第3章 6 同情だけでは駄目ですか?
「おい!ジェシカッ!待ってくれっ!」
ノア先輩の声が店の中から私を追いかけて来るが、無視して私は足早に女子寮へと向かって歩き出す。
あの2人は女心が分からないのだろうか?私とアラン王子の間で同意があっての行為なのかどうかも分からなくて、只でさえこっちは混乱しているのにあんな追い打ちをかけるような事を言って来るなんて・・・。
私は下を向いてどんどん歩いていると、突然声をかけられた。
「ジェシカ、探していたんだぞ?」
見上げると、そこに立っていたのはライアンとケビンだった。2人ともこれから里帰りなのか、大きなリュックを背負い、ボストンバッグを両手に持っている。
声をかけてきたのはライアンの方だった。
「良かった、俺達今から国境を超えるバスに乗って国に帰るんだ。でもその前にどうしても一度ジェシカに挨拶しておきたくてな。」
ケビンは爽やかな笑顔で話しかけて来る。
2人が私に明るく接してくれる様子を見ていると、何だか安心して不覚にも涙が滲んできてしまった。
「ど、どうしたんだ?ジェシカ?」
慌ててライアンが声をかけてくる。
「そうかそうか、ジェシカはそんなに俺達と暫く別れるのが辛いのか?」
よしよしと言わんばかりに私の頭を撫でて来るケビン。
「ラ・ライアンさん・・・。ケビンさん・・・。わ、私・・・。」
自分でも何を言おうとしていたのか分からないが、そこまで言いかけた時だ。
「待ってくれ、ジェシカッ!」
いつの間に追いかけてきたのか、声をかけてきたのはダニエル先輩だった。後ろにはノア先輩もいる。
嫌だっ!またこの2人は私に何か言って来るつもりなんだっ!
そう思った私は耳を塞いでケビンとライアンの背後に隠れた。
「ジェシカ・・・。」
耳を塞いで震えながら2人の背後に隠れる私を見て、ダニエル先輩は酷く傷ついた顔をしている。
ノア先輩も青ざめた顔でこちらを見ていた。
私の怯えている様子に異変を感じたのか、ケビンが2人に言った。
「おいおい、お前達。男2人でジェシカちゃんを虐めていたのか?酷い奴らだな?」
「な・・・!何だと?僕たちは別に・・っ!」
ノア先輩が声を荒げる。
「おい、あんた達はもうジェシカに用は無いはずだろう?あんた達が彼女から離れて行ったのに何故また追いかけてるんだ?ほら見ろ。可哀そうに・・・こんなに怯えているじゃ無いか。いいか?心変わりして去って行ったのはお前達の方なんだから二度とジェシカには近づくな。」
ライアンは凄みを帯びた声でダニエル先輩とノア先輩に言った。
「ち、違うっ!」
大きな声で否定するダニエル先輩。
「僕たちはただ・・・ジェシカと話がしたいだけなんだっ!ねえ、お願いだよ。もう一度君と話をさせてくれないか・・・?」
縋るように訴えて来るノア先輩。私は強く首を振った。
お願いだからもう私には構わないで欲しい。
「ほら、ジェシカが嫌がってるじゃ無いか。もう向こうへ行けよ。」
ケビンがしっしっと追い払うような手ぶりをするのを見て、ノア先輩が怒りをあらわにした。
「お、お前・・・よくも僕に向かってそんな真似を・・・。いいのかい、そんな事をしても・・困るのはジェシカの方になるよ?ねえ、ジェシカ?」
ゾクリ。背筋が凍りそうになった。ま、まさか・・・。この2人にあの話をするつもりでは・・・・。
「おい、やめろっ!」
ダニエル先輩はノア先輩を止めようとしている。
「「?」」
ライアンとケビンは不思議そうな顔をしている。
「いいかい?ジェシカはね・・・。」
私に構わず話そうとするノア先輩を私は大声で制した。
「やめてっ!!」
ギョッとして私の方を振り向くライアンとケビン。
「お願い、や、やめて下さい・・・。は、話しなら・・・聞きますから・・・。」
私は俯きながら答えた。酷い。こんなの酷すぎる。これではまるで脅迫ではないか。
でもライアンとケビンにだってあんな事知られたくない。
そうだった、忘れていた。ノア先輩はこういうキャラクターだった。目的を達成する為には人を陥れる事等造作も無いと考えている様な危険人物だ。
「そう?それならこっちへおいで、ジェシカ?」
ノア先輩は天使のように無邪気な笑顔で呼んだ。
私はまるで催眠暗示にでもかかったかのようにフラフラと2人の前に歩み出る。
ダニエル先輩は悲し気に私を見つめていた。
「ジェシカッ!何故あいつらの言いなりになっているんだ?!」
ライアンの焦る声が背後から聞こえる。
「おい、行くなよっ!ジェシカッ!」
ケビンが私の肩を掴んだが、そっとその手を私は降ろした。
「大丈夫です・・・。ほんの少し話をするだけですから。ケビンさんもライアンさんも、もう行って下さい。来学期、またお会いしましょうね。」
心配かけまいと必死に笑顔を作って2人に笑いかけた。
「ほら、ジェシカもそう言ってるんだから、あんた達はもう行きなよ。」
ノア先輩は勝ち誇ったかのように腕組みをしながら2人に言う。
「く・・・。」
ライアンは非常に悔しそうにしていたが、出発のバスの時刻が迫っているのか、腕時計を見ると言った。
「す、すまない。ジェシカ・・・。」
「ジェシカッ!何かあったら・・・分かっているだろう?」
ケビンが何を言いたいのか分かったので、私は黙って頷いた。
そして、2人は何度も私を振り返りながら去って行った。私は2人の後姿を黙って見送っていたが、やがてノア先輩が口を開いた。
「さて、ジェシカ。僕に付き合って貰おうかな?」
そう言って私の肩に腕を回してくる。
「・・・・。」
私は黙っていた。
まるでこれでは2人が初めて出会った時のような状況では無いか。
「お、おい!ノアッ!」
ダニエル先輩が非難めいた声をあげる。
「煩いなあ・・・。どうせ君も気になってしようが無いんでしょう?だったら僕についてくればいいじゃないか。」
面倒臭そうに言うノア先輩。
「あ・・・ああ。勿論。あんたにジェシカを任せていたら心配だからね。」
「そうかい?それじゃあ・・・生徒会室にでも行こうか?」
ノア先輩は面白そうに言う。
生徒会室?!あそこには生徒会長がいるのでは?!
