第11章 5 あの夜の裏事情

 今時刻は夜の7時だから、後2時間はゆっくりお酒を飲めるかな・・・そう思いながら私はサロンのドアを開けた。


「よっ、ジェシカ。ここにいればお前に会えると思って待っていたんだ。でもまさかほんとに来るとは思っていなかったよ。やっぱり相当酒が好きなんだな。」


中に入って早々に私はカウンターでアルコールを飲んでいたライアンに会った。


「まさか、私に会う為にここで待っていたんですか?」


「ああ、そうさ。もしかしてジェシカ・・・誰かと待ち合わせしてるのか?だとしたら俺は遠慮するけど・・。」


少し困惑した顔つきになったライアンに言った。


「いいえ、誰とも待ち合わせしていませんよ。1人でお酒を飲みに来たんです。ちょっと昼間不愉快な事があったので・・・。」

私はライアンの隣に座ると、今日のマリウスとの出来事を思い出して、ため息をついた。


「そうか、だと思ったよ。あ、ジェシカ。何飲むんだ?」

意外なことに私の話に同調してくれるライアン。え?まさか私がマリウスにあんな場所へ連れて行かれたことを知っているのだろうか?

でも取りあえず、まずはお酒だ!


「それじゃ私はカシスオレンジで。」


 ライアンは私の代わりにバーテンにカシスオレンジを頼んでくれた。

その時私は気が付いた。このバーテンの男性・・・初めて見る顔だ。前のバーテンの男性はどうしたのだろう?

ライアンはそんな私をチラリと横目で見るが、特にその事については触れる事が無かった。でも、何だろう?何か違和感を感じる。けれども何がおかしいのかが上手く説明できないもどかしさを感じる。


「お待たせ致しました。」


気が付いてみると、いつの間にかバーテンがお酒を私の目の前にトンと置いた。


「それじゃ、ジェシカ。まずは乾杯しようぜ。」


ライアンはビールのジョッキを持つと言った。


「乾杯・・・って何に?」


「う~ん・・・そうだな・・。それじゃ、こうしよう。ジェシカが俺達の賭けに勝つことが出来た事についてだ!」


「「乾杯。」」

2人でグラスを鳴らすと、私はカシスオレンジを飲んだ。甘酸っぱくて美味しい!私がアルコールを口に入れたのを見届けると、ライアンが話始めた。


「ジェシカ。お前も気付いてるんだろう?生徒会長達の突然の心変わりに。実は、今朝俺見たんだ。あいつらが寄ってたかって1人の女性を奪い合うように争っているんだもんな。只でさえ、学院で目立つ連中だったからすごく注目を浴びていたぜ。

いや、本当にあれを見た時には我が目を疑ってしまったな。」


ああ、あの事か。

「はい、そうですね。まさにいきなりでしたね。」

まあ、私にとってはどうでも良い話なのだけど、それでも不自然な点が多すぎて正直驚いてはいる。


「いくらなんでも生徒会長をはじめ、アラン王子やノア、ダニエル・・・皆露骨に手のひらを返し過ぎだ。でもなあ・・・突然どうしたって言うんだろうな?昨夜までは皆ジェシカに夢中になっていたのに、奇妙な出来事だ。それに、こんな事言っちゃ何だが、悪いが、俺には正直あんなパッとしない女性の何処がいいのかと連中に聞いてみたくなってしまうよ。多分一度会った後に人混みですれ違っても全く気が付かないんじゃないだろうかって言う位、印象に残らない相手なんだもんなあ。」


 確かにライアンの言う通り、アメリアは何処にでもいそうなタイプの女性だ。ありきたりなダークブラウンの髪の色に、眼鏡。顔立ちも特筆するような点は何処にもない。ソフィーのほうが余程人目を引く美少女だ。本当に何故彼等の気持ちはたった一晩で一気にアメリアへと向かっていったのだろう?それとも何か特別な魅力があるのだろうか?

「ライアンさんから見て、アメリアさんは魅力的に見えますか?」


「おいおい、あんた。俺の話を聞いていなかったのか?俺は彼女の何処がいいのか分からないって遠回しに言ってるんだけどな・・・。」


ライアンは大袈裟に肩をすくめるように言った。あ、そうでしたね。ごめんなさい。


「そうでしたね、すみません。変な事聞いて。」

私はグラスのカクテルを一気に飲み干すとバーテンの男性に声をかけた。

「すみません。追加でピニャ・コラーダ下さい。」


「はい、かしこまりました。」

歳は30代前半位だろうか?落ち着いた雰囲気のバーテンは丁寧に挨拶すると下がってく。


「バーテンの男性・・・前いた人と違いますね。」

ポツリと私が言うと、ライアンは驚いたような顔をした。


「え?お前知らなかったのか?なんでも前のバーテンダー、突然辞めたらしいぜ。と言うか、ある夜に突然誰からか呼び出しを受けたらしい。そして翌日真っ青な顔でこのサロンのオーナーに今日限りで辞めさせて欲しいって言うとそのまま急いでこの学院から去ってしまったそうだ。」


小声で説明するライアン。それにしても何故こんな裏事情に詳しいのだろう・・?

「ねえ、ライアンさん。どうしてそんなに詳しく知ってるんですか?」

疑問に思ったので尋ねてみた。


「何だ・・・ジェシカ。本当に知らなかったのか?この話、結構有名だぜ。大体あの男はバーテンのくせに、中々食えない奴だったんだよ。1人で飲みに来た女性にわざと強いカクテルを勧めて、自分の教えた通りのカクテルを注文して酔い潰れた女性客を学院の自分の寮に連れ込んで不埒な真似をしていたらしいからな。手癖の悪い男だったんだよ。」


ライアンがそこまで言うと、次のカクテルが運ばれてきたので彼は慌てて口を閉ざした。


「そうなんですか・・・ちっとも知りませんでしたよ・・。」


言いながら私は次のカクテルを口に運んで、ある事を思い出した。

ちょっと待って。あの日・・・マリウスと初めてサロンへお酒を飲みに来た時だ。

不覚にも私は酔いつぶれてしまい。、その時の記憶が完全に飛んでしまった事があった。そして翌日の夜の事。私は自分の部屋から男子寮の近くでマリウスを見た。

あの時のマリウスはまるで相手を視線だけで射殺さんばかりの恐ろしい目つきで、1人の男性を締め上げていたっけ・・・・。そうだ、あの時マリウスに脅迫されていたのはあのバーテンだったのだ。

 まさかマリウスは私があのバーテンに教えて貰ったカクテルを注文して酔い潰れた事を根に持って、脅迫して辞めさせたのだろうか・・・?

 だとしたら・・怖っ!ますますマリウスという人間が分からなくなってしまった。


私が急に黙り込んで、真っ青になってしまったのでライアンはてっきり私が酔っぱらってしまったと思ったのだろうか?心配そうに声をかけてきた。


「おい、大丈夫か?ジェシカ。ひょっとして飲みすぎて気分が悪くなってしまったのか?」


「だ、大丈夫です・・。そのバーテンの男性の話を聞いて気分が悪くなっただけなので。」

私は顔を上げてライアンを見ると言った。


「そうか・・・ならいいんだけどさ。」


ほっとしたように言うライアン。


「それで・・・さ、話は変わるんだけど・・。ほら、生徒会長達が別の女性に興味を持ってジェシカの側をうろつかなくなっただろう・・?そこで提案があるんだけど・・。」


言いながらそっとライアンはカウンターに置かれた私の手に自分の手を重ねた。


「?!」

私は驚いてライアンを見ると、彼は顔を赤く染めている。


「だから・・・以前よりはもっとジェシカと一緒にいられる時間を作る事が出来る・・よな?」


ライアンは私の目を真っすぐ見つめながら言った—。





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