第11章 9 幻の魔法
「もう嫌だ・・・消えて無くなりたい・・・。」
私は自室の机に突っ伏して嘆いていた。
あの後・・・騒ぎを聞きつけた寮長や生徒会役員達がやってきて、強引にその場で解散させられたのだ。私的には、それはとてもラッキーな事だったのだが、納得いかないのがマリウスを除き、その場に居た男性陣全員だった。
特にアラン王子と生徒会長の暴れようは凄かった。
アラン王子は寮長達に取り抑えられながら激怒して暴れるものの、最後は国王に連絡を入れられそうになり、ようやく観念したのかグレイとルークを連れて大人しく帰って行った。
そして生徒会長とライアン、そして何とノア先輩までもが他の生徒会メンバーに魔法で気絶させられ、彼等は生徒会委員達に身体を引きずられて寮へと連れて行かれた。
本当に相変わらず過激な生徒会である。あんな場面を目の当たりにしては、益々生徒会に入ろうとする気は失せてしまう。
そしてダニエル先輩に至っては私からの拒絶の言葉で傷付いていたところに、マリウスとのキスシーンを見たのがよほどショックだったのか、青ざめた顔でフラフラと寮へ帰って行ったのである。
後に残されたのは私とマリウス。
「さて、どうしますか?お嬢様。まだ門限迄は若干時間がありますが、このまま2人で一緒に朝を迎えましょうか?」
色気を含んだ笑みを浮かべるマリウス。瞬時に彼が何を言いたいのか理解した私は背中が総毛立つのを感じた。もう限界だ。この男はあんなに大勢いる人前で、またもや強引にキスをし、悪びれる様子も見せない。おまけにこちらは恥ずかしくてたまらないのに、むしろ喜んでいるようにも見えた。
駄目だ、根っからのどM男だ。しかし、自分の嗜好をこの私に迄押し付けて来ないでほしい。明日からどのような顔で皆の前に姿を現せば良いと言うのだ・・・?
もうマリウスに対して怒りしかこみ上げて来ない。
ドスッ!ドスッ!
そこで私は重いきり踵でマリウスの足を交互に踏みつける。
「うっ・・・!」
痛みで前のめりになるマリウスに言い放った。
「いい?マリウス!明日から1ヶ月間、接近禁止令を命じるわ!もし私の半径10m以内に近付こうものなら退学して貰うからね!」
「そんな!お嬢様っ!」
まるでこの世の終わりとでも言わんばかりの、マリウスの悲痛な叫びを無視し、私は寮へと戻ってきて今に至ると言う訳なのだが・・・。
「明日から、どうやって学院生活を過ごせばいいのよ・・・。」
冬の休暇までは、残り1ヶ月半。寮生活なので、この状況から逃げる事も出来ない。
とにかく今はお風呂に入ってゆっくりしたい。
バスルームへ向かい、コックを捻って浴槽にお湯を溜めながら、歯を磨いたり、パジャマの準備をする。お湯が溜まったらお気に入りの入浴剤を投入して、ゆっくりとバスタイムを楽しみながら、今日の出来事を振り返る。
昼間は4人組の男達に襲われ、危うい所をマリウスに助けられ、彼の強さを目の当たりにする。その後はマリウスに危うく貞操を奪われそうな場所に連れて行かれそうになり、逃げ帰る私。そして先程の騒ぎ・・・。
本当に身も心も疲れた1日だった。
それにしても、この世界の住人達の魔力保持者は皆魔力が高くて羨ましい。マリウスもさることながら、ライアンですら瞬間移動魔法を使う事が出来る。かく言う私はと言うと、魅了の魔力とか訳の分からない魔力と、(恐らく)眠っている間に強く念じた物を具現化する魔力を持ってはいるようなのだが・・・はっきり言って、今の私の危機的状況を回避出来る魔法は使えない。
私はため息をついてお風呂からあがると、再び打開策を考えたのだが・・・結局何も思い浮かばなかった。
「あ〜あ・・・昨夜の一件で明日全員の記憶が消えてくれていればいいのに・・・。」
私は憂鬱な気持ちでベッドに入り、眠りについた。
翌朝—
あれだけ悩んでいたのに、ぐっすり眠ってしまった・・・。ノソノソと起き上がり、朝の支度を済ませ、ホールに恐る恐る朝食を取りに行ったのだが・・・誰も私の姿を見つけても騒ぐどころか、呆気ない程普通だった。
試しに一緒に食事をしているエマ達に質問する事にしてみた。
「あの〜昨夜の件なのだけど・・・。」
「昨夜の件?」
エマが不思議そうに首を傾げた。
「何か、ちょっとした騒ぎが無かったかと思って・・・。」
尚も質問を続ける。
「え〜と、何かありましたかしら?」
クロエも同様に首を傾ける。
「あら、私はありましたよ!」
リリスが嬉しそうに言う。
「え?な、何があったのかしら?」
思わず身を乗り出す私。
「ウフフ。彼氏からデートの申し込みがあったんですよ!」
「そ、それは良かったですね。おめでとうございます。」
意外な返答に咄嗟に言葉が詰まるが、何とか祝いの言葉を述べる。
「いいですね〜リリスさんは。そういうジェシカさんは昨日珍しくお一人で休暇を取られていましたね。本当にアラン王子達は何考えてるのかしら。ジェシカさんの方がずっと素敵なのに!」
シャーロットはぷんぷん怒りながら、カチャカチャと忙しそうにフォークを動かしながら切り分けたウィンナを口に運ぶ。
え?これは一体どういう事なのだろう?彼女達は愚か、ここのホールにいる全員が昨夜の騒ぎをまるで知らないかの様に振る舞っている。いや、もしかして知らないでは無く、忘れてしまったのではないだろうか?
