第7章 1 遡及

「ほら、30分経過したぞ!面会時間は終わりだ、早く出ていけ!」


 指導員・・・もとい、ライアンさんは無理矢理ダニエル先輩を部屋から追い出そうとする。


「何をするんだよ!元はと言えば、君のせいで面会時間も短かったし、2人きりで過ごせなかったんだろう?こんなのはあまりに横暴だ!訴えてやるぞ!」


ダニエル先輩は抵抗するが、どうもこの部屋では生徒会役員の力の方が上回るらしく、外に無理矢理追い出されてしまった。


「ジ、ジェシカ!明日また必ず会いに来るから!」

去り際にダニエル先輩の声が廊下に響き渡るのだった・・・。


 後に残されたのは私とライアンさんだ。不気味な沈黙が続く・・・。このまま黙っていても埒が明かない。

「あの〜。」

恐る恐る私は声をかけた。


「何だ?」


やたら不機嫌なライアンさん。うう、何故こんなに気を遣わなければならないのだろう。


「もう、ダニエル様も帰られたので・・ライアンさんも戻られたら如何ですか?」


すると何故か驚いたように私を見るライアンさん。


「?あの・・・?何か?」


「ジェシカ、今俺の名前を呼んだのか?」


え?今更何を言ってるのだろう?大体、自分からライアンと呼べと言ってきたくせに。


「はい、呼びましたよ?」

首を傾げながらも返事をすると、急に態度が軟化してライアンさんは嬉しそうに笑い、そして言った。


「あ、あのさ、さっきは悪かったな。せっかくアイツが会いに来たってのに、その・・邪魔しちまって。」


おや?いつの間にかダニエル先輩がライアンさんのなかでアイツ呼ばわりされてしまうようになった。何故格下げしたのだろう?でも細かい事を気にしていても仕方が無い。

「ああ。先程の件ですか?だってライアンさんは生徒会のお仕事をしただけなんですよね?別に謝る必要は無いんじゃないですか?」

私は肩を竦めて言った。どのみちこの学院は恋愛に関しては風紀が乱れ切っている気がするが、一応乱れを正すのは生徒会としては当然なのだろう。そもそもここは謹慎部屋なのだから。


「いや・・・それだけじゃ無いんだけどな。」


 私の方を見もせずにライアンさんは言い淀む。もしかして色々困った面会人が度々訪れるのでその対応で疲れたのだろうか?けれど当然だろう。私だってお疲れモードだ。

「あの〜。もしかしてお疲れなのでは無いですか?もうこんな時間ですし、面会に来る人もいないと思うので、私に構わず休んで下さい。」

 時計を見ると、もう夜の9時を過ぎている。私は明日も外出禁止なのでこの部屋で休んでいられるけれども、ライアンさんや他の生徒会役員の人達は授業にも出なくてはならないので、さぞかし大変だろう。

 それでもまあ、私も今日は何かとトラブル続きで疲れているので早く1人にさせて欲しいのが理由なんだけどね。


「あ、ああ。分かった・・・。俺はジェシカの隣の部屋にいるから、何かあったらすぐにに壁を叩けよ?分かったな?」


 妙に真剣な表情で言うライアンさん。もしかしてこの部屋に何か秘密でもあるのだろうか・・・?しかも呼び方が壁を叩けって・・・。


「分かりましたよ。何かあったら壁を叩くので大丈夫ですから、もう休まれた方がいいですよ。」

私は苦笑しながら返事をすると、ようやく安心したのかライアンさんはお休みと言って部屋を去って行った。





 うっ、うっ・・・・。何処かで悲しそうに泣く少年の声が聞こえる。ここは一体何処なのだろう・・?