「い・・・嫌っ!生徒会室にだけは・・・い、行きたくありませんっ!」
私は必死で訴えた。これ以上私のプライバシーを侵害しないで欲しい。
「何言ってるの?そんなに必死になって拒絶して・・・。ああ、もしかして生徒会長がいると思っていたのかな?それなら心配しなくていいよ。彼はもう里帰りしていないからさ。」
クスクス面白そうに言うノア先輩。完全に私をからかっている。ノア先輩は私にとって敵なのか、味方なのか・・・もう分からなくなってしまった。
チラリとダニエル先輩を見ると、心配そうに私を見ている。・・・彼ならまだノア先輩よりは信頼しても良いかもしれない。
「さあ、入って。」
背中を押されるように生徒会室へ入れられる。
「・・・・。」
中へ入って立ち尽くしていると、ノア先輩に促された。
「どうしたの?座らないの?」
もう逃げられない・・・。私は覚悟を決めてソファに座ると、向かい側にノア先輩は座った。
ダニエル先輩も遠慮がちにノア先輩の隣に座る。
3人が着席すると、早速ノア先輩は口を開いた。
「ねえ、ジェシカ。どうして君はアラン王子だけを特別扱いするの?アラン王子だって僕たち同様、最初はアメリア、次はソフィーに惹かれて君の傍を去って行ったよね?
何故僕たちの事は受け入れてくれないのにアラン王子だけはいいの?彼と僕たちの何処が違うって言うのさ?」
「・・・・。」
隣に座っているダニエル先輩は黙ったままノア先輩の話を聞いている。
え・・?一体ノア先輩は何を言っているのだろう?確かにアラン王子の話では生徒会長を始め、先輩方はソフィーに嫌気が差したと言って、彼女の傍から離れていったとは聞いていたけれども・・・。まるで私がアラン王子だけ贔屓にしているような言い方をしている。
「ア、アラン王子は自分から私に声をかけてきたんです。ソフィーが私にした事を謝りたいと、それにソフィーの呪縛から逃れられないと言って苦しんでいました。でもノア先輩とダニエル先輩はアラン王子の話によると、彼女に嫌気がさして離れて行ったと聞いてますよ?」
私は遠回しに2人を責める言い方をした。一体ノア先輩は私に何を言いたいのだ?
「そうか・・・・。アラン王子は自分からジェシカに近付いて謝罪をしたっていう訳なんだね。」
今迄黙っていたダニエル先輩がポツリと言った。
「だけど、どうしてその事がアラン王子に抱かれた事と関係があるのさ。」
ノア先輩は不満げに私の触れて欲しくない話しを追及してくる。
「ど・・・どうしてそれをあなた方に話さなくてはならないのですか?」
震える声を押さえて、冷静に話す。
「君とアラン王子が愛し合っているから・・・なの?」
ダニエル先輩は酷く傷ついた顔で私を見つめている。
はい?私とアラン王子が愛し合っている?何故そんな話になるのだろうか?
それとも関係を結ぶのは2人の間に愛があるから、とでも言いたいのか?
確かにアラン王子は私に好意を寄せているかもしれないが、私は別にアラン王子を愛して等いない。ただ・・・あの時は自分の未来がかかっていたから。そして苦しんでいるアラン王子を何とか助けてあげたいと思っただけで、そこから先の記憶など完全に抜けている。
だけど、愛も無いのに行為に及んだ私は彼等から・・軽蔑されるのだろうか?
「ど、同情・・・だけでは駄目なのですか?」
私は声を振り絞って言う。
「「同情?」」
2人がハモる。
「そ、そうです。苦しんでいるアラン王子が私に助けて欲しいって訴えてきたんです。ソフィーからの呪縛を解けるのは私しかいないからだと・・。それに!私はその時の記憶が全く無いのですっ!」
最期は2人を睨み付けるように言った。
「え・・・?」
ノア先輩が絶句する。
「記憶が無い・・・だって?それじゃ・・無理やり・・?」
ダニエル先輩は震えている。
すると2人は突然揃って私に頭を下げた。
「「ごめんっ!ジェシカッ!」」
「え・・・?」
私は呆然と2人を見た。
「そうか、君は無理やりアラン王子に奪われたんだね?」
ダニエル先輩は私を気遣うように話しかけてきた。
「あの男・・・王子だか何だか知らないが、そんな卑劣な真似を・・・っ!」
ノア先輩は拳を握りしめている。
私は溜息をついた。ああ・・・・何だかまた厄介な事が起こりそうな気がしてきた。
生徒会室の窓から外を眺めつつ、私は思った。
早く女子寮へ戻りたい―と。
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