第10章 5 これで一応元通り?

昼休みが終わると私は嫌々教室へと戻り、マリウスの様子を伺った。何やらマリウスは疲れ切った様子で机の上に突っ伏している。アラン王子が話しかけているが、その反応は鈍いようだった。ははあん、あの様子だとかなりエマ達にしごかれたようだ。


「あ、ジェシカさん。見えますか?マリウス様の様子。」


教室に戻って来るとすぐさまエマが私に話しかけてきた。


「ええ。見えます。何だか随分疲れ切ってる様に見えますね。」


私が言うと、エマはほくそ笑んだ。


「ええ、それはもう。ばっちりマリウス様をしごきましたので。話し方から歩き方・・何から何までね。」


あ・・・そ、そうなんですか・・・。その様子だとマリウス、かなり厳しく指導された様ね。よしよし、あれだけ疲れていれば今夜の約束は無しになるかな?



 午後の授業は久しぶりにジョセフ先生の天文学だった。先生はあの日以来、少し自分の中で何かが変化したのか、以前に比べて覇気があり、一部の学生達に不思議がられていた。授業が終わって、教室を出る時にジョセフ先生は私を意味深に見て、笑みを浮かべると教室を出て行った。

 先生が出て行った後は教室内で、あの天文学の臨時講師が笑ったとひとしきり話題になったのである。



 そして本日の授業も全て終了したので、私はカバンを持つとマリウスに見つからないように全速力で教室を抜けだし・・・そして、校舎を出たところで・・・捕まってしまった。


「お嬢様?今朝の私との約束はお忘れですか?」


 何故か私の方が先に校舎を飛び出したのに、先回りをしていたのか、女子寮入り口付近でマリウスが待ち伏せしていたのである。


「あ、え~と・・・その・・・。ち、ちょっと女子寮に用事があって・・・。」

私はしどろもどろになりながら、必死で言い訳をする。お願いよ、マリウス。どうか見逃して頂戴。今日の貴方は何だか怖いんだってば!


「そうですか。ではこちらで待っておりますので用事を終わらせましたら速やかに出て来て下さいね?お嬢様。」


 マリウスはにっこり微笑むが・・・やはり、その眼は笑っていない。だから・・・口元だけで笑うのはやめてってば!ものすごーく得体の知れない怖さを感じるのだから。そんな笑い方をされるぐらいなら、いっそ無表情を通してくれた方がまだマシだ。


「は、はい・・・分かりました・・・。」

思わずマリウス相手に敬語を使ってしまう私。い、いけない。これでは主と下僕の関係が完全に崩壊してしまう・・・!


 私はクルリとマリウスに背を向け、女子寮へと戻ろうとして・・・背後からマリウスの腕が伸びてきて、私を捕らえた。

ヒッ!!マ、マリウスはいったい何をするつもりなのだ?!

マリウスは私の両肩に長い腕を回し、私の耳に自分の口を近づけると囁くように言った。


「お嬢様。本日は一体どうされたと言うのですか?やけにしおらしいではありませんか?いつものように私に冷たい瞳を向けたり、蔑み、罵る言葉を私にぶつけてはくれないのですか?」


 そしてますます強くマリウスは私を背後から抱きしめて来る。心臓はドキドキと早鐘を打って苦しい位だ。しかし、この動悸は恥じらいや、照れから来るものではない。いつマリウスに殺られてしまうのだろうか?との恐怖心から来る動悸である!


「おや?どうしたのですか?ジェシカお嬢様・・・。何だか心臓の音が激しいようですが・・・?」


マリウスが背中越しから声をかけてくる。そんなの当たり前じゃ無いの!貴方にいつ背後からブスリと殺られてしまわないかと思うと、怖くてたまらないから自然と動悸だって早くなってしまうわよ!


