第4章 7 レオの過去

 1人で与えられた自室に戻った私は出窓の傍に椅子を持って来ると、窓から夜空を眺めた。

セント・レイズシティからの星空も素晴らしかったが、この島はまるで大宇宙がひろがっているかのような美しさだった。


 夜空を見上げながら思った。

余計な事をしてしまったと・・・。ジェイソンが私を毛嫌いしているのは分かっていた。なのに彼のいる前で目立つことをしてしまったのだ。目障りな人間がもてはやされるのを見せつけられるのは、さぞかし不愉快な事だっただろう。


 私に魔法が自在に使えれば、この島から逃げる事も出来たのに、ただこうしてウィルが脅迫状を書くのを待つ事しか出来ないなんて・・・。

何度目かのため息をついた時、誰かが私に声をかけてきた。


「ジェシカ。」


振り返ると、すぐ近くにレオが立っていた。

「レオ・・・前にも言ったよね?黙って部屋には入って来ないでって。」


「すまなかった。どうしても・・ジェシカに謝りたくて、つい。」


意外なほどあっさりとレオの口から謝罪の言葉が飛び出してきた。


「え?ちょっと待って。何故レオが私に謝るの?むしろ、さっき私を庇ってくれたのはレオじゃ無い。逆に私がお礼を言う立場よ。さっきはありがとう。」


「い、いや。違う。ジェイソンがあれほど怒ったのは、むしろ俺が出て来たからなんだ・・・。」


レオの話している意味が分からなくて私は首を傾げる。


「ま、まあそんな事はいいか・・・。ジェシカ。酒は好きか?今日セント・レイズシティで人気の酒を買って来たんだが・・・2人で飲まないか?」


私の返事を聞く前にレオは空いてる椅子を私の隣にまで持って来ると、出窓に酒瓶とグラスを2つ置いた。

な、なんて美味しそうな・・・。グラスに思わず手が伸びて・・・慌てて私は首を振った。

いけない、禁酒するんだった。前回アラン王子とお酒を飲んだ挙句、とんでもない事になったでは無いか。


「ごめんなさい・・・私お酒は・・・。」


「何だ?俺と一緒には飲んでくれないのか?」


悲しそうな顔をするレオ。う・・・そんな顔をされると・・・。


「わ、分かったわよ・・・。少しだけよ・・・?」



「それでさ・・・孤児になってしまった俺を助けてくれたのがウィリアムの父親・・俺達のボスだったって訳さ。」


レオはグラスを片手に先程から喋りっぱなしだ。


私はチビチビとお酒を飲みながら、相槌を打って話を聞いている。

すると、突然レオの口調が変わった。


「でも、ジェシカ・・・。その服、本当に良く似合ってるぜ・・。久しぶりに彼女を思い出してしまったな・・・。」


「え?」

意味深なレオの台詞に私は顔を上げた。


「実はさ・・・俺の初恋の相手って、ボスの奥さん・・・ウィリアムの母親だったんだぜ。」


「ええ?レオって年上の女性がタイプだったのね。」


「か・・勘違いするなよ?俺が初めて会った時、彼女は25歳だったんだぞ?一目惚れだったんだよ・・・な。でもその場でボスの奥さんだって事が分かってすぐ失恋してしまったって話さ。」


レオは顔を赤く染めながら言った。


「初めて出会った時、彼女はさ・・・ジェシカが今着ているのと同じ服を着ていたんだ。ジェシカは彼女に雰囲気が似ているよ。瞳の色も、髪型も・・・。」


何故かすごく悲しそうに私を見つめるレオ。


「レオ・・・?」


「なあ・・・ジェシカ、俺の昔の話・・・聞いてくれるか?」


レオは俯くと言った。


「私でよければ・・・。」


するとレオは顔を上げると話始めた。


「俺達のボスが死んでしまったのは・・俺のせいなんだ。俺がヘマしてしまったから・・・。」


え?どういう事なのだろう・・?私は息を飲んで続きを待つ。


「ある日、俺達はいつものように船に乗り込んで貴族の船を襲っていた。だけど俺がミスして相手に捕まってしまったんだ。この傷はその時ついたものなんだ。仲間は皆俺を見捨てようって話になったけど、ボスだけは・・・見捨てなかった。単身乗り込んで、俺を助けた代わりに掴まって・・・・結局最後はあんな形で・・・。」