この事が事実か調べるのは簡単だ。彼等の様子に何も変化が無ければ・・・ここにいる女生徒同様に忘れている事になる。
よし、ここは待つ事にしよう・・・。
やがて、登校する時間になったので私はカバンを持ち、緊張しながら女子寮を出た。すると、すぐに目の前にマリウスが現れたのである。ヒッ!出た!
「おはようございます。お嬢様、今朝も気持ちの良い朝ですね。」
マリウスは全く悪びれた様子も無く、ニコニコと話しかけてくる。やはり昨夜の事を忘れているのか・・・?いや、でもこの男は得体の知れない化物じみた所がある。私はジロジロとマリウスを凝視していると、何故か顔を赤らめるマリウス。
「お、お嬢様・・・。そんなに穴の開く程見つめられると私の心臓の鼓動が早くなりすぎて胸を突き破って飛び出てしまいそうですよ・・。」
ああ、そうですか。是非ともそうなった姿を見て見たいものですね。それにしても今朝のマリウスは至って普通だ。いや、むしろ普通過ぎて反って気味が悪い。もうこうなったら直接本人に問いただすしかない。
「あの・・・ね、マリウス。昨夜の事なんだけど・・・。」
「え?昨夜ですか?昨夜がどうかされたのですか?」
「何か・・あったでしょう?ほら、外で・・。」
「何か・・とは?え?外でですか?」
ああ!もうもどかしい!こうなったら直接問いただし・・・ん?
何やら前方で騒ぎが起こっている。何だろう?
「ああ・・・また彼等ですか。全く・・・ジェシカお嬢様から簡単に乗り換えた挙句に朝早くから1人の女性を奪い合っているなど、恥を知らないのでしょうか?」
マリウスが眉をしかめて言う。あ~成程・・・。確かに目立つなあ。彼等は・・。
そこには思った通り、アメリアを中心にアラン王子、生徒会長、ダニエル先輩、ノア先輩、そして場違いなアランとルークがそこにいた。
アランとルークは何故自分たちはこの場にいなければならないのだと顔にはっきり不満が浮き出ている。あ~あ・・気の毒に。あんな俺様王子なんか放って置いてさっさと教室へ行けばいいのに。でも、あの様子だとやはり昨夜の事は皆きれいさっぱり忘れている様だ。
ひょっとすると・・・私の新しい魔力が解放されたのだろうか?相手の記憶を消してしまうという魔法が・・・。
「お嬢様、彼等に見つかると面倒なので遠回りをして教室へ入りましょう。」
ほお、たまにはまともな事を言うじゃ無いの。
そこで私とマリウスは彼等に見つからない様に迂回して校舎へ向かった。
「ねえ、マリウス。相手から記憶を消し去る・・・魔法ってあるの?」
歩きながら私はさり気なくマリウスに尋ねてみた。
「ええ、ありますよ。」
さらりと答えるマリウス。何と!本当にそんな魔法が存在するのか!
「それは『忘却魔法』と言われている魔法ですが、かなり高度な魔法で今では誰一人使いこなせないと言われている幻の魔法ですよ。」
「忘却魔法・・・・。それって一度に大勢の人数にかける事が出来るの?」
マリウスやアラン王子達の様子から、恐らく彼等は全員忘却魔法にかかったに違いない。かけたのは・・・私になるのだろうか?
「まさか!忘却魔法にかけることが出来る対象はせいぜい2~3人が限度ですよ。それぐらい難しい魔法なのですから。」
え・・・?そうなの・・?それなら私にこんな魔法をかける事が出来るはず無い。
だとしたら一体誰が忘却の魔法を使ったのだろう—?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます