第11章 8 二度目のマーキング

「そんなところで何をしているのですか?お嬢様。」


まるで作り物のような美しい顔に冷たい表情を張り付かせたマリウスに私は言い知れぬ恐怖を感じ、思わず一歩後ずさった。


「マリウス!やめろ!ジェシカが怖がっているだろう?!」

ライアンが私を背後に庇うと言った。


「おや・・?誰かと思えばまた貴方ですか・・・。どうしていつもいつも貴方は私とお嬢様の仲を邪魔しようとするのですか?全く、貴方もアラン王子達のように別の女性に心変わりしてくれれば良かったのに・・・!」


憎悪を込めたような目でライアンを見るマリウス。その迫力に押される私。


「煩い!俺をあいつ等と一緒にするな!」


吐き捨てるように言うライアン。その時だ。


「いたぞ!あそこだ!」


生徒会長の声が聞こえた。ああ・・!何てことだろう。タイミング悪くアラン王子達が現れたのである。

今、私とライアンの前にはマリウス。そして背後にはアラン王子以下3名に挟まれた状態だ。

それにしても何故・・・何も悪い事はしていないのに、どうして彼等から追われたり睨まれなければならないのだろう・・?しかも場所が女子寮の近くなので、いつの間にか大勢の生徒達がベランダから高みの見物をしているじゃない。ああ、もう恥ずかしい。ついに私もここまでか・・。そう思い、観念して目を閉じると・・・。


「おい!ライアン!貴様、何をしている!ジェシカから離れろ!」


暴君生徒会長が駆け寄って来ると、ライアンを怒鳴りつけた。はい?生徒会長っ!貴方はもう私達にとやかく言う資格は無いですよねえ?


「そうだ!図々しい奴だ!早く離れろっ!!」


俺様王子がやってきて無理やり私とライアンを引き剥がし、私の腕をつかんで離さない。い、痛いってばっ!


「アラン王子こそ、ジェシカから離れろよ。」


静かな怒気を含んでダニエル先輩が言う。


「そうだ!早く離れろ!」


喚く生徒会長。


「アラン王子、その手をどけた方が君の為だよ?」

今にも魔法攻撃を仕掛けかねないノア先輩。


「な・・何なんだよ。お前たちは・・ジェシカから離れて行ったくせに・・!」

ライアンは拳を握りしめて唇を噛み締めている。


これ以上彼等の身勝手さに我慢できない!

「いい加減にして下さい!アラン王子、生徒会長、そしてノア先輩にダニエル先輩!何故まだ私に構うのですか?今更関係無いはずですよね?あなた方はアメリアさんを選んだのですから、もう私を解放して下さい!」

1人1人に目を向けながら私は言い放った。月明かりを背にした彼等に向かって叫んだ私には皆がどんな表情をしていたのかは伺い知る事が出来なかった。

しかし、全員が気まずそうに下を向いているのだけは分かった。

 荒い息を吐きながら言い終わると、じっとマリウスがアラン王子達を見つめていた。


「お嬢様は誰にも渡しません。大体別の女性に思いを寄せたあなた方にはジェシカお嬢様の側にいる資格など一切無いのですよ?」


言うと、突然マリウスが右手の人差し指をクイッと曲げた。途端に私の身体はふわりと宙に浮かぶ。

「?!」

自分の足元から地面が消えた恐怖に私は軽いパニックを起こしかけ、文句を言ってやろうと思いマリウスを見た瞬間、そのままグインッと目に見えない強い力で引っ張られ、気が付けばマリウスの腕の中に捕らえられていた。


「や、やだっ!離してよ!」

バタバタとマリウスの腕の中で暴れる私。


「いいえ、放しません。」


マリウスは耳元で囁くように言うと、アラン王子達をキッと睨み付けた。


「いいですか、皆さん。よく聞いて下さい。あなた方は別の女性に恋をした。お嬢様から心変わりをされたのです。違いますか?お嬢様の側にいられる資格等、もう無いのですよ?」


「「「「・・・・。」」」」

全員、口を閉ざし俯いている。


でもただ1人納得していないのはライアンだ。


「マリウスッ!てめえ・・・っ!ジェシカから離れろっ!嫌がってるじゃ無いか!それに俺はお前が相手だなんて認めないからな!他の女に心変わりしたあいつらと一緒にするな!」


 そこへ騒ぎを聞きつけたのか、グレイとルークまで駆けつけてきた。ああ!ますます面倒な事に・・・。


「おい、グレイ!ルーク!マリウスからジェシカを引き離せ!」


俺様王子が駆けつけてきた2人に命令する。当然グレイとルークは面食らっている。


「え・・・?確かにマリウスがジェシカを抱き寄せているのは気に入りませんが、何故アラン王子がそのような事を言うのです?」


心底理解できないとでも言うようにルークが言う。


「アラン王子はもう別の女性を好きになったのですよね?でしたら俺は自分の意思でマリウスからジェシカを奪うだけです。」


おおっ!仮にも雇用主である一国の王子に楯突くなんて・・・正直驚き以外の何物でもない。


「な!何・・・?お前達、この俺にそんな口を叩くのか・・?だ、第一・・あれは魔が差しただけだ!今、こうしてジェシカを目の当たりにして、はっきり気付いた。俺にはジェシカ必要なのだ!」


はあああ?!何身勝手な事言っちゃてるの?余りの言い分に呆れて物も言えない。


「勿論俺もだ!」


え?!生徒会長・・・まだそこにいたんだ。


「僕にだってジェシカは必要だよ。何せ女神様だからね。」


ノア先輩!まだ女神呼ばわりですか?!


「そうさ。第一僕とジェシカは恋人同士だったんだから。」


ダニエル先輩・・・確かに貴方とは色々あったかもしれませんが、もうそんなの無効ですよ・・。


 今まさに月夜の寒空の下で再び、ど修羅場が起こっている。ギャラリー達はますます増えてきているし・・・。

もう嫌だ、毎回毎回どうして私が振り回されなければならないのだ?ようやくあの4人から解放されたと思っていたのに!でも、今回の件ではっきり断言できる。少なくとも、この場で誰か1人自分のパートナーを選べと言われた場合、はっきり言ってあの4人だけはあり得ないと・・・。



「全く・・・騒がしくていけませんね・・。もうすぐ門限だと言うのに・・。」


それまで黙って傍観していたマリウスが首を振って言った。相変わらず私はマリウスの腕の中に捕らえられている。


「黙れ!そもそもお前がジェシカを離せば事は済むのだ!」


私達を指して怒鳴る生徒会長。これには我慢できない。

「生徒会長!貴方は黙っていて下さいっ!」


「ぐうっ!ジェシカ・・・また何故お前は俺に対してだけ、つれない態度を取るのだ?!」

しかし、その問いには答えない私。その代わりマリウスに懇願した。


「ねえ、お願いマリウス。もう私を離して貰える?ますます騒ぎも大きくなっているし、ほら・・・。それにあんなに大勢の人が見ているじゃない。だから、もう終わりにして寮に戻りましょうよ・・・ね?」

必死でマリウスに愛想笑いを振りまく私。ああ、嫌だ。何故主であるはずの私が下僕である変態M男のマリウスに媚を売らなければならないのだ・・・。一体何がここまでマリウスの態度を豹変させてしまったのだろう?それともこれが素のマリウスだというのだろうか?


「成程・・・。確かに大勢人が集まっていて注目の的を浴びているようですね。それにおあつらえ向きにお嬢様に群がっていた男性達も全員揃っておりますし・・。丁度良いですね。」


何かを含んだような笑みを浮かべるマリウス。え?え?何?その笑みは。何だかとてもすごーく嫌な予感がする・・。


「マ、マリウス・・・?」

震える声で名前を呼んでみる。


「お嬢様にかけたマーキングは先程の魔法で全て使い切ってしまいました・・。

なので再度マーキング致しましょう。」


言うが早いか、マリウスは私の頭を掴むと、強く唇を押し付けてきた。

「!」


「「「「「「「!!」」」」」」」


その場に居た7人の男性全てが衝撃で息を飲む気配が伝わった。一方、女子寮からは見物していた女生徒達から黄色い悲鳴が夜空に響き渡る。

ば、馬鹿マリウス!!なにやってるのよ!必死でマリウスの胸を押し返し、引き離そうとしても所詮男の力には勝てない私。益々強く唇を押し付けてくる。


<は・離れなさいよ~っ!!>


「・・・・。」

胸をドンドン叩いたりしても、ちっともマリウスは気にしない様子だ。

やがて・・・。


「ぷはっ!」

ようやく唇を離して貰えた時には、私は呼吸困難一歩手前でフラフラになっていた。

足元がよろつく私をマリウスは抱きとめると言った。


「さあ、お嬢様。これでたっぷりマーキングさせて頂きましたので、いつでもお嬢様に対して魔法を行使する事が出来ますよ。」


そして頬を赤らめてマリウスは微笑んだ―。




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