「ひょっとして照れていらっしゃるのですか?フフ・・・ジェシカお嬢様は本当に可愛らしいお方ですね。」


マリウスがクスクスと笑っている。はあ?そんな訳無いでしょう?!どうしてドM男で、つかみどころのない、さらに狂気を宿しているような男に照れたりしなくてはならないのだ!・・・等とはとても言えず、私はだんまりを決め込む。


「ジェシカお嬢様・・・どうして口を聞いて下さらないのですか?もしかすると・・・私の事が怖い・・ですか?」


マリウスの質問に私の両肩がビクリと震える。し、しまった・・!今ので私の気持ちがバレてしまったか?!慌ててブンブンと首を左右に振る私。


「そうですか・・・。ではジェシカお嬢様は私の事を怖くないと思って下さっているのですね。」


どこかホッとしたようなマリウスの声。しかし、私はそれどころではない。どうすればマリウスから逃げられるか、頭の中はその事ばかり考えている。


「お嬢様・・・それでも何故か心なしか、私に対して緊張しているように見えますが・・・どうすれば緊張を解いていつものお嬢様に戻ってくれるのでしょう・・・。」


マリウスはまだ私を離さずに、独り言のように呟いている。お願いだから、もう私を解放してよっ!!今の貴方は怖くてたまらないんだってばっ!


「そうだ、いい事を思いつきました。」


 とても良い考えが浮かんだかのようにマリウスが嬉しそうに言う。え・・・?ちょっと待って。一体私に何をするつもり・・・?何だか嫌な予感・・しかしない。


 突然マリウスはグルリと私を自分の方向に向かせ、私の両頬に手を当てる。

い、一体何するつもりなのよ・・・!固まったまま動けない私。

そして眼前にマリウスの顔が近付いてくる。


「・・・ん。」


え?な、何?マリウスは今私に何してるのよーっ!!

何とマリウスは私に口付けているでは無いか!頭の中が真っ白になる。

やがてゆっくりと唇を離すマリウス。


「・・・・。」

私は今度こそ完全に固まっている。それを良い事に、さらにマリウスの顔が近づいてゆき・・・・。


「な・に・するのよ~っ!!」

瞬時に我に返った私は咄嗟に両手でマリウスの顔をガードして、阻止した。マリウスはキョトンとした顔をしているが、さらに強引に顔を近づけて私に第2弾をかまそうとしてきた。

ブチッ!

私の中で何かが切れる音がした。

「い・・・いい加減にしなさいよっ!!このド変態の発情男がっ!!」

そして足を踏みつけ、激しくマリウスの顔を睨み付ける。


「お・・お嬢様・・・。そう・・その表情です・・・っ!」

マリウスは嬉しそうに顔を赤らめている。


「はあ?!な、に、がその表情よ!よくも私の唇を勝手に・・・何の許可も得るどころか無言で突然あんな事をする訳?!人が固まっているのを良い事に・・・。

大体、今の流れで2人の間にそんな雰囲気あった?ねえ?全然無かったわよね?!本ッ当にあり得ない!この史上最低男!

おまけに酔いつぶれてしまったあの時はよくも勝手に人の制服を脱がして着替えさせたわね?!目隠しをしていたから大丈夫だあ?!そんな訳無いでしょう!今度私に対しておかしな真似をしたらねえっ!この学院にある温室の全ての花びらの数を数えさせるわよっ!!」


 私はハアハア息を吐きながら、マリウスを睨み付け、一気に言いたい事全てをぶちまけてしまった。

一方のマリウスはというと、両手を組み、潤んだ瞳で私を見つめると言った。


「そう、お嬢様、それです!私が望んでいた事はっ!」


「煩いっ!それ以上喋らないで!私の耳が腐るわっ!」

そしてマリウスの足を思い切り踏んづけてやった。たまらずウッとうなるマリウス。


 

 こうして無事に?私とマリウスの仲は修復され、この日の夜は明後日開催される仮装ダンスパーティーについての計画と段取りの話し合いがなされたのだった。


 よし、マリウスと2人で力を合わせ、男性陣達の目をくらましてパーティー終了まで何とかバレずに逃げ切る。そしてアラン王子をソフィーの前に連れ出して2人を恋仲にさせる計画も同時進行させなくては・・・・。































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