見たことも無い部屋。殺風景な部屋は大きなベッドが一つあるだけ。

部屋の大きな窓は開け放され、バルコニーへと続いている。今夜は満月なのだろうか。大きな満月が明かりのともらない部屋を月の光で満たしている。微かにそよぐ風がレースのカーテンをヒラヒラと揺らせている・・・。


 私は一歩前へと踏み出す。大きなベッドの上には一人の少年がうずくまって泣いている。

「うっ・うっ・う・・・・。」

少年の鳴き声はとても悲し気で、必死で声を殺して泣いている様子がまた余計に少年の心を悲しみで満たしている様だった・・・。


 可哀そう―何とか慰めてあげたい・・・。

私はゆっくりと少年の元へ近づいてゆく。

その時、私の気配を感じたのか、少年がビクリと動き、ゆっくりと身体を起こした。


「誰・・・?」


少年は涙を拭事も無く、私を見る。金色の巻き毛に雪のように白い肌。そして緑色の瞳の・・・まるで少女のように愛らしい姿の少年は何処かで見覚えがある気がして、私の胸をざわつかせる。

 月明かりが少年を明るく照らし出して、少年の姿がはっきり私の目に映し出された。

その姿を見て私は息を飲む。乱れ切った着衣から覗かせる白い肌には身体のあちこちに情事の跡が付いている。よく見ると少年が乗っているベッドも酷く乱れており、その痕跡が残されている。

 何て酷い事を・・・っ!私はもう一度じっと少年の顔を見つめて、そして気が付いた。ノア先輩の面影がくっきりと少年の顔に残っているでは無いか。

きっと・・この子は紛れもなくノア先輩だ。そして恐らく私は今、ノア先輩の記憶の中にいるのだ。


「お姉さん・・・誰なの・・?どうして僕をそんなに見つめているの・・?あ!も、もしかしてまた僕を・・・?!」


少年の顔が恐怖で歪む。


「い、嫌だよーっ!お願い!もう・・もう僕を許して!あ、あんな事・・もうしたくないよ!!」


 再び激しく泣きじゃくりながらベッドの上で後ずさるノア少年。

その絶望に満ちた鳴き声が私の心に突き刺さる。ああ・・こんなにまだ子供の頃から、この少年は周囲の大人達によって傷つけられてきたのだ・・・そしてその傷が後に凶器となってノア先輩の心を蝕んでしまったのだ。そう、彼をこんな風にしてしまったのはこのお話を作った私の責任。だから私は―。


「!」

私は無言で少年の身体を強く胸に抱きしめた。


「あ・・・・あ・・・。」


 まだ小さい少年の身体は恐怖で小刻みに震えている。それを落ち着かせる為に私はゆっくりと背中を撫でてあげた。

「大丈夫・・・大丈夫よ・・・。私は絶対に貴方を傷つけたりしない・・・。貴方が落ち着くまで、今夜はずっとこうしていてあげるから・・・。」

少年を抱きしめて私はそっと頭を、背中を優しくなでてあげる。

 最初は恐怖で震えていた少年の身体はやがて落ち着いてきたのか、徐々に呼吸が楽になり、震えも止まって来た。

やがて・・少年はポツリポツリと話し始めた。

以前から彼に過剰なくらいに親し気な態度を取ってくる母親の友人の女性がいた。その内、突然抱きしめてきたり、頬にキスをしてくるようになり、次第にその女性が怖くなってきた彼はやがてその女性が遊びに来る度に隠れるようになっていたのだが・・・。


「だけど・・・ね。」


少年は私の腕の中でその時の恐怖を思い出したのか、身震いした。

「いいのよ、別に無理に話さなくても。」

私は少年を安心させる為に言ったのだが、彼は首を振って続けた。


「今日・・・・夜ご飯を食べた後・・突然この部屋に父さんに連れてこられて・・・ここで待っていなさいって言われたから、僕大人しく待っていたんだ。そしたら、あの女の人が現れて、僕を・・・・!」


またその時の事を思い出したのか泣き出すノア少年。私は再び強く抱きしめると言った。

「いいの、いいのよ。もうそれ以上話さなくて・・・。ごめんね。悪いのは全て私なの・・本当にごめんなさい・・・・。」

気が付くと私も涙を流していた。


「お姉さん・・・僕の為に泣いてくれてるの・・・?」


ノア少年は私の頬に手を当てて尋ねた。


私は黙ってうなずくと、ありがとう・・・とノア少年は笑顔を見せてくれた―。






















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