第3章 9 時計台で鐘を鳴らして
暇だ・・・・。女子寮の中はもぬけの殻。
図書館で本を借りたくても、もう休みに入っているので中に入る事も出来ない。
それにしても、あの抜かりの無いマリウスが車の手配が遅れてしまう事等あるのだろうか?
私はベッドに寝転がりながら、今日何度目かの欠伸をした。
せめてネットでも使えれば・・・。私はデスクの上に置かれているノートパソコンに目をやる。けれど電源は入れども、ネット環境はオフライン。全く使えない。
男子寮にはどれくらいの人数が残っているのだろうか?
ダニエル先輩はもう里帰りをしたのだろうか?
それよりも今自分が一番心配している事は、今夜もこの寮で1人きりで夜を過ごさなければならないと言う事。
昨夜はダニエル先輩が付いていてくれたから良かったものの、今夜は本当に1人でこの女子寮で過ごさなければならない。
マリウスは一体今どうしているのだろう?これはもう、一言マリウスに物申さなければ気が収まらない。
「よし、男子寮に行ってみようっ!」
私は声に出して立ち上がると、上着を着て男子寮へと向かった。
「え~と、マリウス・グラントさん・・・1年生ですね。」
40~50代位の寮夫さんが名簿を探している。
「ああ・・あった。ありましたよ。では彼氏さんがいるか呼んできますね。」
寮夫さんは椅子から立ち上がると言った。
は?彼氏?何だかものすごく勘違いされている気がする。だけどマリウスが彼氏なんて不本意だ。
廊下を歩いてゆく寮夫さんに私は大きな声で呼びかけた。
「あの、その人は彼氏では無いですからね?!」
こんな事言っても無意味かもしれないが、どうしても一言物申したかった。
でもきっと聞こえていないだろうな・・・・。
「え?いない?」
マリウスの部屋から戻って来た寮夫さんの話に私は問い返した。
「はい、いくらノックしても呼びかけても返事がありませんでした。」
「そうですか・・・ありがとうございます。」
お礼を言うと、私は男子寮を出た。
「何さ。マリウスったら。一体何処へ行ってしまったのよ。私を放っておいて・・・。」
私は立ち止まると目前に迫る女子寮を見つめた。
「1人で女子寮にいるの怖いな・・・。セント・レイズシティの宿にでも泊まろうかなあ・・。」
ポツリと呟く。
「うん、やっぱりそうしよっ!」
思い立ったらすぐ行動あるべし。女子寮へ戻ると小さなボストンバッグを引っ張り出して、1日分の宿泊分の荷物を詰め込む。
どんな宿に泊まろうかなあ。お洒落なホテル?それとも食事が美味しい宿がいいかな?軽くスキップしながら私は門へと向かった。
セント・レイズシティへ来ると私は宿を探し始めた。
町は相変わらずの賑わいで、人々が往来を行き来している。
そう言えば、私は宿屋が何処にあるのか全く知らなかったんだっけ。こういう時は町に詳しい人に聞けばいいよね。
そこで私は「ラフト」のお兄さん、マイケルさんを訪ねてみる事にした。
「こんにちは、マイケルさん。」
マイケルさんは丁度屋台の準備の為にやって来たばかりの様だった。
「やあ、お嬢さん。ごめんよ、ラフトを買いに来てくれたのかな?まだ開店準備中なんだよ。」
笑顔で答えるマイケルさん。
「いえ、そうでは無いんです。あ・勿論ラフトは食べたいですけど・・・マイケルさん。私宿屋を探しているんです。何処か良い所知りませんか?」
「え?宿屋かい?う~ん・・・そうだな・・・。お嬢さん1人で宿泊するのかな?」
「はい、実は学院が冬期休暇に入って女子寮に残っているのは私1人なんです。流石に女子寮に1人残るのはちょっと怖くて・・。」
「ああ、そういう事なのか。だったら・・・時計台の近くにあるホテルがいいかもね。あそこは設備も綺麗だし、1人で宿泊する女の子に丁度良いかもしれないよ。」
マイケルさんが差した方角には大きな時計台が見えた。
へえ~そう言えば時計台なんて一度も言った事が無かったな。ホテルの部屋が取れたら一度行って見るのもよいかも・・・。
マイケルさんにお礼を言って時計台を見ながら往来を歩いていると、斜め前方の路地にフードを被った人物が何やら柄の悪そうな若い男達に現金を手渡しているのを見た。本来の私ならそんな事気には留めないのだが・・・フードからチラリと見えた人物を見て私は驚いた。
う・・・嘘・・?あれは・・マリウス・・?
間違えようが無い。特徴のある銀の髪にスラリと伸びた身長。フードで顔を隠してはいるが、あの悔しいほどに美しい顔はマリウス以外の何者でもない。
マリウスと数名の男達の間だけは何だか不穏な空気が流れている。
え・・・?あんな所でマリウスは一体何をしているの?
何だか見てはいけないものを見てしまったようで、私は背筋が寒くなった。
声をかけようか躊躇したが、厄介ごとに巻き込まれたくはない。
私は逃げるようにその場を後にした・・・・。
マイケルさんの言った通り、時計台のすぐそばに近代的な白い建物が建っていた。
中へ入り、カウンターで一部屋空いてるか尋ねた所、1人部屋は空きがなかったけれども2人用の部屋は空室があったので、そこの部屋を借りる事にした。
案内された部屋はダブルサイズのベッドが置いてあり、部屋は白を基調とした清潔感溢れる部屋で、窓からの景色も良かった。しかも食事が美味しいと評判のホテルだったようである。
部屋にボストンバックを置くと、貴重品が入ったショルダーバッグを持ち、私は再び部屋を後にして、観光がてら時計台に登ってみる事にした。
時計台は螺旋階段になっており、10階建ての高さがあった。
し、しかし10階分昇るのは辛い・・・。
何とか息を切らしながら登り切った私は塔の上から町を見下ろした。
「うわあ・・・いい眺め・・・。」
私は感嘆の声を上げた。
時計台には鐘つき台もあり、誰でも自由に鐘を鳴らす事が出来るようになっていた。
ふと周りを見渡すと、あちこち若いカップルだらけ。はて・・?何故なのだろう。
よく見ると1人きりで昇って来たのは私だけである。
「何でかなあ・・?」
ポツリと小声で呟くと、背後で声がした。
「当たり前だろう?ここはカップルで昇る場所なんだからさ。」
ま、まさか・・・この声は・・・・っ!
慌てて振り向くと、やはりそこに居たのはノア先輩だった。
「ど、どうして・・先輩がこんな所に・・・?」
昨日の記憶が蘇り、ノア先輩に恐怖を感じていた私は後ずさると言った。
「何故かって?だって君は今日男子寮にマリウスを訪ねて来たじゃないの。」
知っていて当然だとでも言わんばかりの口調に私は焦った。
まさか、そこから私の後をつけていたのだろうか?
「さ、ジェシカ。僕と一緒に鐘を鳴らそうか?」
私の返事も聞かずにダニエル先輩は腕を掴んで引き寄せると、強引に紐を持たせて2人で一緒に鐘を鳴らされた。
ゴ~ンゴ~ン・・・・
「アハハハ・・・君とこうして鐘を鳴らす事が出来たなんて夢みたいだいよ。」
意味深な台詞を言う先輩。
「・・・・どういう意味ですか?」
警戒しながら私は尋ねた。
「ああ、君は知らないんだね。この時計台の鐘には言い伝えがあるんだよ。一緒に鐘を鳴らした相手と生涯幸せに暮らしていけるってね。」
無邪気に微笑むノア先輩。
「それは・・・・・只の言い伝えですよね?」
「うん、そうだね。」
「わたし・・・そういうの、あまり信じないタイプなので。」
それだけ言うと、私は踵を返して階段を降り始めた。
「え?今登ったばかりなのに、もう降りちゃうの?」
私の後を追い縋るように付いて来るダニエル先輩。
「はい。別にいいんです。暇つぶしに登っただけですから。」
「ふ~ん・・。」
ノア先輩はそれだけ言うと、黙って私の後を付いて来る。無言で降り続ける私達。
やがて一番下まで降り、先程のホテルへ直行すると何故か付いて来るノア先輩。
「あの・・・・。ノア先輩。」
私はホテルの入口で振り返ると言った。
「いつまで後を付いて来るおつもりですか?」
「アラン王子も、ダニエルも君と一晩一緒に過ごしたんだろう?だったら僕にだってその権利を与えてくれてもいいんじゃないかなあ?」
怪しく笑うダニエル先輩。その瞳には狂気めいた光が宿っていた―。
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