寮にいないことが幸いだった。女子寮へ侵入し、お嬢様の部屋へ行く。
こんな事が知られてはお嬢様に只では済まされないかもしれないが、既に合い鍵は作ってある。
試しにノックをしてみるが、応答は無し。それならと・・・鍵を開けて中へ入るも部屋の中はやはりもぬけの殻。
お嬢様は何処へ行ったのだろう?何か手掛かりになるものはないか、部屋の中を探してみて、箱の中に奇妙な物が入っているのを発見して手を止めた。
一体これは何だ・・・・?四角い見慣れない箱のような物に、見慣れない素材で作られた押しボタンが並んでい奇妙な物体。それはノートのように開く事が出来た。全く見たことも無い2つのアイテムにただただ戸惑う。
結局お嬢様を探す痕跡は見つからなかったが、恐らくセント・レイズシティに行ったのだろう。独りぼっちで寮で過ごしたとなると、今夜は町のホテルに宿を取る可能性が高い。
よし、お嬢様の後を追おう。
すぐに男子寮へ戻り、1泊分泊まれるだけの準備をしてボストンバッグに詰めて町へ向かった。
町のホテルを1軒1軒しらみつぶしに探す。
チッ!アラン王子め・・・お嬢様に余計な事をしてくれた為、探すのに手間がかかって仕方が無いではないか。
ようやくお嬢様が宿泊しているホテルを見つけたが、どこにもいない。
そしてホテルの隣にはこの町の観光名所の時計台。
好奇心旺盛なお嬢様の事だ。恐らくこの塔に登ったに違いない。
時計台の入口ですぐにお嬢様を発見した。喜びも束の間・・・何故だ?何故また彼がお嬢様に付きまとっているのだ?何故・・・貴女はそんなにも隙だらけなのだ・・?!
目にした光景はノア先輩がお嬢様の両肩を掴んでいる場面だった。
ギリリと歯ぎしりをする。よせ、やめろ、勝手に許可なく触るな。お嬢様は・・自分だけの物だ。
「そこ迄にして頂きましょうか?ノア先輩。」
素早く2人に近付き、憎悪を込めた目でノア先輩を睨み付けながらお嬢様を自分の腕に囲いこんだ。
「私の大切なお嬢様に狼藉を働くのはやめて頂けますか?」
するとノア先輩は余計な事を話してくれた。
マーキングと称してお嬢様にキスをしていたと・・・。それがどうした?
何の問題があるというのだ?
誰よりも、ずっと側にいたのはこの自分だ。誰にも文句は言わせない。
しかし、お嬢様は衝撃を受けていたようだ。
「酷いじゃないの!今迄私を騙していたのね?!キ、キスしなくてもマーキング出来たんでしょう?!」
顔を真っ赤にして詰って来るが、それすら愛しく感じてしまう。
結局、ノア先輩は何か文句を言いたげだったが、去って行った。よし、これで今度こそ2人きりになれる。アラン王子との事を聞きだすのだ。
お嬢様に部屋から閉め出されそうになったが、中へ素早く侵入すると、嫌々ながらも受け入れてくれた。
しかし、お嬢様は顔を真っ赤に染めて、絶対にベッドには入って来るなと言って来た。
以前のお嬢様とは思えない程の言葉。間違いない、今、自分の目の前にいるこちらのお嬢様は・・・。
気を取り直し、お嬢様にお昼をどうするか確認をした時に、何気なく言ったお嬢様の言葉にあれ程打ちのめされてしまう事になるなんて・・・。
お嬢様にお互いに別行動を取ろうと言われ、カッと頭に血が上り、気が付けばきつく抱きしめ、自分の気持ちを吐露していた。
お嬢様に苦しいと言われて初めて締め上げている程力を込めて抱きしめていたことに気が付き、手を放す。
そしてお嬢様に背を向けて部屋を出て行った・・・。冷静に頭を冷やせば、気持ちが静まるだろうと考えていたのにそれがあんな結果を招くなんて・・・。
その後、何となくお嬢様と顔を合わせずらかった為、気を取り直し、念の為に最終打ち合わせと称して彼等を酒場に呼び出し、最期の計画を立てた。
打ち合わせが済んだのは夜の9時を過ぎていた。
自分から望んであのホテルに行き、強引にお嬢様の部屋へと入り込んだものの何となく顔を合わせずらいので寒空の下、当ても無いのに夜の町を彷徨い歩きながら終業式の出来事を思い返していたその時。
「そこのお兄さん、私と今夜一晩付き合わない?」
不意に見知らぬ女に声をかけられた。
振り向くとそこに立っていたのは、素人には見えない、いかにも商売女といった女性の姿が。
顔を上げると、女の目つきが変わった。
「まあ~なんて素敵なお兄さんなの?ねえねえ、貴方なら商売抜きで今夜お付き合いさせて貰いたいわ?」
言いながら女は腕を絡ませてきた。
何て汚らわしい女なのだ。お嬢様とは大違いだ。
唯一共通点があるとしたら、髪の色がお嬢様と同じだと言う事位か・・・。
馴れ馴れしく触るなと腕を振り払おうとして、お嬢様とアラン王子の事が頭に浮かぶ。
そうだった・・・お嬢様とアラン王子は・・・・
その事を思い返すと、虚無感に襲われる。
どうせ部屋に戻ってもお嬢様と顔を合わせるのは気まずいだけだ・・・・。
それなら、この女と一晩位付き合ってやってもいいか。
「・・・何処へ行きたい?」
そう尋ねると、女はますます嬉しそうにしなだれかかって来る。
お嬢様—。
心の中でお嬢様の顔を思い返し、瞳を閉じた・・・。
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