レオはここで一度言葉を切ると続けた。


「・・・仲間達や彼女は俺が助かって良かったと受け入れてくれたけど、俺には分かってた。それがうわべだけの物だって。そして彼女も・・・段々俺の姿を見ただけで逃げるようになって・・・終いには精神を病んでしまって、死んでしまった・・・。」


レオは目に涙を浮かべて血を吐くように苦し気に顔を歪めると言った。


「俺は・・自分を拾って育ててくれたボスを、そして初恋だった彼女を・・死なせてしまったんだ。だから、俺はウィリアムの言う事なら何でも聞こう、ずっと傍にいて見守っていこうってあの日から決めたんだ。」


「レオ・・・。」


「ジェシカをあのホテルから誘拐して来たのはこの俺だ。ウィリアムの命令だったからな。本当にすまなかった・・・。でも、眠っているジェシカを見た時に彼女に似ているって思ったよ。そして・・今日ジェシカがその服を着ている姿を見て本当に驚いた。彼女が戻ってきたのかと思った位だったよ。」


レオの身体は小刻みに震えていた。


「ジェシカにこんな話しても意味が無いって分かってるけど・・・今だけは・・彼女だと思って謝らせてくれないか・・・?」


断る理由など無い。私はレオのこれまでにない真剣な表情に黙って頷いた。


「ごめん・・・。本当にごめん・・・。俺のせいでボスを・・・貴女を・・。」


「レオ、顔を上げて・・・。」


レオは涙に濡れた顔を上げた。


「きっとウィルのお父さんは、貴方を助けた事後悔してないと思うよ。ウィルのお母さんだって同じ。多分彼女が貴方を避けていたのは自分に負い目を持ってほしくは無かったからでは無い?誰か仲間で貴方を責めた人がいたの?」


「だ・・・誰もいなかった・・。」


「だったら、堂々と自信を持ってここにいればいいじゃない?私は本当に感謝してるのよ?船酔いで苦しんでいた私を助けてくれたんだから。でも、勝手に私を誘拐してくるのは、どうかと思うけどね?」


「す、すまない。それは・・・。」


途端に慌てるレオ。でもそういう事情があるなら仕方が無い。


「ただ・・・一言忠告しておくけど・・。」

私は真剣な表情でレオに言った。


「本当に、リッジウェイ家とゴールドリック家に対して脅迫状を送るつもり?」


「あ・ああ。ウィリアムはそのつもりらしいけど?」


はああ・・・私は溜息をついた。


「全く・・・どうなっても、私はもう知らないからね?マリウスとアラン王子の恐ろしさを貴方達は知らないから・・・。」


おでこを押さえながら私は言った。


「な、なあ。ちょっと聞いてもいいか?そのマリウスとアラン王子って・・・。一体どんな人物なんだ?ジェシカとどんな関係があるんだ?」


何故か妙な事を尋ねて来るレオ。


「え?マリウスとアラン王子?マリウスは私の下僕よ?ある意味かなり私にとってデンジャラスな男だけどね。そしてアラン王子は・・・。」

そこまで言いかけて、私は我に返って顔が真っ赤になってしまった。


そうだ、ひょっとするとアラン王子が直に乗り込んでくるかもしれないっ!どうしよう?その時はどんな顔をして会えばいいのだ?私には何も記憶がありませんと白を切りとおせば良いのだろうか・・


そんな私をレオは不思議そうに見つめているのだった―。





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